騎士の誓い
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人気の無い坂道に、昼過ぎの優しい陽光が降り注いでいる。
オレは爽快な気持ちでシューズの紐を締め直し、ゆっくりと走り始めた。
トレーニングを始めてまだ間が無いのにも関わらず、体はまるで羽の様に軽い。20分ほど走ると、目的の公園に到着する。グラウンドにお散歩コース、丸太や網で組み上げられたアスレチック等がある大きな公園だ。
そこでオレはストレッチから始まり、短距離ダッシュに筋力トレーニング、そして縄跳びやシャドーボクシング等のメニューを黙々と消化していく。運動はまあまあ得意な方ではあったが、面白いほどに向上していく身体能力は、明らかに常軌を逸していた。オレは半笑になりながら、何かに憑りつかれた様にトレーニングを続ける。
高さ1メートルほどの、ポール状のガードレールに似た柵の上に登り、片足でつま先立ちになってバランスを鍛える。目を瞑り、柵の上を少し走ってからピタリと止まり、今度は逆の足でつま先立ちになる。振り返り、また走る。
柵の上でその反復行動を繰り返していると、散歩道の向こう側から犬を連れた親子連れがやって来た。聞くともなく親子の会話が耳に入ってくる。
「ねえ、母ちゃん。あの人、何やってるんだ?」
「さあ、トレーニングじゃないのかしら?」
「ふーん、あの男の人、最近いつも公園に居るんだぜ。もしかしてプロのスポーツ選手なのかな?」
「さあねえ……タケシ、あまりあの人に近づいちゃダメよ。これはお母さんとの約束よ?」
「はーい」
オレは反復行動を止め、柵の上でシャドーボクシングを始めていた。
訓練を終えてアパートに帰ると、順調に傷が癒えているスナフキルがシャワーを浴びていた。
お風呂場からは、スナフキルの苦しげな呻き声が聞こえてくる。曇りガラスのドア越しに中の様子を窺うと、スナフキルは傷口ではなくて、いつもの様に首の辺りを両手で掻きむしっている。
オレに出来る事はないとすでに知っていたので、タオルを持ってスナフキルの苦しみが終わるのをただただじっと待つ。シャワーを終えて出て来たスナフキルの脇を支えてベッドに座らせ、タオルで赤茶色の癖毛を拭いてやり、体も拭いてやる。スナフキルの体は無駄な脂肪が1つもなくて、引き締まった鋼鉄の塊だった。割れた腹筋や盛り上った大胸筋に溜まる水滴を拭ってやると、体中の古傷がどうしても目に入ってしまう。
いったいどういう風に生きて来たら、こんな傷だらけの体になるのだろうか。
しかしその古傷達は、もはや本人に痛みを与える事はない。
スナフキルに発作的な激痛を与え続けているのは、首にグルリと巻き付いている赤黒い痣だった。
その痣がどういう理由でそこに出来たのか、オレはたぶん知っていた。
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王宮門の中の石碑に移動すると、片付け切れなかった白骨たちが早速オレを出迎えた。自然と高まる緊張感。食い縛られる奥歯。ドライフォレストの乾いた空気が、オレの喉をひりつかす。
大理石の階段が、足休めの踊り場を挟み、ずっと向こうまで続いている。
真っ直ぐ行けば近衛兵の詰所、左側の階段を下りれば地下養畜街だ。破壊目標の87番フォレス麦が一番近いのは、地下のルートの方だ。
オレは塵1つ落ちていない階段を少し上り、左手に現われた道に進んだ。
そして道の終点にある、地下鉄の入口そっくりな階段を下り始めた。
「アポロ、あまり先に行くなよ」
かなり薄暗い階段をアポロは意気揚々と駆け下りて行く。
オレも後に続き歩速を早めるが、地獄に続いているかの様に階段は終わりが見えない。
