麦を巡る戦い
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スナフキルがアパートに転がり込んで来てから、一週間ほどが経っていた。最初の日、怪我の具合を見てすぐに救急車を呼ぼうとしたオレを、スナフキルは押し止めた。そして病院に行く代わりにいくつかの買い物を、オレに頼んだ。
大急ぎで言われた物を買い揃えてアパートに戻ると、スナフキルは自分で傷口を消毒して、呻き声一つ漏らさずに糸と針で傷を縫い合わせた。その後、さらにオレは走り回り、苦労して注射針といくつかの薬品をスナフキルの為に手に入れた。
その甲斐あってか徐々に回復し始めたスナフキルは、毎日ベッドに横になったまま、本を使って日本語の勉強をしていた。正直、嫉妬するほどの学習能力の高さで、読み書きと細かい発音を学んでいく。
「チキューンのみんな――――」
「チキューンじゃなくて、地球、かな」
「地球」
「うん、そう。ちょっと出掛けてくるけど大丈夫?」
スナフキルの包帯を変えた後、オレは着替えて外に出た。
買い込んだ服や食料品を抱えて歩いていたオレは、不動産屋の前で足を止めた。ガラスに貼られている貸し部屋や売り物件を何気なく見ていると、1つ気になる物があった。
数分、店の前をウロチョロした後で、思い切って不動産屋に足を踏み入れた。
「あの、すみません。表に貼ってあるアパートの事なんですけど……」
孫の手で肩をトントンやっていた店主の男性が、退屈そうにオレを眺めた後で、にこりと笑った。
「あー、はいはいはい。覚えてますよ。ワタシが部屋をお世話しましたね」
「お世話になっております。それで表にある売り物件なんですが――――」
「あなたが住んで居る所だね、おい、みっちゃん、お茶頂戴。まあ座ってくださいな」
店主は退屈が紛れた嬉しさと、説明をしなければならない面倒臭さが入り混じった様な顔をしていた。
「どうも」
「でね、結論から言うと心配する事は何もないよ。確かにあのアパートは今売りに出しているけれども、仮に売れても持ち主が変わるだけで、部屋を借りているあなたには何の影響もない。だから安心していいよ」
「えーと……そうじゃなくてですね。例えば、私が買う事は出来るでしょうか?」
「え? あなたが」
不動産屋はびっくりしてお茶を吹き出し、疑わしそうにこちらを眺めまわした。
「いやはや、失礼だけどもね。駅から遠いとはいっても、そう安い物件ではありませんよ」
「……実は親戚から遺産が入るんです。それで無駄使いしないうちに堅実な不動産でもと思いまして」
「なるほどねえ、お若いのにしっかりしていらっしゃる」
不動産屋の主人はもう一度オレを眺めまわしてから、腕組みをして考え込んだ。逃げ出したい様な気持ちで何度も座り直していると、やがて主人が低い声で話し始めた。
「あのね。あなたには部屋を紹介した縁もあるし、何となく親しみを感じるから、腹を割って話しますがね。あそこは止めて置いた方がいいですよ。まあ、手広くアパート経営してる様な人なら、あの辺りは土地が良いからいつかは元が取れるでしょうがね。あなたの様なお若い方にはお勧め出来ません」
「なぜでしょうか?」
「実は最近あの辺りはね、不思議なぐらい人が離れて行ってるんですよ。不動産屋を長くやっていると奇妙な事は色々ありますがね、こんな事はワタシも初めてですわ。特に理由もないのに、1年前の半分も人が住んでおらんのです」
「……」
不動産屋はお茶を一口啜り、孫の手をいじくり始めた。
「あなたが住んで居るアパートもがらがらだし、今月も一人出て行きます。これは、ここだけの話にしてほしいんだけどね。我々の業界で、あの辺りは『呪いの石ヶ丘』なんて呼ばれ始めているんですわ」
「い、石ヶ丘ですか?」
