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グリとグラ

 ☆☆☆


 久しぶりに大きな街に出て、久しぶりに沢山の人を見て、少し寂しい気持ちを抱え込んでから自分の住んでいる街に帰ってきた。

 小脇にはシルバーアクセサリーの雑誌数冊と、図書館で借りたアンティーク銀食器の写真集が挟まれている。早く家に帰って、ビールでも飲みながら銀細工の勉強をしよう。


 駅の改札から出ると、ビラを配っている居酒屋の店員がチラリとオレを見て、すぐに目を逸らした。

 大学生のグループや仕事上がりのサラリーマン達が小さな輪を作り、これからの楽しみに向けて徐々にテンションを上げ始めている。

 オレの街も、駅の周りだけは小さな繁華街のようになっていて、カラオケボックスや酒が飲める店が建ち並んでいた。裏道には労働者向けの風俗店までしっかりとある。


 駅前の広場では若者や外国人がギターを鳴らし、露天商が地面に敷物を広げている。

 オレはいつもの様に、なるべくそちらを見ずに足早に通り過ぎようとしたが、一つの敷物がふとオレの足を止めさせた。そこにシルバーアクセサリーが並んでいたからだ。


 オレは少し脅えながら顔を上げた。

 もし売る気満々の外国人だったらすぐに逃げ出すつもりであったのだが、敷物の後ろのガードレールには若い男女がいた。どちらも十代に見える若さで、距離の近さが恋人同士である事を示している。

 オレは屈み込み、売り物のアクセサリーを熱心に眺めた。


 露天商の男女はあまり客に注意を払わずに、小さな声で会話を楽しんでいる。

 今日一日、色んなシルバーアクセサリーを見てきたが、目の前の物ほど関心を惹いた物はなかった。

 どのアクセサリーも、少女の裸体の一部に、様々な武器が装備されているというデザインだった。

 立体的な細い太腿に短剣が付いている指輪や、巨大な斧に少女が絡みついている腕輪などがある。


 夢中になって10分ほど見ていると、女の方が声をかけてきた。


「気に入りましたか?」

「うん。これ君達が作っているの?」

「そうですよ。私と彼がデザインして、彼が作ってます」


 彼の方を見ると、無言のままコクコクと頷いた。小心者のオレにしては珍しく、迷惑も顧みず30分ほどアクセサリーを見ていた。金があれば何個でも欲しかったが、買えるのは1つが限度だった。

 2つに絞った最終候補をさらに時間をかけて見比べて、華奢な少女の背中に長剣が乗っているネックレスに決めて金を払った。


「あの、良かったらこっちも持っていってください」


 ずっと無口だった青年が、オレが最後まで迷っていた少女の薄い胸に手斧が刺さっている置物を、オレに渡してきた。


「え? いいの?」

「はい、気に入ってくれたみたいなんでオマケです」

「ありがとう、金が出来たらまた買いに来るよ」


 オレは礼を言って、歩き出した。


 駅のそばに中ぐらいの公園があり、近道をする為にその公園を斜めに横切っていく。

 労働者風の老人がベンチに座り、魚肉ソーセージを片手にビールをちびちびと飲んでいる。

 昔、働いていた頃は毎晩この公園を通っていたのだが、その頃からこの老人は毎日魚肉をつまみに酒を飲んでいたのだ。オレはなんとなくほっとした気持ちになり、魚肉おじいさんに心の中で挨拶をした。


