表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/94

陣地での戦い

 朝の光が、大地にやっと降り注いだ。


 まずオレは、山道で狩ったモンスター達がドロップしたアイテムを、警備と言う名の監視をしていた兵隊達に気前よく全部プレゼントした。


 それは懐柔ではなくて、示威行動だ。


 オレ達は山脈のモンスターを回避したのではなく、殺しながらここまで来たし、それは対した事ではありませんでしたよ、と暗に言ったのだ。


 そのおかげだったのかは分からないが、何事も無くハンナの城門を抜ける事が出来た。

 朝の空気は冷たかったが、駈足で行軍したオレ達はすぐに汗を掻き始めた。

 ハンナの村から出来るだけ早く、離れたかったのだ。



 2時間ほど走った頃に、馬車を運転しているグランデュエリルが声を掛けてきた。


「レオン、そろそろ馬を休ませないと」

「はあ、はあ……そうか」


 オレは、見通しのいい場所まで進んでから、馬車を止めさせた。

 周りを偵察した後で、馬に水をやって休ませる。

 御者台のグランデュエリルが、少し不満そうな顔でオレを見た。


「レオン、やっぱり考えすぎだろう? 追手も無さそうだし。ライオンの子供ってのは、ペット用に売るつもりだったのじゃないかと思うぞ。私だって、1匹欲しかったな、ライオンの子供」

「ライオンの子供ってのは、でかくなるんだぞ。ペットになんかなるもんか」


 グランデュエリルが子ライオンを思い浮かべたのか、とろける様な顔で笑う。


「いや、ちゃんと躾ければ大丈夫だ。今からでも引き返して、売ってもらいたいぐらいだ」

「どうせすぐ飽きて、グリィフィスが世話する嵌めになるんだろうな」

「う、うるさい。……そう言えば、世話係りの娘から、こっそり何か貰っていただろう」

「ああ。眠気覚ましの、辛い木の実をくれたんだ」


 ポケットから小さな皮の袋を取り出して、口を縛っている紐を解こうとした。しかし、紐が硬くて手間取っていると、グラが軽く舌打ちをしてから袋を取り上げた。

 器用に袋を開けて中を覗き込んだグラが、ギョッとした様に身を縮ませる。

 オレが袋を覗こうとすると、グラが手の平でオレを押し止めてニヤニヤと笑い出した。


「なあレオン。あのクレアという褐色の少女に、何かイタズラでもしたのか?」

「何の事だ? いいから見せろ」


 皮の袋の中には、アーモンドの様な木の実がぎっしりと入っていた。そしてアーモンドに埋もれた鼠の死骸が、こちらを見上げている。


 確か、両方の口を縛った小豆の袋を送って危険を知らせたのは、信長の妹のお市の方だったか。

 しかしそれでは、通じ合った2人でなければ分からない可能性がある。

 それに比べて、こっちは非常に分かり易いし、万一ばれても一応は誤魔化せるかもしれない。

 袋の鼠。

 何を言いたいのかは、アホでも分かるだろう。


「やい、レオン、白状しろ。あの娘に何をしたんだ。そんな物を食べさせようとするぐらいだから、ちょっと触ったぐらいじゃないはずだぞ」

「……」






 警戒を強めながらさらに前進し、敵を迎え撃てそうな場所を探した。

 ニバル山脈は彼らの土地だから追い駆けっこはとても敵わないし、下手をしたら待ち伏せをされてしまう。

 昼ごろに、例のごとく廃墟の村に辿り着き、そこで出来る限りの陣地構築をする事にした。


 村は、猫の額ほどの平地にあり、多くの家は崩れ始めている。

 急斜面の山を背にしている一軒の家を使う事にして、その家の中に馬と馬車を押し込んだ。

 そして、分担して作業を始める。


 まずアポロとエリンばあさんに、少し離れた場所で見張りに立ってもらう。

 次に、馬鹿力のハービーに他の家を壊してもらい、使えそうな木の板や、元は壁だった物をオレとグラで運んでいく。いくつか工具類を持っているグリィフィスは屋根に登り、馬車に付いていた大盾などを流用して狙撃台を作製していた。

