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可愛い娘には旅をさせよ

「今夜はガイドフと飲みたい♪ 飲まなきゃ今夜は帰さないー♪ スコップ空けろよ今すぐー、そーれそーれ」


 特製スコップになみなみと注がれたフォレスビール。

 ガイドフ親方は、オレの掛け声に合わせてそれを一息で飲み干してしまう。たぶん5リットルぐらいはあるはずなのに、親方の胃袋は一体どうなっているのだろう。

 あまりはしゃぎ過ぎると背中の矢傷が痛んだが、オレは興奮せずにはいられなかった。



 ファーマーズ・ソウルの開店初日は大成功に終わり、今は店員と仲間たちだけで、軽い打ち上げをしていた。

 夕方にオープンした店は、サービス価格のフォレスビールを大量に用意したおかげでもあるが、すぐに長蛇の列が出来てしまい、深夜までそれが途切れる事はなかった。一度フォレスビールの味を覚えてもらえれば、また絶対に飲みに来てくれるだろうという自信はある。


 また決して安くはないナッツかたびらが、倉庫の分も含めて全部売り切れてしまった。

 かなりの数を用意していたので、ベンやグラックスも予想外の事態に嬉しい悲鳴を上げていた。

 なぜそんなに売れたのかというと、フラニーが実演販売をするという暴挙をしたおかげだった。


 そんな事は止めろと言ったのだが、フラニーはやると言い張った。

 ナッツかたびらを装備してお立ち台の上に立ち、客に渡した剣で自分の体を切り付けさせたのだ。店内にカキンという金属音が響くたびに、勇敢な少女へのおひねりも兼ねて、ナッツかたびらが酔客達に飛ぶ様に売れていった。


 長時間働き詰だった店員達にねぎらいの言葉を掛け、ビール注ぎ足してやる。料理担当の男が咽喉を鳴らしてビールを飲み、酒を運び続けていたスカートの娘がガツガツと肉を食べている。閉店したというのに、店内の熱気はまだまだ収まりそうもなかった。

 一人、帳簿と格闘していたグラックスがオレとベンを手招きした。


「数字が出ました。もしもこの売り上げが半年続いたら、お二人の城でもお建てになっては?」

「城もいいが、ベンとオレの丘を繋ぐ道を作りたいな」

「はっはっは、ついでにその道を、市場やカルゴラまで通してしまいましょうか」


 三人でもう一度乾杯をした。そして全員に少額のボーナスを出す事を決めて、すぐに実行する。

 一心不乱に肉を食らっていた娘が、銀貨を手渡したオレにべったりと抱き付いてきた。オレは汗と香水の入り混じった匂いのする娘を慌てて引き剥がして、一番奥のテーブルに目をやった。


 そこにはユキとフクタチが、オレの仲間達と同じテーブルを囲っている。その光景はなんとなく不思議で、例えるなら高校で新しく出来た友達と歩いている時に、中学からの友達とばったり出会った時の様な感じがした。

 本来ならば決して交わる事のない、別々の世界の住人達。


 ユキは閉店の少し前の時間に来て、そのまま後片付けを手伝ってくれた。

 フクタチが、一瞬でお皿を2枚割るなどのハプニングもあったが、無事に閉店作業も終わり二人にも打ち上げに参加してもらった。


 ユキの隣に座っているフラニーは、こっそりビールを飲んだのか赤い顔をしている。そして何やらユキに絡んでいるようだ。フクタチは強い女同士で魅かれ合うものがあったのか、エリンばあさんの膝の上に乗り、デレデレと甘えている。心は子供でも体は14歳なので、エリンばあさんも重かろう。

 銀貨を配り終えてから、仲間の居るテーブルに近づいて行くと、フラニーのやや舌足らずな声が聞こえてくる。


「それでレオンとユキ様は結婚をなさるのですか? え? じゃあなんなんですか? レオンはほぼ一日置きにユキ様の丘に通っているようですが。修行? でもユキ様自体は戦えないと、聞いておりますですじゃよ。ちなみに私は、風魔法などが使えますよ? ほら、凄いでしょ? 感じますか、私の具現化した風を?」