 公園を抜けると、駅前の騒々しさが嘘のように静かになり、一戸建ての住宅が軒を連ねている。

 緩やかな坂道を、荷物を抱えながら早足で登って行く。

 するとオレの横を、白と黒の小さな猫が疾風の様に駆け抜けて行った。


「あっ」


 ドキリと心臓が高鳴り、オレは猫の姿をもう一度見る為に、走り出した。

 猫の影を追い駆けて薄暗い曲がり角を曲がった拍子に、角にいた誰かにまともにぶつかってしまった。

 荷物を道に撒き散らして尻餅をついたオレは、慌てて謝った。


「す、すいません、大丈夫ですか?」


 オレがぶつかったのは見上げるような大男で、無表情にこちらを見下ろしていた。

 あちらに怪我はなさそうだったので、再び謝りながら荷物を拾い集めた。

 暗闇のせいですぐには気が付かなかったが、その大男はド派手な真っ赤なスーツを着ていた。大男は無言のまま置物を拾ってオレに手渡してから、背中を向けて歩き去った。

 大男は何かを探すようにキョロキョロと首を振りながらゆっくりと歩き、ズボンのポケットから赤いロープの様な物が垂れ下がっていた。


 オレは体の芯から来るような酷い震えに耐えながら、大男が見えなくなるまでその背中を見つめていた。

 やがて立ち上がり、坂道の続きを登り始めた。坂道が終わり、平らになった場所にオレの住んでいるアパートがある。


 部屋に入り荷物を解いていると、さっき大男から手渡された少女の胸に手斧が刺さっている銀の置物に、血がべったりと付いていた。



 ――――――――――――――――――――



「見えて来たな、あれがたぶん市場のはずだ」


 天蓋付の馬車2台が草原を進んでいた。両方ともかなり大きい荷台を持ち、それぞれが2頭の毛長馬に引っ張られている。片方はエリンばあさんが運転しており、荷台には宝の山と言ってもいいほどの物資が積み込まれている。もう一つの馬車はオレが操作していて、荷台にはハービーとカイン、そしてフラニーが、売られてしまう時を待っているかの様に静かに揺られていた。


 不慣れな御者台に座っているオレは、ここしばらくの忙しかった日々を思い出した。



 まずベンから借りた、馬と馬車の練習が始まった。戦争に関わりのある事なら、ほぼ何でも出来るエリンばあさんに教えてもらい、自転車を覚えた時以上の傷を作りながら、輪乗り、駈足ぐらいまでは何とか出来るようになった。


 フラニーは、馬の代わりにカインに乗る練習をしていた。フラニーは「仮面を、レオンが描いたスマイルマークにすれば、ウーリは従順でちゃんと言う事を聞くようになりますわ」そう言ってカインの頭をブルブルと振り、強制的に人格を変更するという悪い奴だ。まあ、とにかく全員に乗り物が出来た訳だ。


 次に、市場にオープンする酒場の準備があった。

 オレは午前中の農作業を終えると、立ち食い蕎麦を啜るようなスピードで昼飯を済ませてから、店の手伝いに向かった。

 すでに店に住み込んで作業をしているグラックスの指示に従い、トンカチを叩いたりペンキを塗ったりした。ベンも丘の仕事を済ませた後にいそいそとやって来て、パワーを活かして酒樽などを運び入れていた。


 店の準備を午後一杯やって家に帰り、晩飯を食べた後は、星銀を栽培するための銀製品を真夜中まで作った。それらの作業の合間に、カルゴラシティーの情報を収集したり積み荷の準備をしたりと、寝る暇がないほどの忙しさであったのだ。

 基本、怠け者のオレでさえ、納得できる報酬が約束されているのなら、こうも頑張れる事が出来た。





 帆布の様なぶ厚い天蓋の隙間から、フラニーが顔を出した。


「もうすぐ到着ですか?」

「ああ、外から見るのはオレも初めてだが、あれが市場だ」


 フラニーに手を貸して、御者台の隣に座らせてやる。一瞬気を抜いた隙に、毛長馬が左側に逸れ始めたので、慌ててハーネスの紐を引っ張って修正する。


「乗り心地はどうだった?」

「ええ、最高でしたわ。このまま馬車に住んでしまいたいぐらいです。もう少し中が狭ければ、さらに快適です」

「はっはっは、フラニーは狭くてジメジメしている場所が大好きだもんな」

「……別にジメジメしている必要はありませんが、まあ、そうですわね」


 明け方の薄暗い時間に丘を出発したのだが、すでにとっぷりと日が暮れていた。丸一日、馬車を運転していたのでお尻がカチカチになっているが、おかげで旅の初日はベッドで眠る事が出来そうだった。

 市場からは心を浮き立たせる様な優しい光が溢れ出していて、早くも肉と香辛料の焼ける匂いが漂って来ている。町全体が浅い堀と簡素な木の柵で囲われているのだが、これは防衛の為というよりは、家畜が外に逃げ出さないように作られた物である。なぜ防衛の必要がないのかは、市場に近づけばすぐに理由が分かる。


