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グッド・タイムズ・バッド・タイムズ

「なあ、スナフキル、お前バカなのか? オレが他人にこんな事、言うなんて滅多にないぞ」

「……自分、なんかしちゃいましたか?」


 ボサボサの赤茶色の髪の毛を風に揺らし、銃剣付のライフルを持ったスナフキルがとぼけた声を出した。オレは死人を見る目でスナフキルの事を見た。死人が何を言おうと、もはや腹は立たない。


「収穫物の価値で敵の強さが決まるって、最初にちゃんと教えたよな」

「聞きましたよ?」

「じゃあなぜ……なぜ。お前、黄金の価値ぐらい知っているよな?」

「ええ、黄金の塊が一つあれば、まあまあのスナイパーライフルが一つ買えますよ?」

「そうか、良かったな。もっともお前にライフルは、もう必要なくなるだろうな」


 オレは空を見上げ目を閉じた。

 思い返せば、今日は朝から幸運が続きすぎていた。当然やってくるべき運の収束をもっと警戒するべきだったのだ。


 だが今さら後悔してももう遅い。

 なぜなら畑の向こう側には、すでに赤い猿が出現しているからだ。






「おはよう、カイン。朝飯だぞ」


 おそ松の側にあるカインの小屋に、ガロモロコシを山盛り持って行くと、すでに空になった器が2つ転がっていた。ウリ坊のカインの人気を取ろうと、みんなが競ってエサを与えているようだった。

 エリンばあさんは干し肉や生肉を与え、フラニーはキリキャベツやパイメロン等の野菜や果物をせっせと与えている。

 エサの食べ過ぎのせいなのか元々そうなのかは分からないが、カインは物凄いスピードで成長していた。もはやウリ坊などとは、とても呼べない。


「そろそろ小屋を作り直さないとな、パンパンだもんな」


 器を見ると、パイメロンの食べ残しがあった。

 ガロモロコシを持ったまま家に引き返そうとすると、カインが可愛らしく頭を擦りつけてくる。

 しゃがみ込んでガロモロコシを与えると、カインは夢中になってガツガツと食べ始めた。


「おおー、カインはガロモロコシが好きだったのか。いい子だぞ。オレも最初の一か月はガロモロコシばかり食べていたからな。よしよし、ゆっくり食え」


 業務日誌に、カインのエサを順番にあげるようにする事の提案を書き、ついでにカインがオレに甘えてきた事と、フラニーのパイメロンが残されていた事実も書き記して置いた。

 朝食を食べ終えたフラニーが渋い顔で業務日誌を読んでいたのを見て、オレはニヤニヤと笑う。



 午前中の農作業で狙ってもいなかったのに、いきなり魔法銀のインゴットが育ってしまった。

 プラチナ鉱石を期待して種と銀のインゴットを埋めていたのだが、それが魔法銀になってしまったのだ。侵入してきたシルバーゴーレムリーダーを撃破して、傷のないインゴットの収穫に成功した。

 今はプラチナ鉱石よりこちらの方がずっと嬉しい。




 午後にベンと待ち合わせをして、酒場の候補地の下見をしにいった。


「お、ここが第一候補なのか」

「ええ、そうですよ。何かあるのですか?」


 その1階建ての建物は、ガイドフ親方の鍛冶屋の3軒隣だった。

 ベンを連れて鍛冶屋に顔を出すと、ガイドフ親方がワザとらしくオレを邪険に扱った。

 いつものやり取りだったが、途中でベンの事に気付いた親方が少し顔を赤くして、ベンに頭を下げた。


 ベンに目で確認を取ってから、親方に酒場を始める事を話すと「ほう、それは楽しみだな、職人を連れて飲みに行かせてもらおう」と言ってくれた。

 大酒飲みで有名なドワーフ系のガイドフ親方達ならば、さぞかし売り上げに貢献してくれるだろう。

 今日はなんだか調子がいいな。



 その後、酒場の候補地の中に入った。

 1階建てではあるが、かなり広々としている。元は軽食屋だったので改装の費用も最小限に抑えられるとベンが説明をしてくれる。

 ガランとした店の中でオレとベンは、モンサン・カンパニーについて少し真面目な話をした。例え、一緒に店をやるという話がなかったとしても、オレは常にベンの味方をするという覚悟はとっくに決めていた。

 しかし市場で共同出資で店をやる以上、これからオレとベンは同じチームだと世間に見なされるはずだった。


「実は以前に、モンサン・カンパニーの当主であるモンサン博士に偶然お会いする機会がありました」


 ベンは真剣に語り出した。

 モンサン・カンパニーのボスと言われて、なんとなく葉巻を持ったやり手の商人を想像していたが、どうやらそうではないらしい。


「モンサン博士の研究と、難題に向き合う姿勢に私は感銘を受けました。あの方は本当に素晴らしい、世界の宝です。カンパニーの汚いとも言えるやり口は、研究一筋のモンサン博士に群がる経営者たちがしている事です。もちろん博士にも責任はありますが」


 なるほど。

 ベンは野心の強い男ではあるが、根は純粋な学者気質だとオレは思っている。

 ハービーに夢中になったのも、ハービーのフォレス麦に対する知識の深さに感銘を受けたのが、事の始まりだったのだ。それが世界でもトップクラスの知恵の持ち主ともなれば、ベンが心を掴まれてしまうのも無理はない。