 皆よく働いたが、陣地構築の主役はカインになりそうだった。


「フラニー、出来るか?」

「はい。丘に居た時に、私とウーリで何度も練習しましたから、問題ないですわ」

「よし。魔力回復薬は惜しみなく使ってくれ」


 お面を被ったイノシシのカインが、蹄に魔力を込めた。

 そして地面にドカンと叩き付ける。

 土が1・5メートルほど土手の様に盛り上がり、代わりに同じ量の土が堀の様に下がっていく。

 カインは、フラニーに誘導されて横に移動しながら、土魔法で着実に空堀を作り始めた。

 貴重な魔力回復薬を激しく消耗しているが、家を囲む半円分は持ちそうだった。


 1本だけ持って来ていたシャベルをハービーに使ってもらい、カインと協力してさらに堀を深くしていく。

 オレ達は投石用の石を運んだり、土手に尖った柱を斜めに埋めたりと、黙々と作業を進めていった。


 そんな風に陣地を作っている間、オレの胃袋がキリキリと痛んだ。

 もし途中で敵が攻め込んで来たら、大変なことになるからだ。

 朝から長時間走り、さらに肉体を酷使した挙句、何の役にも立たない作り掛けの陣地で戦う事になってしまうだろう。

 馬車を何処かに隠すかあきらめるかして、道で戦った方が良かったのかも知れない。


 正直な所、百戦錬磨のエリンばあさんに、指揮を任せてしまいたいという欲求が強く湧いてくる。

 だがそんな事は絶対にしてはいけない。一度でもそんな事をしたら、何かが終わってしまうだろう。


 敵が来る前に、何とか陣地が形に成り、オレはほっと息を付いた。

 カインが魔力酔いのせいで、口の脇から吐瀉物を垂れ流している。オレはカインを抱え上げて、心の中で詫びながら家の中で休ませた。

 他のみんなも交代で休息を回し、敵が来るまでに少しでも陣地を強化していく。


 途中でエリンばあさんに助言を貰いに行き、周りの家を全部焼き払う事と、空気が乾いているので溜池の水を使って陣地の家を湿らせておいた方がいいと教えてもらう。


「よし、こんなもんで十分だろう。あとは戦いに備えて休もう」


 グリとグラにそう声を掛けて、見張りをしているエリンばあさんの所に向かう。

 ばあさんは大きな岩石の上で仁王立ちになって、遠くを見ている。


「エリンばあさん、様子はどうだい?」

「おそらくですじゃが、囲まれていますな。姿は見えませんが、あちらの山の緑の陰に1部隊。あちらの山の死角にも1部隊が居そうですじゃ。こちらに集結するまでは、まだ暫くはかかるでしょう」

「そうか。食料は十分にあるけど、攻めて来てくれなかったらそれはそれで困るな。ばあさん、勝てるかな?」

「ほっほっほっ。例えば百の矢が撃ち込まれてきたら、フラニーの風がすべてを散らすでしょうな。力任せの突撃ならハービーとアポロの火力には敵いません。もし敵に一騎当千の戦士がいるのなら、このエリンが意地でも射抜いてみせましょう」

「フフッ、よしオレも頑張るぞ。さあ、エリンばあさんも陣地で休んでくれ」


 オレ達は陣地に戻り、腹ごしらえをしながら敵を待った。


 それにしても、ハンナ村の考えがいまいちよく分からない。見られてそんなに困る物ならば、もっと厳重に管理して置いて欲しかったと思う。

 案外それは口実で、本当は積み荷の略奪が目的なのかもしれない。

 あれだけの村が滅んでいくのを間近で見せられたら、人の心は変わらずにはいられないだろう。







 外はまだ十分に明るくて、雨が降りそうな気配もなかった。

 オレ達はおやつを食べながら、あまり戦いと関係のない無駄話をして時間を潰した。


「来たみたいだな」

「来ましたな」

「待ちくたびれましたわ」

「一応、交渉出来る余地があるかどうか確認するからさ」

「レオンさん、あそこを見てください!」

「ははっ、レオンはあれと交渉するつもりなのか、はっはっはっ」


 村のはずれの方に1匹のライオンが姿を現した。見かけや大きさは普通のライオンと変わりがないが、もちろんあれはイェニチェリライオンであろう。


 その1匹を皮切りに、イェニチェリライオンがぞろぞろと現れ始めた。

 ざっと数えただけでも30以上はいるだろう。

 オレは、ライオンに股を引き裂かれているグランデュエリルを想像した。

 家の中に隠れていろと本当は言いたかったのだが、代わりにオレは別のことを言った。


「グランデュエリル、しっかりと股を閉じて置けよ。攻撃開始だ!」


 ハービーが投弾帯から飛ばした鉄球と、エリンばあさんの矢が、先頭のライオンたちに襲い掛かった。

 数匹のイェニチェリライオンが、散開しつつ物凄いスピードでこちらに迫ってくる。

 崖を背にした半円の空堀は、幅3メートル深さ2メートルぐらいまで掘り進んであった。

 一番乗りのライオンがジャンプで飛び越えようとしてきたが、土塁に阻まれてずるずると落ちていく。

 間抜けなライオンを、投石の集中砲火で戦闘不能に追い込んだ。


 土塁に取り付く事に成功したライオンもいたが、尖った柱や瓦礫に足を取られているうちに、素早く駆け付けたアポロの餌食となっていく。あっという間に数匹の犠牲が出たことで、ライオン達は慎重になってしまった。