地下へ地下へ潜っていくうちに、逃れようのない圧迫感が胸を押し潰し始めた。せめて敵が出て来てくれれば気が紛れるのだが、まるで引越し済みの蟻の巣の様に寒々しい。
遥か頭上で、シャッターを叩き下ろした様な音が、断続的に響いている。
引き返す事を考え始めた頃に、地下への階段は唐突に終わった。
そして何もない。ただの袋小路がオレの行く手を阻んでいる。思わず後ろを振り返り、不気味な薄闇に目を凝らし、耳を澄ませる。
ギャンブル中毒のおっさんがくれた地図が、間違っているのか。あるいは。
「ニャー」
アポロが右側の壁を駆け登り、棒の様な物に噛み付いた。
見れば、握りのついたレバーが、特に隠されることもなく壁に設置されていた。
やはり暗闇は、人の心を狂わせる。レバーを降ろすと、道を塞いでいた壁がズブズブと天井に飲み込まれた。
ここでまた左右の分岐である。熟読して、すでに頭の中に入っている地図を思い浮かべた。
左が地下養畜街。右がゴブリン新兵訓練所。1つ目の87番麦が近いのは右だ。
右側のやはり薄暗い地下道を進んで行く。アポロがオレの肩に駆け登り、じっと気配を窺い出した。
通路の左右に、沢山の部屋が並んでいるようだ。
ドアがないので部屋の1つを覗き込んでみると、粗末な三段ベッドが部屋中に置かれている。他の部屋も覗いてみると、同じ様に三段ベッドが並んでいる。
……面倒だが、潰しておくか。
オレは部屋の中に入り索敵を始めた。シーツも何もない木のベッドには、ガラクタや謎の肉片等が転がっている。
突然、肩に痛みが走り、流れ出た血液がするすると胸を滑った。
後ろを振り向くと、一匹のゴブリンをアポロが噛み殺している所だった。アポロは敵の息の根を止めると再びオレの肩に駆け上り、まるでイージス艦のスタンダードミサイルの様にじっと身を潜めた。
このアポロミサイルは、破壊力は抜群だが発射の度に船を傷つける。決して柔らかくはないハードレザーの肩パッドを、アポロの爪は易々と貫いてしまうのだ。
またチクリと肩に痛みが走り、ゴブリンが一匹死んだ。
主人の血を犠牲にするスキル技、ブラッディーアローは発動していない様だが、応用技といった所なのだろうか。ただ踏み台にしているだけという気もするが。
「アポロ、オーバーキルだぞ。痛いから考えて使えよ? 血は水よりも濃いって――――」
ベッドのガラクタの山から、突然ゴブリンが跳ね起きた。飛び掛かって来た敵を、裏拳で叩き殺し、元のベッドに静かに寝かし付ける。
オレとアポロは、計6つほどあった部屋を綺麗に掃除して回った。ひょろひょろのゴブリンが何匹か襲いかかって来たが、何しろ弱い。最初のあぜ道にいるゴブリン警備兵よりも弱いのである。
通路に戻り、武器庫らしき場所や厨房等を掃除しつつ進むと、突然、空気がガラリと変わった。肌が火照る様に暑いのだ。あっという間にじんわりと汗が滲み始め、チリチリと毛穴が騒ぎ出す。通路の先まで行くと、その理由がすぐに分かった。
地下とは思えぬほどの広い空間があり、断崖絶壁になっている。
恐る恐る下を覗き込むと、かなり遠くの方に真っ赤な溶岩がぐつぐつと煮えたぎっている。額から流れ落ちた大粒の汗が、マグマに辿り着く前に蒸発したようだ。そして、こちらの通路の端から向こう側まで、一本のロープが張り渡されている。200メートルはあるだろうか。
……なるほどね。
ご機嫌な様子のアポロが、迷いなくロープを渡り始めた。つい軽く舌打ちをして、オレも後に続く。どうという事もなく50メートルほど進んだ頃、左側から空気を切り裂く音が聞こえた。
飛来するナイフを星銀の爪で弾き落とすと、さらに2つ3つ。
ナイフや錆びた剣を弾き落としながらじりじりと縄を進むと、今度は別の音。
足元を狙って弓矢の一斉射撃。