 ユキがオレの事に気が付き、ニコリと笑った。

 竜巻で店を吹き飛ばされる前に、フラニーの首根っこを優しく掴んで魔法を止めさせた。普段真面目な奴ほど酒で豹変するというのは、こちらの世界でも同じようだった。


「やあユキ、こいつビール飲んだみたいで、すまんな」

「ううん、楽しいよ。それに酔っ払う前のフラニーさんともお話したけど、素敵な娘ね」


 ユキの言葉を聞いたフラニーが盛大に舌打ちをした。オレはフラニーを抱え上げて、床で胡坐をかいているハービーのカゴの中に、酔っ払い幼女を収容した。


「フラニーさんは、レオンの事が好きみたいね」

「うーん、どうだろう。それより店はどう?」

「うん。凄く居心地の良いお店だね。レオンの旅が終わったら、時々遊びに来ようかな」

「じゃあ、ベンに頼んでユキ用の特別席を作っちゃおうかな」

「フフフッ。ダメよそんなの。邪魔になるし、恥ずかしいもの」


 オレはみんなのコップに飲み物を注ぎ足して、もう一度乾杯をした。

 エリンばあさんとユキが、コップをぶつけ合わせた場面を見た時に、まるで胸に石炭を放り込まれたような喜びを感じた。


 ……まあ、ちょっとはオレも頑張ったのだから、少しぐらい、いい事があってもいいよな。




 明日の事も考えて、一時間ほどでお開きになった。

 フクタチが、腕相撲でガイドフ親方に一瞬で勝ってしまい、親方が少し泣く等のハプニングもあったが、みんな程良く楽しんだようだった。


「ユキを石碑まで送ってくるからさ」


 仲間にそう言ってから店の外に出た。

 夜の外気が、火照った体を気持ち良く冷やす。

 店の両端には、グラとグリィフィスが武器に手を乗せて警備に当たっていた。屋根の上ではアポロが、不審な鼠を待ち構えている。オレは完全に真顔になって、グランデュエリルに声を掛けた。


「今夜はもう大丈夫そうだな。疲れただろう、後日埋め合わせをさせてくれ」

「これが私の仕事だからな。礼を言われる筋合いはない」


 グランデュエリルは素っ気なく答えた。

 一応、矢の攻撃から身を呈して守ったのだが、好感度はまるで上昇していないようである。

 今日一日、一緒に過ごしてなんとなく分かったのだが、要は自分が剣を捧げた帝国貴族のベンと、どこの馬の骨とも知れないオレが対等だというのが、グラには面白くないのだろう。

 グラを旅のメンバーから外すという選択肢もなくはないが、一緒にいた方がたぶん良いだろう。


 屋根から飛び降りたアポロが、頭を擦り付けてくる。店のドアが開き、ユキとフクタチが騒がしい音を背負って外に出て来た。グリィフィスに軽く頷いてから、ユキと夜道を歩き出した。アポロも当然の様に付いてくる。



 生き物の気配が全く感じられない、深海の様な暗い道を進んで行く。オレとユキはどちらからともなく手を伸ばし、溺れた者がしがみつくように固く繋ぎ合った。

 前を歩くフクタチとアポロは、踏むと音の鳴る壊れかけの石畳を探すという、子供らしい遊びを始めていた。さっそく見つけたアポロが得意げな顔で足踏みをして、ゴトゴトと音を鳴らしている。その音は、あたかもクジラが海中で酸素を吐き出しているかのようだ。


「なあ、ユキ。言わなきゃならない事があるんだけどさ。……ユキのお母さん、あまり具合が良くないんだ」

「……そう。お母さん、昔から病気がちだったから、驚かない」


 ユキは道の向こう側を、真っ直ぐ見ていた。雲から顔を覗かせた月が、ユキの白い肌をキラキラと光らせている。ユキはしばらく考えた後に、呟くようにポツリと言った。


「もしもお母さんに何かあったら、私どうなるんだろう」

「いやお母さんは大丈夫だよ。…………でも、もしそうなったら、オレがユキの体を盗む」

「え?」

「他に手段があればそっちにするが、無ければユキのことを盗む。一緒に暮らそう」


 ユキは驚いた顔で、オレの事をじっと見た。

 この事についてオレは沢山考える時間があったが、ユキには突然すぎたかも知れない。

 それにあっちの世界では一文無しの癖に、よくもそんな事が言えたもんだ。


 オレ達はいつの間にか立ち止まっていた。

 アポロとフクタチが先に行ってしまったが、あの二人なら暴漢の方が逃げ出すだろう。やがてユキは、くすりと笑い小さな声で「いいよ。レオンがいいなら」と言った。お母さんは大丈夫だとオレは言ったが、はっきり言ってそれは嘘だ。