 後方に残っていたライオン達を見ると、口から使役獣を吐き出し始めていた。


 トカゲ、蛇、狐に鹿に猿に兎。

 爬虫類を中心に、森に住んでいそうなありとあらゆる動物たちが、唾液まみれの醜い姿で吐き出されている。

 イェニチェリライオンは子飼いの兵隊軍団を、オレ達に差し向けた。


「くそ、細かい奴らの方が、やっかいかもしれんな」


 オレは戦いながら後方の山を確認していた。

 ライオンを操っている人間が、どこかに潜んでいるはずなのだが、探し回る余裕はとてもない。

 グリとグラも強敵相手に必死に戦っている。元からオレ達は、防衛戦を戦うことで日々を生きていると言っても過言ではないので、戦況はかなり有利に進んでいた。


 イェニチェリライオンの断末魔が、次々と山にこだまする。

 陣地に入り込んでくる小動物を、アポロが嬉々としてかみ殺す。


 勝ちを意識し始めた頃に、新手のライオンが10匹ほど貫録たっぷりに姿を現した。どのライオンも今までのライオンの1・5倍はでかい。そして、当然の様に胃袋から兵隊を吐き出した。

 1匹のライオンが吐き出した使役獣を見て、オレの背筋が凍り付いた。


 まるで丸太の様な胴体を持つ、モンテスマ・スネークだった。

 コブラの頭に一角獣の角、そして唾液でヌルヌルとした大蛇の体は、タコの触手の様にのたうっている。


「エリンばあさん! オレはあの蛇を片付けるから、陣地を頼む!」

「レ、レオンさん。あそこを、あそこを見てください」


 オレが打って出ようとすると、グリィフィスが大声で怒鳴り、隣の山の中腹を指差した。

 そこには1匹のイェニチェリライオンが居た。

 ずいぶん遠くだったので理解するのに数秒かかったが、こちらに向かって走り始めたそのライオンが、1本だけ生えている木を通り過ぎた時に、パーティーの全員がその異常さに気が付いた。


 でかい。ただただでかい。


 今まで見た一番大きなゾウよりも、さらにでかいそのライオンは、空を飛ぶ様な速さで、積み木を重ねただけに過ぎないオレ達の陣地に迫ってくる。


 ……あれは、あんな化け物を飼いならせる奴なんている訳がない。たぶん一族の悲鳴を聞きつけて、山の奥からやって来たんだろうな。落ち着け、落ち着くんだ。


「エリンばあさん、オレとアポロなしでも、しばらく陣地を支えられるかい?」

「お任せあれ」

「よし。あの化け物をやってくる。あいつを殺せば、たぶんこの戦いは終わるはずだ」


 オレはエリンばあさんと視線をぶつけ、頷き合った。

 事前の打ち合わせ通り、もしダメそうならば荷を捨てて馬に乗って逃げてくれと、無言で意思を伝える。全員は無理だろう。特にハービーやカインは助からないだろうが、借り物のグリとグラだけは何とか逃がしてやりたい。


「グリ! グラ! 死ぬなよ。アポロ、出るぞ」


 オレは、立てかけておいた竜牙の槍を、空堀に橋渡した。

 綱渡りの様に竜牙の槍を駆け抜けて、敵のまばらな場所に突っ込んでいく。数匹の敵を倒しながら戦場を走り抜け、交易路の近くまで出た所で化け物ライオンと鉢合わせになった。


 お互いに足を止め、自分の敵を観察する。


 やはりでかい。白と黄色が混じりあった威厳のあるたてがみ。感情があるとは思えない黄色の目。素肌を晒している様にさえ見える、短い体毛。ティラノサウルスですら、ここまでの迫力はないであろう。

 だが、しかし。


「お前さん、ずいぶん歳を取っているじゃないか。あんなスピードで走ったら、ぎっくり腰に――――」



 言い終わる前に、老ライオンの口が目前に来ていた。

 ガブリと開いた口が、まるでフライドチキンを食べる様な気軽さで、オレの上半身に迫る。

 後ろに飛び退こうとしたが、とても間に合わず、オレは倒れ込みながら体を丸め、両手両足でライオンの顎を受け止めた。


 巨大な口の中に体半分入りながら、両足で下顎を、両手で上顎をガッチリと抑え込む。

 少しでも力を抜けば、そのまま食われてしまうだろう。右の足の裏に激痛を感じるのは、たぶんライオンの歯が刺さっているからだ。


「アポロ! ケツに噛り付いてやれ!」


 本当に噛り付いたのか、老ライオンがビクリと舌を捩らせた。

 顎の圧力が弱まって行く。


 ……もしかして、このまま押し切れるのか?


 そんな甘い事を考えていると、ライオンの咽喉の奥がピカリと輝いた。

 そして真っ暗な喉の奥から、ズルリズルリと悪臭を放つ何かが這い出て来る。


 それは人間だった。

 全身を鎧で包み、手には光り輝く星銀の武器を持っている。


 あたかも暖簾から顔を出したサラリーマンの様に、咽喉元の肉のヒダから戦士が顔を出した。

 そして粘液にまみれた星銀の手斧を振りかぶり、オレの無防備な腹に向けて、振り下ろしてくる。


「がーーー」


 オレは力を振り絞りライオンの口の中から、脱出した。

 地面を転がり、素早く体勢を立て直す。

 顔を上げると、唾液と共に鎧戦士が口から滑り落ちた所だった。


 股を引き裂くライオン。タコの触手。血にまみれた手斧。

 ちくしょう。

 全部かよ。




 ――――イェニチェリライオン・キングと、その使役獣、戦士ハンス・ナバルが現われました。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