 ユキがモビルスーツみたいな奴と表現をした、庭守とそっくりな石像が100メートルぐらいの間隔を置いて、市場を囲む様に守っているのだ。市場を襲撃しようと思うほどの実力のある者ならば、この石像がただの石像ではない事に嫌でも気が付くであろう。市場に住んで居る老人達に話を聞けば、この町に攻め込もうとした傲慢な男の軍隊を、動き出した石像達がお茶を沸かすほどの時間で消し去ったという昔話を聞かせてもらえる。


 つまり、ここは神々が用意した完全なる中立地帯であり、特別な聖域なのだ。


 退屈そうな門番に軽く手を振ってから、馬車を市場の中に入れた。

 オレにとっては見慣れた市場の景色だが、フラニーが身を乗り出して感嘆の声を漏らした。石畳の大通りの両側には、ありとあらゆる種類の店が延々と並んでいる。


「すごい数のお店ですわね!」

「うん、そうだな。でも細い道にある蜂の巣のような店の方がオレは好きだな。今日はもう遅いから、明日たっぷり案内してやるよ」

「楽しみですわ」

「ああ。宿屋に行く前にちょっとだけ寄る所がある」


 オレは体を横に倒して、斜め後ろを付いて来ているエリンばあさんの馬車に合図をした。

 後ろの馬車の屋根の上に、まるで船首像の様にアポロが仁王立ちをしているのが見える。

 いつからあんな所に居たのだろうか。


 大通りを曲がり、逆に進む馬車2台がギリギリすれ違える道をしばらく進むと、やがてガイドフ親方の鍛冶屋が見えてきた。馬車を停めて鍛冶屋の中に入ろうとすると、ハーフドワーフのガイドフ親方が顔を見せた。親方の誘導で鍛冶屋の中庭まで馬車を回す。


「よう、そろそろだと思ってな」

「すまない。いつもならもう飲んでいる時間だな」


 挨拶をしながら一緒に馬車の後部に回り込み、きつく結ばれているロープをほどいて荷台を開けた。

 普段は何事にも動じないガイドフ親方が、積み荷を見てゴクリと唾を飲み込んだ。


「お前さんを少し見くびっていたようだな。しつこさだけが取り柄だとばかり思っていたが……」

「ありがとう。まあ、これがほぼ全財産だ」


 荷台には星銀のインゴットと銀のインゴットが、まるで中央銀行の地下保管庫の様に規則正しく積み上げられている。また、無造作に転がっているいくつかの布の袋には、ベンにマナと交換してもらった黄金長イモがギッシリと詰まっているのだ。

 全財産を持ち歩くというのはもちろん危険が伴うが、色々考えた結果すべてを持ち運ぶ事に決めた。


 例えば、カルゴラに近いモンサン博士に頼み、オレが交易品を担いで先に運んでおくという事も出来なくはないが、そういう事をすると石版に負担がかかり、あっさりと割れてしまう事があるらしい。そんな危険は冒せる訳がない。石版や、石版の欠片というのは、人間の命と同じように消耗品なのだ。


 ガイドフ親方が、星銀のインゴットを手に取って惚れ惚れと撫でた。


「星銀ってのは職人の技量がもっとも影響する金属だからな。星銀を扱えるようになって、初めて一人前の鍛冶屋と認められるんだ」

「うん。この中から一番質の良い星銀を必要なだけ選んで、それで星銀の爪を作って欲しい」


 ランプで馬車の中を照らすと、光の洪水が夢幻の世界を作り出した。親方は1つ1つを手に取ってじっくりと調べ、20分ほどで3つのインゴットを選び出した。


「次の満月まで市場に滞在するから、それまでに頼む」

「おう。任せときな」


 オレはボロボロの鋼の爪を袋から取り出して、胸にギュッと押し当ててからガイドフ親方に手渡した。

 生まれ変わってこい、戦友よ。




 オレ達の店を少し見た後に、町の中心部にある高級ホテルに移動した。

 地中海のリゾート地にありそうな、多種類の文化が入り混じった趣のある建物である。たっぷりとスペースを使っており、中庭にはプールまである。

 タキシード風の服を着た従業員が、オレ達を出迎えた。


「レオン様でございますね、ご予約承っております」


 まず馬車と荷物を預け、次にハービーとカインを前もって用意してもらった離れの小屋に連れて行く。

 小屋が快適な状態である事を確認してから「すぐご馳走を持ってくるからな」と声を掛けて、扉を閉めた。オレとエリンばあさんとアポロとフラニーは、手荷物をカートに乗せて運ぶ従業員についていった。