「そそ。市町村合併やらなんやらで今は別の地名になってるけど、あそこは大昔から石ヶ丘っていう名前の土地だったのよ。戦国時代には丘の頂上に砦があって、激戦があったと言われている。だから、呪いの石ヶ丘。悪い事は言わないから、素人は手を出さない方がいいよ」
住人がやたらと引っ越している事には気が付いていたが、まさか半分に減っていたとは知らなかった。
心臓がドクドクと高鳴り始めている。必死で考えを巡らすが、情報が少なすぎて全体像がまるで見えてこない。駅からアパートまでの、馴染み深い坂道を思い出す。丁度、坂が終わり平地になった場所にオレは住んでいるのだ。その向こう側は、用も無いのでほとんど行った事はないが、確か下り坂になっていたはずだ。
オレは頭を抱え込んだ。
「おっと、どうかしたかい?」
「……あの、実際にお金が手に入ったら、また来ます。もしアパートが売れていなかったら、オレが買いたいと思ってます」
それだけ言うとオレは立ち上がり、重いガラス扉を押し開いた。
――――――――――――――――――――
「ついに帰って来たな」
グリとグラを送り届けた後、オレ達は懐かしい丘の土を踏みしめた。
全員が荷物も降ろさずに、畑の状態を確認してまわる。ベンに管理を頼んでいたので、城壁、砂鉄ゾーン、屋敷、どれも問題なさそうだ。
留守番をしていたバッファローウォールのおそ松を、ブラシで丁重に磨いてやり、それが終わると誰からともなくガロモロコシの種を埋め始めた。スクスクと育つガロモロコシや、青空に放物線を描くエリンばあさんの弓矢、収穫をするハービーに鼠を弄ぶアポロ。それらの風景を見て、やっと帰って来たんだという実感を得る事が出来た。
やはりオレの本質は商人ではなく、悔しいが戦士でもなく、農民なのだ。
生のガロモロコシを齧りながら、集まったみんなに声を掛けた。
「みんなお疲れ様。今日から数日はお休みにするから、旅の疲れを癒してくれ。オレはちょっと出かけて来る」
「あら、ユキさんの所に行くのですか?」
「……いや、ドライフォレストの王宮門を開いてくる」
「え?」
エリンばあさんとフラニーが、驚いた顔でオレを見上げた。
「うん。言いたい事は分かっているよ。王宮門に1億マナも預けてしまったら、お財布が空になってしまう。以前のオレならば、なんのかんので先延ばしにしていたと思うが……」
「お財布の事は大丈夫ですわ。種や肥料の備蓄もありますし、市場の店からも収入があります。でも……」
フラニーが暗い顔で俯いた。オレは、フラニーの頭をゴシゴシと擦ってから、アポロを連れて石版に向かった。仲間達が後に付いてくる。
「ねえレオン、もう少し後にしては?」
「いや、ダメだ」
「なぜです?」
「交易が終わって、次に何をするのかをはっきりさせて置きたいんだ」
「せめて休暇が終わってからにしては?」
「まあ、今日は門を開けて、ちょっと様子を見てくるだけだよ」
「そう言って、いつも帰って来ないじゃないですか」
「今日は帰って来るさ」
フラニーが苦しそうな顔で、オレを見つめる。
「……帳簿を付けている時に、いつも思っていましたわ。お金なんて貯まらなければ良いのにと。帳簿を誤魔化してしまおうと思った事も、1度や2度じゃありませんわ」
「そうか。きっと強いんだろうな。ドライフォレストの狂った王は」
「ええ。遠くからしか見た事はありませんが、あれは……人外です」
フラニーは感情が全く籠っていない冷たい声でそう言った。亡者と化したライル老人の生死は、全く分かっていない。あるいはすでに死んでいるのかも知れない。それならばドライフォレストなど見捨ててしまい、安全な丘で楽しく暮らせばいいのだ。数年後には、フラニーも生まれ故郷のことなど忘れてしまうに違いない。