アポロとオレは縄の上でジャンプをし、矢の攻撃を躱した。しかし着地の時に、当然ロープが揺れる。
右腕にナイフが刺さったのが、分かった。
容赦なく飛んで来る刃物たちを、ダッキングとスウェーバックで躱しながら後退すると、やがてパタリと攻撃が収まった。
刺さったナイフを引き抜き、毒がない事を確認してから溶岩に投げ捨てた。
足元で、無傷のアポロがオレを見上げている。
「不覚を取ったか。……多分だが、元ゴブリンチャンプのユグノーはこの訓練所を突破したと思われる。つまりあいつに勝ったオレも、突破出来るはずだ」
オレは、ポケットからダイヤモンドナッツを取り出して、前方に思いっ切り投げ付けた。すると50メートルほど先で巨大なギロチンが天井から姿を現し、小さなダイヤモンドナッツを真っ二つに切り落とした。
「……とはいえ、少し練習をしてからでも遅くはあるまい」
不満そうな顔のアポロを抱え上げ、もと来た道を引き返し始めた。あの長い階段を、帰りは登らなければならないと思うとうんざりするが、まだ慌てて攻略を押し進める様な状況ではないはずだ。もう敵はいないので、すぐに階段に辿り着いた。
「よーしアポロ、上まで競争だ。この小石がぶつかったらスタートだぞ」
オレはそう言いながら地面を指差し、小石を放り投げた。高く舞い上がった小石は、当然の様に天井にぶつかり、地面を見ていたアポロよりも一歩早くスタートを切る事に成功した。
ゼエゼエ言いながらオレが上まで辿り着くと、アポロはすでに昼寝を決め込んでいた。
朝の早い時間、監視塔に登っていたエリンばあさんが、小さく1つ鐘を鳴らした。
畑の手入れをしていたオレは、作業を中断していそいそと梯子を登る。
「来たみたいだな」
「ええ、若者達がやってきましたのう。楽しみですじゃ」
エリンばあさんにしては珍しく、年寄り臭い事を言う。だが気持ちはオレも同じだった。
眼下の草原を1台の牛車が進んでいる。長男のグラックスが運転席に座り、その横にグリィフィスがちょこんと座っている。グランデュエリルは、山と積まれた荷物の上に凛々しい姿で立っており、海の方を一心に見つめていた。
あるいは自分達の未来を思い描いているのだろうか。
「ではレオン様、2人の事をよろしくお願いします」
グラックスはクールにそれだけ言うと、牛車をベンの丘に向けて出発させた。
それをしばらく見送った後、リビングのソファーに座り、2階で荷物を片付けているグリとグラが降りて来るのを待った。
これで、2階の5部屋のうちの4部屋までが埋まった事になる。まあ、そっちの方は問題ないのだが、家畜小屋の方がかなり容量オーバーになっていた。苦楽を共にした4頭の毛長馬と馬車1台を、ベンから買い取る事になったからだ。
毛長馬はフワフワな毛が優しげな眼に覆い被さっている可愛い奴なのだが、如何せん体毛の量が凄いので、小まめに手入れをしても抜け毛と獣臭がかなりきつい。ああ見えて清潔好きのハービーを、家畜小屋で一緒に住まわせるのはさすがに忍びない。
屋敷の1階は広いリビングにキッチン等の水場、それにオレの寝室と工作室がある。工作室をハービーの部屋にしてもいいのだが、それにはドアやあちこちを作り直す必要がある。それらの手間や費用を考えれば、何かしら新築した方が良いという気がする。だが金がない。
……なんだか最近こっちでは、金の事ばかり考えている気がするな。逆に毎日、胃をキリキリさせていた向こうでは、あまり金の事を考えなくなっている。ふー、それにしても金が欲しい。
階段の軋む音で我に返ったオレは、立ち上がって姿勢を正した。ソファーの周りで寛いでいた面々も、オレに倣って身なりを正した。
やがて完全武装のグリとグラが階段を下りてきた。
赤い髪を後ろで1つに纏め、おでこには金色の鉢金、腰にはレイピアを付けているグランデュエリル。