 シャンデリアや大理石の柱を、フラニーが忙しそうに観察している。


「レオン、ここに泊まるのですか」

「ああ、今回の交易は、旅行も兼ねているから、贅沢出来る所は贅沢を楽しもうと思ってな。何回かは野宿をしなきゃならんが」


 機嫌良くそう言うと、フラニーも嬉しそうにニコリと笑った。最近頑張っていたおかげなのか、フラニーが心なしかオレに優しい。赤い絨毯の敷かれたエレベーターに乗り込んだ。


「エリンばあさん、疲れたかい?」

「まだまだ元気ですよ、レオン殿。あの馬車でなら、どこまででも行けそうですじゃ」


 女性陣と男性陣で2部屋に別れて荷物を置いた後、ホテルのレストランで簡単に食事を済ませた。もう営業時間は終わっていたのだが、気を利かせた従業員がコックを呼んでくれたのだ。

 今日は早起きだったので、すぐに眠る事にした。市場見学は明日からだ。





 フカフカのベッドにうつ伏せに倒れ込むと、そのまま地の底に沈み込んでしまう様な眠気に襲われた。

 しかし、一日一殺を心掛けているアポロは、朝からずっと馬車で寝ていたせいもあって元気が有り余っている。遊ぼう、遊ぼうとオレの背中を引っ掻く爪が、だんだん危険な領域に近づいてきたので、仕方なしに立ち上がった。


「フー、しょうがないな。少しだけ散歩でもするか」


 オレは、アポロを連れて夜の町に繰り出した。エリンばあさんとフラニーの部屋の前を通る時、まるで修学旅行の女子高生の様な騒がしい声が聞こえてきた。オレはなぜか足音を忍ばせて、エレベーターに乗り込んだ。