……フラニー、お前がそんな顔をしていなければ、そうするさ。
オレは、エリンばあさんに1つ頷いてから、石版に触れてワープした。
円形闘技場の先にある小さな部屋にワープをした。アポロを地面に下ろし、カルゴラで応急処置をした星銀の爪を確認していると、石碑に手紙が張り付いている事に気が付いた。
何だろうと手紙を開いてみると、ギャンブル中毒のおっさんからだった。
かなり長文の様なので、座り込んでじっくりと読む。
『よう、あんちゃん。そろそろだと思ってな。色々あって革命軍に参加する事になっちまったんだ。革命軍の甥っ子に借りてた金が返せなくて、仕方なく協力をしていたらいつの間にかな。外に大きな教会があるだろう。今、あそこに物資と兵隊が集められている。勝ち目はないが、じきに内戦がはじまるだろう。
まあ王様は、もはや王宮門の外の事はほとんど興味がないらしいから、すぐに全滅という事はなさそうだ。
さて、本題だ。
この国には87番フォレス麦という物がある。大昔に奇跡的に3つだけ育った特別な麦だ。その87番フォレス麦は無限に近いエネルギーを持っていて、それが王宮内の動力源になっている。もし、3つの麦のうち2つまで破壊する事が出来たら、革命軍は王宮門を突破できるはずだ。
地図を一緒に入れておくから、気が向いたら頼むぜ、あんちゃん。
1つ忠告して置くが、狂った王とは正面からは戦うなよ。
あんちゃんが元チャンピオンに勝った試合の賭け率は、33対1だったが、王とやるならその程度じゃ済まないだろう。まあ、それでもあんちゃんに乗っかるがな』
読み終えた手紙と地図を懐に仕舞い、立ち上がった。
賭け率が圧倒的に不利だったという情報は出来れば知りたくなかったが、その他は有益な情報だった。
手紙は処分すべきだろうかと一瞬考えたが、こんな所に置いてあったという事は、すでに敵方にも知られている事なのだろう。気を引き締め直してから、アポロと一緒に王宮門を目指す。
王宮門までは人っ子一人おらず、不気味な静けさが辺りを支配していた。空高くそびえ立つ城壁の上を、鳥の編隊が苦も無く通り過ぎて行き、落ち葉1つない大理石の広場に、ただオレの足音だけが響く。
「……お前か……また来たのか」
「ああ、1億マナ用意出来たから門を開けてくれ」
重厚な鎧に身を包み、不動の姿勢で立っていた門番がピクリと顔を上げた。フルフェイスの兜の奥から長々とオレを観察し、やがて大盾と長槍を壁に立てかけた。
「……そうか。では、王宮門の紋章の部分に手を触れろ」
言われた通りに手を触れると、自分の石版に溜め込んでいた大量のマナがずるずると吸い出されていき、ほとんど空っぽになった頃に大きな門が音も無く開いた。門の向こう側に新しい石碑があり、その石碑の周りには大量の白骨が無造作に散らばっていた。
「預かったマナは何も問題を起こさなければ、返す事が出来る。…………さて」
大柄の門番はゆっくりとした動作で長槍と盾を掴み、無感情に穂先をオレに向けた。
実はそうなるだろうという気は、ずっとしていたのだ。この門番に圧勝できなければ、王宮門の先では通用しない。そのつもりでずっと厳しい訓練を続けていたのだ。
「しかし、何故戦うんだ?」
「……王宮門の内側にいる兵隊は、全員が王族と血の契約を結んでいるからだ。近衛兵になるには、大昔からそれが条件だった。王族の血を引く者が現王しかいない以上、お前を殺さなければならん」
門番との戦いが始まった。
しかし門番は、必死で戦っていると言う感じがまるでしなかった。
大盾の陰に身を隠し、つまらなそうに長槍をコツコツと突き出してくる。
オレは、魔力を大幅に食う異次元パリィを温存して、門番の硬い鎧を少しづつ砕いていった。
やがて崩れ落ちた鎧の隙間に、星銀の爪が突き刺さる。
仰向けに倒れた門番は、晴れやかな声で最後の言葉を言った。