姉より頭1つぶん背の低い黒髪のグリィフィスは、鋼製の防具に身を包み、腰には中古品の鋼のファルシオン、背中にはつま先砕きのハンマーが背負われている。
若武者2人はオレの前に進み出ると、申し合わせた様に片膝を付いた。
そして声を揃えて口上を述べ始める。
「我が名はグランデュエリル、我が名はグリィフィスタフェス。初代神聖祭祀長アウグタータ・グラックスの血を継ぎし者。我らはレオン様に、この身と剣を捧げます。この地においては祈りは無用、ただ剣と血を持って忠誠を示さん」
元帝国貴族のグリとグラを引っ張るという事は、こういう事なのである。オレは前もって用意していたセリフを述べた。
「1つ聞こう。歴史の風が吹いた時、この丘は帝国と剣を交える事もあり得る。またお前達の信仰に反することを命ずる時もあるが?」
「はっ、我らが剣は常にレオン様の向けられる方に! 神はレオン様の信じるものが我らが神」
「よし、分かった」
オレは、跪いたままの2人の武器を順番に手に取り、右肩にチョンチョンと当てた。彼らにとっては神聖な儀式であり、くしゃみひとつする事も憚られた。間違ってもグリの脇の下をくすぐったりしてはいけない。
「これから頼むぞ。では早速だが戦略会議を始める。楽な格好に着替えるかな?」
「いえ、レオン様。このままで」
「同じく」
「そうか……」
丘のメンバー全員が、低いテーブルの周りに腰を下ろした。
オレはまず、グリとグラに発生する権利と義務について話し、次に利益の分け前や丘の相続権等について話した。もちろん、事前にフラニーとエリンばあさんと、相談の上で決めた事である。
「ここまでで、どうかな?」
「ははっ、異存ありませぬ」
「身に余るご厚意に、感謝致します」
グリとグラは畏まってそう答えた。
「まず我が丘の目的だが、知っての通り、オレはドライフォレストでの戦いに勝たなくてはならない。よってオレを後方支援する事が、しばらくの間は丘の最重要事項となる」
「はっ」
「ははっ」
なんだか疲れて来たが、もう少し頑張ろう。
「具体的な目標をいくつか挙げる、長くなるから鎧の上だけでも脱ぐか? ん、そうか。では簡単な順に述べるが、1つ目は本格的な鍛冶場を丘に建設するということ。2つ目はベンとオレの丘を、そしてベンの丘から市場までの、真っ直ぐな道を作るという計画。3つ目は、現在のメイン作物の銀と2番フォレス麦をグレードアップさせ、プラチナ鉱石と4番5番フォレス麦に変えていくという計画だ。詳細はまた後日に話すが、この3つを推し進めていく」
「ははっ、粉骨砕身いたしまする」
言うべきことは大体言ったので、最後の仕上げをする事にした。既に深い眠りに付いているアポロを軽く足でつつく。
「よし、では最初の命令だが、まず鎧を脱いでもらおう」
「はっ」
「ははっー」
グリとグラが素直に鎧を脱ぎ始めたので、オレは仲間達に目配せをした。
ハービーが、グリィフィスを後ろから羽交い絞めにし、フラニーとばあさんがグランデュエリルを押さえ付ける。
オレはこの為にわざわざ作った、くすぐり棒を懐から取り出した。
そして動けぬ2人を思いっ切り、くすぐり回した。
アポロも尻尾を使い巧みにくすぐる。
「なっ、何をなされますか、レオン様。お止め下され」
「その堅苦しいやつを止めたら、止めてやる」
「レオン様、止めて下さい」
「ククッ、キャハハハハ、や、止めろレオン、ぶった切るぞ」
「フヒョヒョヒョヒョ、レオンさん、レオン! やめて」
「ほーれほーれ」
フラニーが、やや醒めた眼でオレの事を見つめたので、オレはくすぐるのを止めた。共に死線を潜り抜けた仲間だから、オレの気持ちは伝わったはずだ。伝わっているだろう。
オレはキッチンに用意してあるご馳走や酒を、元気良く運び始めた。仲間達もキッチンにどたどたと入って来る。