 女性陣に変な誤解をされなければいいのだが。



 昼間はバザーをやっている噴水広場まで行くと、市場に住む若い男女達が輪を作り、テンション高く恋の駆け引きに興じていた。

 オレは微笑ましい思いで彼らを眺めながら、広場のすぐ近くにある草木が生い茂っている小さな公園に向かった。


 アポロの殺戮衝動を満たす為には、犠牲となる昆虫が必要だった。

 公園に足を踏み入れると、水を得た魚の様に、虫を得たアポロが嬉々として走り回り始めた。


 虫を得たアポロ。

 カゴを得たフラニー。

 戦う場所を得たエリンばあさん。

 エリンばあさんを得たレオン。


 ぼんやりと意味のない事を考えていると、公園の片隅のベンチに老人が座っている事に気が付いた。

 くたびれた魔法使い用のローブを着ているその老人は、ソーセージの様な物を齧りながら、酒の瓶を傾けていた。

 目の端の方でしばらく老人を観察していたが、我慢出来なくなったオレは老人のそばまで歩いて行き、話しかけた。


「こんばんは、夜はだいぶ冷え込むようになってきましたね」


 自分の小宇宙に旅行していた老人は、少しびっくりとしてオレを見上げた。


「そうでございますな、老骨には厳しい季節がまたやって来ます」


 老人はそう言ってから、自分の周りに小さな火の玉をいくつか発生させた。

 なんの詠唱も動作も無しに空中に生まれた火の玉の熱が、じんわりと肌に伝わってくる。


「お若い方、失礼ですがあなたは随分と変わり者のようですなあ」

「そ、そうですか」


 オレは髪型の事を言われたのかと思ったが、そうではなかった。


「儂はもう何十年もこのベンチで毎晩酒を飲んでおりますが、話しかけてきた人というのは数えるぐらいでしてな」

「お邪魔しちゃいましたか?」

「いえいえ、そうではございません。こんなみすぼらしい老人に構ってくれて感謝しているのです。……そうですな、お礼に面白い物をお見せしましょう」


 老人はそう言うとローブを開き、自分の痩せたお腹を露わにした。

 そこには、今生きているのが不思議なぐらいの物凄い古傷があり、傷の周りの肉が盛り上がっていた。


「それは……」

「ヒャッヒャッヒャッ、市場を守っている石像のことはご存知ですな? この傷は、儂が若い頃に石像と戦った時に負った傷でしてな。若いと言っても、あなたよりもひとまわりは歳を取っていましたが」

「あれと戦ったのですか?」

「……今思えば、自分の力に自惚れていたんでしょうなあ。市場の西の方に片腕が壊れた石像がありますが、そいつが儂にこの傷を刻んだ奴です。もしあなたが市場を略奪する気になったら、儂の言葉を思い出して下さい。奴らに唯一まともなダメージを与える方法は、銅で出来た武器で叩くという方法のみです。その事に偶然気が付くまで数百人が死にましたがなあ。ヒャッヒャッヒャッ、まさか神に近い存在と戦うというのに、銅の剣など持って行きますまい、ヒャッヒャッ」


 老人はそれだけ言い切るとグッタリと疲れ、再び自分の世界に浸り込んでしまった。

 オレは老人に軽く礼を言ってから、アポロのいる方に引き返していった。

 ふと気になって振り返ると、老人が懐から指揮棒の様な物を取り出して、遠い目でそれを見つめていた。





 次の日の朝。

 朝食を食べ終わって部屋でゴロゴロしていると、グラックスが訪ねてきた。

 ベンが以前にカルゴラシティーに行った時に連れていった住人を、旅の案内人として貸してくれると申し出てくれたので、その顔合わせだった。


 寝ぼけ眼のオレの前にやって来たのは、17、8歳ぐらいの穏やかそうな青年と、その青年の姉だという醒めた眼をした若い女だった。


「初めましてレオン様。グリィフィスタフェス・ウェシパシアン・グラックスと申します」

「……グランデュエリル・ピアニスアウグ・グラックスです」

「コラ、グランデュエリル、ちゃんと挨拶をしないか。レオン様は、ベン様の同格のご盟友であるのだぞ。失礼があっては私の首では済まない」


 グラックスが穏やかに妹を叱り付ける。


「いや、いいよいいよ。それにしても……何と言うか凄い名前だね」

「ええ、実はグラックス家は今は平民ですが、何代か前は神官系の貴族の家でして……ちなみに長男の私の名前は呪文の様に長いです」


 グラックスが苦笑いしながら言った。

 妹の方が観察する様にオレの事を真っ直ぐに見ており、弟の方は床を眺めながら優しそうな顔で笑っている。

 うむ、気に入ったぞ。


 オレのパーティーをグラックス兄弟に引き合わせ、一緒にお茶を飲んだ。


「それではレオン様、今日はこれで失礼致します」


 グラックスと妹達が帰り支度を始める。

 下まで送ろうとぞろぞろと付いていくと、グラックスがオレを押し止める。

 妹のグランデュエリルだけがお約束のやり取りに構わずに、さっさとエレベーターに向かって行く。

 妹の背中に背負われている細身の長剣を見たオレは、心臓がギクリと縮み上がった。


 その長剣は、向こうの世界でオレが露天商から買ったシルバーネックレスに瓜二つだったのだ。


「レオン殿、顔色が悪いですが、どうかなされましたか」

「いや、大丈夫だよエリンばあさん」


 オレはエリンばあさんの存在を確かめる様に、皺くちゃの手をぎゅっと握った。



 ……公園の魚肉おじいさんといい、今の剣といい。これじゃまるでオレが頭の中で作り出している妄想みたいじゃないか。いまさら妄想だったなんて、そんなよくある映画のオチみたいなことは、オレは絶対に許さんぞ。



 ユキに会いたい。

 早くユキに会って、相談をしなければ。

 大丈夫、ユキがいる限り、オレの存在はちゃんと証明されているんだ。






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