「よし決まりだな」


 オレはそう言った。殺人、誘拐、監禁、金の為にあるいは強盗。ゲームが終わってしまう日も遠くはないだろう。いや、終わらせるもんか。

 再び歩き出しながら、最近あったシルバーアクセサリーの事をユキに話した。


「死んだ時以外にもさ、何か関わりがあるのかな? こっちとあっち」

「わからないわ。わからない……でも、何で今までその事を考えなかったんだろう、私」

「そう! オレもそうなんだよ。なんだかまた怖くなってきたよ。まさかユキはオレの妄想じゃないよね?」

「フフッ、それは私のセリフよ」

「ユキはさ、綺麗すぎるんだよ。もう少しブスだったらリアルだと信じられるのに」

「私はもう信じているわよ。レオンが実在しているって」

「うーん、今の話の流れでそう言うとさ……」


 やたらとゴトゴト鳴る石畳の道を、出来るだけゆっくりとオレ達は歩いた。

 遠くの方で石を叩き割るような音が、たまに聞こえてくる。


「そんなに長い旅ではないけれど、もし何かあったらベンに言ってくれ。連絡が取れるはずだ」

「うん。いってらっしゃい」


 ユキから旅の餞別を貰い、残りの道を一緒に歩いた。







 店のオープンから4日ほど、店の手伝いと市場の観光をした後にオレ達は出発した。


 市場に来た時とは反対側の入り口からは、ローマ街道並みのきちんと整備されている道がどこまでも続いている。エメラルドグリーンの大地と抜けるような青い空の間を、2台の馬車が直進していた。


 前を行く馬車はグリィフィスことグリィフィスタフェス・ウェシパシアン・グラックスが操縦している。ベンの丘から借りている馬車なので、2頭の馬はグリィフィスに良く懐いていた。

 まだ傷が完璧には癒えていないオレは、天蓋付の荷台に座っていた。空っぽだった荷台は、市場で買いこんだ旅の道具で半分ぐらいが埋まっていた。テントや寝袋に燃料、炊事道具に水を入れる樽などである。

 第一目標のペジラ砦までは、街道沿いに小さな宿場町があるので、それらを使用するのはもう少し先になるだろう。

 少し手狭になってしまったので、フラニーやハービーと寄り添うように馬車に揺られている。


 中学生の時に好きだった女の子が、大人になったらキャンピングカーで世界を一周すると、卒業アルバムに書いていたことを思い出した。彼女の夢が叶っていればいいと思う。


 少し後ろを付いて来るもう一台の馬車は、グラことグランデュエリルの操縦だ。

 エリンばあさんは、たぶん御者台の隣に座っているだろう。荷台には、もちろん交易品が山と積まれている。

 後続の馬車は市場に居る間に、少し手を加えてあった。

 3メートルほどの長さがある竜牙の槍を、屋根の後部に、まるでいきり立った猫のしっぽの様に斜めに括り付けてある。穂先の部分を布で何重にも包み、その上に毛布を敷いたバスケットを取り付けた。

 つまり見張り台である。

 最近チームへの貢献が著しいアポロが、今もそこで後方の監視をしている。盗賊などの襲撃がないとも言い切れないからだ。


 RPGなどで馬車の中にいる控えのメンバー達は、いったいどういう風に過ごしているんだろうという長年の疑問が、自らの行動により解けそうだった。

 エアコンの効いた部屋で寛いでいる人間にとっては、ガタゴトと揺れて狭苦しい馬車の中は、如何にも辛そうに思える。しかし戦いの場にいる人間にとっては、馬車の中ほど快適で安心できる場所はない。