「なあ……10年前までは、近衛兵になるのは少年達の夢だったんだ……ドライフォレストを頼むぞ」
門番の屍を乗り越えて王宮門を潜ると、後ろで門が再び閉じた。
幅50メートルぐらいの坂道が、階段を交えてずっと続いている。鎧を着たゴブリンらしき兵隊が巡回している様が、微かに見える。オレは懐から地図を取り出した。
真っ直ぐ行くと近衛兵の詰所があり、そのずっと先に宮殿がある。ちょっと進んでから左側にある地下への階段を下りると、広大な養畜街と研究所がある様だ。
「ふーむ、せっかく敵も見えている事だし、真っ直ぐ宮殿の方に行ってみるか」
口の中でそう呟いて一歩踏み出そうとすると、何かに足首を掴まれて前に転びそうになった。びっくりして自分の足を見下ろすと、アポロがジーンズの裾を咥えて四足を踏ん張っていた。アポロの目をジッと見つめると「今日は帰るって約束でしょ? それはまあどうでもいいけど、お腹が空いたよぅ」と言っている雰囲気だった。
「そうだな、今日は帰るか。やっぱり星銀の爪は親方に直してもらわないとダメそうだしな」
星銀の爪は門番との戦闘で、すでにガタが出始めていた。
オレは石碑の周りに散乱する白骨を、次に来た時の為に軽く片付けてから、石碑に触れてワープした。
フラニー達がさぞかし心配しているだろうと思い、ワープの間に一段階テンションを引き上げた。視界の光が収まった頃に元気良くただいまを言うと、旅のお土産に買って来た貴重なカルゴラトリュフを、フラニーとエリンばあさんが丁度パクついている所だった。
「あら! おふぁえいなふぁい」
「……おう、ただいま」
次の日。
久しぶりに朝寝坊を楽しんだ。普段は忘れがちな、自分のベッドの有難味をたっぷりと味わう。お土産の食材を使って豪勢なお昼ご飯を作り、フォレスビールを1本づつ開けた。暖炉の前に寝転がり、フラニーとエリンばあさんのカードゲームをしばらく観戦した後で、歯磨きをして挨拶回りに行く事にした。
まずは、ヘソを曲げられるとやっかいな道具屋のトムの所に行った。
旅の物語をアクション付きで語り、トムを喜ばせる。お土産を渡し、心の中でドアの向こうに居るはずのレッドドラゴンに挨拶をしてから、一旦家に帰る。
ベンとは帰り際にすでに会っていたので、次は市場に向かう。ちなみにベンには、ライオンキングの牙をお土産として2本あげた。
酒場ファーマーズ・ソウルの店員達にかなり奮発した土産を配った後に、3軒隣のガイドフ親方に会いに行く。作ったばかりの武器を壊してしまったので、怒られるかとビクビクしていたが、星銀の爪を見せるとガイドフ親方は神妙な顔になった。
「お前さんは、この星銀の爪を壊せるような相手と戦っているのか……よく生き延びたもんだ」
職人として完成しているガイドフ親方は、優しいとさえいえる声で静かにそう言った。どうやって言い訳をしようか、どうやって逆切れしようかと考えていたオレは、ポカンと口を開けた。
「ああ、ギリギリだったが」
「そうか……この星銀の爪は叩き直して置く。だがお前さんには、早くも1ランク上の武器が必要なのかも知れん」
もう1ランク上のプラチナ製の爪という事か。
アイテムボックスには、以前にボスがドロップした純プラチナ鉱石の種が3つと、畑から収穫した劣化の激しいプラチナ鉱石の種がいくつか入っている。
しかし懐が寂しくなってしまった今は、収益性の高い銀派生を引き続き収穫して行く予定だった。もしプラチナを本格的に栽培するとなると、畑の砂鉄ゾーンや施設などにかなりの先行投資が必要になる。しかし金がない。
それにグリとグラが丘に来てくれた場合は、いろいろ考えなくてはいけない事もある。