その夜、屋敷のテーブルは、かつてない賑わいをみせた。
午前中の畑仕事を終えたグリとグラが、虚ろな目で畑に倒れ込んだ。2人の顔は泥とモンスターの返り血で汚れ、はあはあと荒い息を立てている。オレが様子を見に近づくと、グランデュエリルが鋭く睨みつけた。
「やい、レオン! 人使いが荒すぎるぞ、半日で2回は死にかけたじゃないか! まあ、望むところではあるが」
「見事な農作業っぷりだったぞ、グラ。でもエリンばあさんが上に居る限り、死ぬことはないから安心していいぞ」
「むむ?」
「強い敵が来たり、多数に囲まれたりした時は、必ずばあさんの速射の援護が来る。逆に言えば援護がない時は、自分の力で勝てるという事だ。転んだりしなければな、ハッハ」
「転ぶもんか」
姉の横で微笑むグリィフィスの手を掴み、立ち上がらせた。
「グリも見事だったぞ。赤錆ゴーレムが、城壁の一か所をこっそり攻撃していた時は、オレも少し焦ったが、素早く駆け付けたグリが補修してくれたおかげで、おそ松の弟が死なずに済んだよ」
「はい! ありがとうございます。……修理している間、じっと見られている様な気がして、ちょっと怖かったですが」
オレの丘には相変わらず、バッファローウォールの気持ち悪い顔が並んでいるのだ。
「そうだな。オレも最初は不気味だったが、今じゃすっかり友達だよ。グリもすぐ慣れるはずさ」
「おいレオン、あんな気持ち悪い顔に馴れるものか。私も不気味な視線を感じて転びそうになったぞ!」
「フフフ、大丈夫だって――――おーいフラニー、オレは訓練するから、すまんが後は頼むぞ」
カインの手入れをしているフラニーに、大声でそう言った。再び土の上に座り込んだグリとグラが、まだやるのかという顔でオレを見上げる。
城壁の端から端に、用意した縄をきつく橋渡した。その上にオレとアポロが乗り、準備運動に10往復ほど走る。それが済むと、ハービーに鉄くずやボロボロの武器を投げてもらい、エリンばあさんにも手加減した弓矢を打ってもらう。アポロは易々と躱しているが、オレは必死になって躱し、たまに被弾する。
やがて農作業の後片付けを終えたグリとグラも、鉄くず投げに参加する。
グランデュエリルなどは、水を得た魚の様に嬉々として、刃を落としたナイフをオレに向けて投げつけている。もしかして先日のくすぐりパフォーマンスの真意が、伝わらなかったのかも知れない。
良く言えば直情型のグランデュエリルならば、十分にあり得る。
一方、グリィフィスは鉄くずを投げてはいるのだが、明らかにオレに当たらない様に投げている。グリの心配そうに歪む優しい顔は、何かくすぐられるものを感じるが、これでは訓練にならない。
そんな風に小一時間ほど訓練をしていると、エプロン姿のフラニーがお玉を片手に現われた。
「みなさーん、そろそろ昼食ですよ。切り上げて下さい」
フラニーがそう言うと、アポロが縄から飛び降りて屋敷に向かって走り出した。グランデュエリルもナイフを放り捨てて後に続く。グリィフィスは散らばった鉄くずを、嬉しそうに片付け始めている。
フラニーが縄の下まで歩いて来て、眩しそうにオレを見上げた。
「レオン、ちょっと無理し過ぎですわよ。畑仕事に訓練、市場の店の手伝いに工作台での作業。それにユキさんの丘にも、旅が終わってからは毎日修行に行っているのでしょう?」
「お、おう。そうだな」
「過労死したら元も子もありませんわよ、レオン」
ロープから飛び降りると、疲労でガクンと体が揺れた。フラニーの言う通り、少し無理をしていたようだ。頬を膨らますフラニーと手を繋ぎ、いい匂いのする屋敷の方に向かって、一緒にゆっくりと歩いた。
……ふー、もし体が2つあれば色々と楽なんだがな。