 カインもハービーも気持ち良さそうにスヤスヤと眠っているし、いつだって軽い緊張感を纏っているフラニーでさえ、のんびりとカードの絵柄を眺めたりしている。

 オレは眠気と戦いながら、市場で新しく購入したグランデュエリル用の装備品を少し改良していた。

 フラニーがカードを捲りながら、ぼんやりと声を掛けてくる。


「レオン、あれを着ないのですか? ユキさんのプレゼントなのでしょう」

「へっへっへっ、勿体なくてとてもじゃないが着れん」

「言っている事がよく分かりませんわ。旅の無事を願って贈られた防具を、飾っては意味がないのでは?」

「危険な場所まで行ったらちゃんと着るさ。フラニーはうるさいのー」


 馬車の壁には、ユキから貰った下半身用の防具が飾ってあった。

 それは、この世界では珍しいジーンズである。もちろんただのジーンズではない。

 ユキが手に入る限り最高の素材と多大な時間を掛けて作った、この世に一つしかないオレの為の防具である。このプラチナ製の糸が編み込まれているジーンズは、剣も魔法も簡単には通さない。

 ジメジメした馬車の中で、これを履くだなんてとんでもない。


 ちなみにジーンズの横には、ガイドフ親方に作って貰った星銀の爪が、添え物のように飾られている。

 形状は鋼の爪とたいして変わらないが、切れ味は雲泥の差があった。試し切りをした木材は、まるで豆腐の様にスパスパと切れた。

 今までは体重をたっぷり乗せてストレートやフックを放っていたが、この星銀の爪ならば軽いジャブでさえ大抵の雑魚モンスターを引き裂く事が出来るであろう。少しファイトスタイルの変更が必要かもしれない。


 ピカピカの装備品達をニヤニヤと見ていると、御者台にいるグリィフィスが垂れ幕を少し開けた。


「レオン様、宿場が見えてきました」

「おう、そうか」


 オレはグリィフィスに手を貸してもらい御者台の隣に腰を下ろした。

 遠くの方に小さな建物の集まりが、ぼんやりと見える。

 また馬車から見回すだけでも10以上の丘が大地に根付いており、その多くには帝国の旗が空高く翻っている。市場からペジラ砦までの領域は、帝国の影響力が強い地域なのだ。もちろん独立独歩の強い丘も多数あり、それらの丘が市場の西側にキノコのように点在している。

 オレやベンの丘は、辺境と言われる石版の世界の中でも、さらに僻地にあるようだ。


「お! 宿場の向こう側は草原が途切れているな」

「はい。ベン様とカルゴラに行った時もこの道を通りましたが、あそこからは荒野に変わります。荒野では少しですがモンスターが湧きますし、草原の様にマナが満ちていないので魔法の力も落ちます」

「ふむ。荒野にある丘の契約者は、何かと大変そうだな」

「そうでございますね。ただ荒野のモンスターは、強さの割に価値の高いアイテムをドロップするので、荒野の方が得だと考えている方も多いようです。湿地帯や砂漠、ジャングルに海岸などもありますが、どこも一長一短です」

「なるほど」


 オレの丘は草原にあるが、モンスターが湧かず、魔法や交易を重視する契約者向きの土地という事か。

 もし敵が常に湧く荒野に丘があったら、少数精鋭というのは難しかったかもしれない。コンビニの様に24時間のシフトを組まなければ、おちおち眠る事も出来ないだろう。


「そうだ。これをグラに渡してくれないか」


 オレは荷台に手を突っ込み、改良して少し守備力を上げたブーツを取り出した。


「姉に渡すのですか?」

「ああ。これはブラック・クロコダイルブーツだ。姉ちゃんは鎧と武器はいい物を装備しているが、他はただの革ばかりだからな。戦闘が発生したら、グランデュエリルには壁役になってもらう事が多くなるだろう」

「ありがとうございます。でもレオン様がお渡しになっては?」

「いや、オレが渡したら素直に受け取ってはくれんだろう。グリィフィスから渡してくれ」

「ですがこんな高級品を私からというのは、変ですよ。とても買える代物では……」

「くじにでも当たったといえばいいさ。頼む」


 オレは、黒いブーツを強引にグリィフィスの懐に押し込んだ。




 十数軒の建物が寄り集まった小さな宿場町に到着すると、すぐにリーダーらしき壮年の男が挨拶に来た。


「旅のお方、お疲れ様です。お泊りになられますか?」

「いや、馬に水をやって、少し休ませてもらいたい。今日は次の宿場まで行く予定だ」

「左様でございますか」


 男はオレの事を観察する様に、やや無遠慮な視線を向けた。


「かなりの戦士とお見受けいたしますが、もしよろしければお泊りになりませんか。無料でご馳走と温かいお湯をご用意させていただきます」

「ふむ」

「実はこの宿場の守り人である戦士が、近くの会合に出席しておりまして。最近、モンスターの発生が例年よりもかなり多いので、対策を話し合う為でございます。……次の宿場まで行くには、暗い中を少し進む事になるはずです」