今までは、家族だからみんなでお財布一個、稼ぎはみんなの共有財産、という感じでやって来ていた。エリンばあさんもフラニーもお金にはまるで興味がなかったし、オレも自分の金という意識ではなく、丘が所有する金という風に思っていた。大きな買い物をする時は全員で相談したし、オレは帳簿係のフラニーからお小遣いを貰っていたのだ。
でも将来のあるグリとグラが丘に来るのならば、決めるべき事はちゃんと決めなくてはならないだろう。もしオレがどうにかなっても、グリとグラが上手く生きられる為の道を作って置かなければ。
人が増えるというのは中々大変な事である。
いつの間にか数百人の住人がいるベンから、一度教えを乞うべきかもしれない。
すでに武器とは全然別の事を考えているオレの事を、喧嘩友達のガイドフ親方が優しい顔で見守っていた。
「ただいまユキ」
「お帰りなさいレオン」
塔の最上階の窓際のテーブルに、向かい合って座っていた。ドライアドの少女とアポロは、お土産のお菓子を食べながら、部屋中を走り回っている。
「これ、ユキにお土産」
世界各地の綺麗な石が連なっているブレスレットだった。ユキは嬉しそうに笑い、陶器の様に白くてツルリとした手首にブレスレットを付けた。色とりどりの石たちはさらに輝きを増して、ユキの美しさを褒め称える。
オレは、最初にユキの事を聞いた。
ユキが新しく作った服のことや、パンを焼いて失敗してしまった話、市場に買い物に行った時の話などに、うんうんと相槌を打つ。それから交易の旅の事を短めに話した。
「良かった、レオンが無事に帰って来て」
「うん」
オレとユキはテーブル越しに手を繋ぎ合った。ユキの真っ直ぐな黒髪から、小さな耳がちょこんと飛び出ている。ユキは、追い掛けっこをしているフクタチが部屋の向こう側に行った隙に、身を乗り出してオレの頬にそっとキスをした。
「それでグランデュエリルさんとグリィフィスさんは、レオンの丘に来るの?」
「うん、たぶんそうなると思う。どうもベンは、最初から2人をオレの丘に寄越すつもりで、旅に付けてくれたみたいなんだ。いつまでも丘を拡張しない盟友に、やきもきしていた部分もあるのかもしれないな」
「ふーん、グランデュエリルさんってお店のオープンの時に居た、赤い髪の女の人でしょう? 綺麗な人だったよね」
「そ、そうだったか?」
ユキが手を繋いだまま、上目使いでオレをじっと見ている。映画館のスクリーンにただ映っていても、30分は客が退屈しない美しさである。しかし頬がやや膨れている。
……もしかして、相談なしにグラを丘に呼んだのはまずかったのか。いや、ここは堂々としていればいいんだ。言っておくがオレは何もしていないぞ。いや、言わないが。
繋ぎ合わせた手にじんわりと汗が滲み始める。
いいか、レオン、今は絶対に手を離してはダメだぞ。
ユキは20秒ほどオレを見つめた後で、なーんてね冗談よ、という風に笑って見せた。そして立ち上がり、ドライアドの少女を呼びに行った。
「フクタチ、そろそろお昼寝の時間よ?」
暴れるフクタチを捕まえて、ユキがベッドまで引き摺っていく。
お昼寝の習慣などは無かった筈だと思いながら、部屋を見回すと、家具や植木のレイアウトが随分変わっている事に気が付いた。交易の旅はあっという間に感じたが、やはり月日はしっかりと経っているのだ。
暫くして、フクタチとついでにアポロも寝かし付けたユキが、テーブルに戻って来た。
ユキはオレの隣の椅子に身を滑り込ませ、小さな頭を肩に乗せてきた。
オレはチラリとベッドの方を見た。
この間までは反対側のベッドがここから見えていたのだが、今は背の高い植木が、まるで安定感抜群の城壁の様に並び、視界を遮っていた。オレとユキは目を合わせた。
「……」
「……」
オレがユキの首に噛り付くと、ユキの白くて華奢な右手がそっとジーンズの太腿に伸ばされた。