 つまりタダ飯の代わりに、万が一の時は守備を手伝ってくれという事だろう。

 宿場全体を紫色の魔法城壁が囲っている。ベンの丘のとは少し違うが、十分な防御力がありそうだった。

 オレの視線に気付いた男が、話を続ける。


「ご覧の通り、モンサン・カンパニー製の魔法障壁がありますので、問題が起こる可能性は低いのですが、逃げる事の出来ない妊婦が町におりまして……」

「仲間と相談するからちょっと待ってくれ」


 オレはエリンばあさんの所まで歩いて行き、今聞いた話をそのまま伝えた。

 明るいうちに次の宿場までは辿り着ける目算であったが、きちんと管理されている街道の責任者の一人が、まさか嘘を言うはずはないだろう。少し早いが今日の旅はここまでにして、一泊する事に決めた。




 部屋に荷物を降ろしてお湯を使った後で、宿屋の食堂にみんなが集まった。

 監視や運転をしていた者を、そうでないものがあれこれと世話をする。

 グランデュエリルは新品の黒いブーツを履いており、非常に機嫌がいいようだ。

 弟のグリィフィスにデレデレと甘えて、オレにさえ愛想のいい態度を示した。

 一方のグリィフィスは良心が苛まれている者特有の辛い顔をしていたが、それでも姉の喜ぶ姿を眩しそうに見つめていた。

 やがて運ばれて来た温かい料理を、ワイワイと食べ始める。


「グリとグラはさ、ベンの丘に居る時はどんな風に暮らしているんだ」

「はい。お兄様の家で暮らしております。お兄様は、ベン様から畑を与えられていますので、私はその畑の世話と、鍛冶仕事を毎日しております。姉の方は、守備隊で剣を振るっております」

「……ボウド様の指揮下で働いている」

「おーボウドさんかー、ボウドは強いからな。最初に剣士ボウドに会った時はオレなんてヒヨコ同然で、プルプル震えながらボウドが熊をぶった切る所を見ていたもんだ」


 グランデュエリルが、少し興味を魅かれた様にオレの顔を見た。


「私はボウド様に剣を教わってもいる」

「そうか」

「今度の旅には初めはボウド様が、道案内役として行く予定だったと聞いた。それをレオン……様が断って、代わりに私達が行く事になったと」

「うん。ベンの右腕のボウドを何週間も借りる訳にはいかないからな。ベンに甘えるのは満月一個に付き、3回までと決めている」

「レオン、多すぎですわよ」

「ほっほっほっ」


 オレが適当な軽口を叩くと、グランデュエリルはポカンとした後に少しムッとして、料理を口に放り込み始めた。オレのこういう所がグラに嫌われてしまう原因なのだろうか。

 グラックス家の面々は、カタツムリの様な生真面目な血を、しっかりと受け継いでいるようである。

 長男のグラックスは、真面目さの中にも洗練されたユーモアが滲み出ているが、17、8の弟達とは少し歳が離れているのだ。


 酒は一応我慢して、町長らしき男の言葉通りのご馳走を味わっていると、ズシンズシンという重低音が聞こえてきた。給仕をしてくれている町娘に目をやると「モンスターが出たみたいですが、このぐらいはよくある事なので大丈夫だと思います」と笑顔を見せて言ったので、そのまま食事を続ける。


 しかし地響きのような音はなかなか鳴り止まず、徐々に間隔が狭まっているようだ。念の為それぞれが部屋から装備を持って来る事にして、オレも星銀の爪とユキ特製のカウボーイジーンズを装備して食堂に戻ると、町長が呼びに来ていた。


 外に出ると牛ぐらいの大きさのクワガタが、魔法障壁に攻撃を加えていた。

 オレは素早く状況を確認する。

 巨大クワガタの数は20匹ほど。

 魔法障壁はまだどこも突破されていない。ここの魔法障壁はベンの丘の物と違い、上に乗ったり、形状を変えたりは出来ない様で、紫のゼリーというよりは4メートルぐらいの紫色の炎の壁が、クワガタの侵入を阻んでいる。


「よし、オレとアポロが出る。エリンばあさんはあそこの物見台の上から援護を頼む。他は突破された時の為に住人の護衛だ」

「待て、私も出させてくれ」


 グランデュエリルは赤い髪の毛をポニーテールに結び、鉢金をおでこに付けていた。


「いや、護衛だ」


 さすがにグラも戦場のルールは知っているので、すぐに指示通りに動き出した。

 クワガタはそれほど強そうではなかったので、グリとグラの戦い方を見て置いても良かったのだが、はっきりと嫌な予感がしたのだ。

 町長に魔法障壁の一部を開けてもらい、出撃した。


 壁に食いついている一匹のクワガタに向けて、走る。


 走るオレの足元、と言うよりは足の間を、アポロがジグザグに同じ速度で走っている。

 しかしオレは決してアポロを踏む事はないし、アポロも決してオレの走りを邪魔したりはしない。

 右足と左足の陰で見え隠れしていたアポロは、クワガタに接近するとオレの背中を駆け上がり、そのまま大きくジャンプした。


 敵から見れば、足元に居たはずのアポロが突然消えて、空から降ってくるのだ。


 急降下爆撃機と化したアポロは、クワガタの黒光りする背中のど真ん中に、きちんと揃えた前足から着血した。着地の瞬間に、まるで平泳ぎの突き出しの動きの様に前足を伸ばす。


 最初の犠牲者が一撃で消滅すると、20ほどの巨大クワガタがオレを目指してカサカサと迫って来る。

 しかし、そのクワガタの半数はオレに接近する事は出来ないであろう。

 彼らの選択肢は少なかった。

 両目を矢で潰されて暗闇の中で死ぬか。

 片目を潰されて、フラフラと回りながら死ぬか。

 光り輝く星銀の爪に、目を眩ませながら死ぬか。


 あっという間に巨大クワガタが死んでいった。

 あらかた片付くと、宿場の住民がぞろぞろと出てきて、止めを刺したり、かなりの数があるドロップ品を回収し始めた。町長が「油断するな生き残りに気を付けろ」と大声で怒鳴りながら、オレに駆け寄って来る。


「お疲れ様です。見事でございました。アイテムは宿の方に運んでおきます」

「ああ。ずいぶん数が多かったな」

「いつもはせいぜい2、3匹なのですが、やはり今年は異常なのです……さあ、お湯と料理を温め直しますので、宿の方に」

「ありがとう、アイテムは半分取って置いてくれ」


 そう言って歩き出そうとすると、向こうの方から悲鳴が聞こえた。

 片目を潰され体が半分に千切れたクワガタが、少年兵に圧し掛かっている。

 近くにいたグランデュエリルが駆け付けてレイピアを突き刺したが、クワガタは少年を道連れにしようともがいている。そして大人の腕よりもはるかに長い鋏の狙いを、少年の体に定めた。

 グランデュエリルが少年を引き摺り出して放り投げると、クワガタは代わりにグランデュエリルの足をがっちりと挟み込んだ。


 グラは、トラバサミの様なギザギザの鋏に足首を締め上げられ、地面に転がりながらも渾身の力を込めてレイピアを突いた。細長い剣が、硬い外皮の隙間に滑り込む。

 オレとグリィフィスが辿り着いたのは、丁度クワガタが消滅した時だった。


「グラ、大丈夫か?」

「姉さん?」


 グラは荒い呼吸を落ち着かせながら、爛々と燃える瞳でグリィフィスを見上げた。


「見たか今の! お前がくれたブーツがなかったら、今頃、足首から先がなくなっていた所だぞ。弟よ!」


 グラはそう言うと勢いよく立ち上がり、弟を強く抱きしめた。さらに頬っぺたに熱烈なキスの雨を降らす。グリィフィスは体を乱暴に揺すられながら、物言いたげな目でオレの事をチラリと見た。


 イェニチェリライオンの牙すら通さない、そう言われて買ったブラック・クロコダイルブーツには、歯型が痛々しく残っていた。オレは大きな大きな溜息を付く。


 そして、様々な方法で少女が血を流していた、いくつもの銀製品を思い浮かべた。




 ……まさか、あれが全部起こるというんじゃないだろうな、セムルスよ。お前にとっては遊びでも、オレにとっては現実なんだぞ。






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