 納得のいったオレは、それ以上質問をする事を止めた。

 帝国だろうとカンパニーだろうとどちらでもいい。

 オレは、一番苦しい時にそばにいてくれたベンの側につこう。




 話が一段落ついた頃に、丁度良く店の持ち主がやってきた。

 持ち主の男は、ガイドフ親方と同じ、人間とドワーフの中間の様ながっしりとした体をしていた。

 オレが挨拶をすると、店の持ち主は驚いた。


「あなたがレオンさんですか。カマキリを退治して坑道をお救いになったそうですね。実は、私もあの辺りの坑道の出身でしてね」


 話がとんとん拍子に進んだ。

 店の持ち主はオレを英雄扱いしており、ベンの要求をほとんど二つ返事で飲んでくれる。

 オレ達はその日のうちに契約を済ませ、店はオレとベンの物になった。


 ライバル店の偵察も兼ねてベンと一杯やった後、誘われるままにカジノに行った。

 苦い思い出のあるカジノであったが、今日のベンとオレは神様に愛されているらしく、勝ちに勝った。

 オレは丘の皆の分と、ユキとフクタチの分のお土産を買って家に帰った。



 家に帰るとユキとの約束の時間が近かった。

 時間ぴったりに水晶玉で登録を済ませ、ワクワクしながら待っているとすぐにメッセージが出た。


 ――――石版の契約者『スナフキル』に召喚されています。


 どうやら他の契約者に拾われてしまったようだ。

 ユキの持っているかなり貴重なアイテムを召喚の条件にしていたが、一応こういう事があるかもしれないとユキとは事前に話してあったので、心配させる事はないだろう。


 ……仕方ない、ひと稼ぎしてくるか、なんだか見覚えのある名前だが。


 視界を塞ぐ光が収まるのを待って、抱えていたアポロを地面に下ろした。

 召喚者の丘は酷く殺風景で、驚いたことに家がなかった。


「ペペ! ボクだよ、さあ、おいで」

「お、お前か! アポロ逃げろ」


 召喚者は前にオレの丘に侵入してきた事のある、赤茶色の髪の男だった。

 ボサボサの髪の下に見える顔は少年の様に若く見えるが、実際はオレと対して変わらない歳のはずだ。

 昔、飼っていたペペという猫とアポロが似ているらしく、しつこく会いたがっていたのだが、オレは完全に無視を決め込んでいた。

 スナフキルは走り回るアポロを5分ほど追い駆けていたが、あきらめてオレの方にやってきた。


「レオンさん、ペペを呼んでくださいよー。レオンさんが同じ時間に召喚待ちをしているのを何度か見かけて、苦労して指定アイテムを手に入れたんですよ」

「あれはぺぺじゃないアポロだ」

「それに何でボクの事を召喚してくれないんですか? 報酬なしでずっと待ってたのに……変な人にばかりどんどん召喚されて、いい様にこき使われましたよ?」

「そんなこと知るか」


 スナフキルはしょんぼりした様子で、丘を駆けまわるアポロを見ていた。

 丘の端っこに、薄汚れた三角テントが張ってある。


「なあ、まさかあそこのテントに住んでいるのか。家はどうしたんだ?」

「家? しばらく放置してたら腐って消えちゃいましたよ」


 家を腐らすとか、なんて非常識な奴なんだ。家が腐るなんて聞いたことがないぞ。

 こんな危ない奴とは、絶対に関わりたくない。


「それで何すりゃいいんだ、召喚された以上やる事はやるぞ、さっさと頼む」

「え? じゃあ、猫を抱かせてくださいよ」

「お前、本当にそんな事の為に、あんな貴重なアイテムを手に入れたのか?」


 スナフキルは嬉しそうな顔をしているが、その顔は痩せこけており体も傷だらけだった。

 銃剣の付いたライフルも損傷が激しく、修理が必要である。

 前にあった時に、略奪を止めたらアポロを抱かせてやると思いつきで言った事を思い出した。


「お前、略奪やめたのか?」

「止めましたよ。略奪というか、本業は殺し屋でしたけどね」

「……そうか」


 そっちの世界の事はよく知らないが、止めますと言って簡単に止められる様な仕事ではないだろう。

 あるいは止める為に、それなりの血を流したのかも知れない。


「畑を見ればなんとなく分かるが、農作業はしていないようだな」

「一回もした事ありませんね。今まで必要な物は全部、組織が用意してくれましたからね」

「……じゃあ、オレが農作業の基本を一から教えてやる。今日はそれで帰らせてもらうぞ」


 スナフキルを急きたてて、テントから種を持ってこさせた。

 略奪とはいえオレが止めさせた以上、ある程度の責任を感じたからだ。乗り気の薄かったスナフキルもガロモロコシが一斉に茎を伸ばす姿を見て、何か感じるものがあったようだ。

 徐々に意欲を出し始めたスナフキルに、農作業のイロハを教えていった。

 スナフキルは侵入してくる鼠や狂い蜂を、スナイパーライフルで瞬殺していく。はっきり言って敵に回したくない男である。


「なあ、そのライフルみたいなやつ、何を飛ばしてるんだ?」

「水ですね。それか水に毒を混ぜた毒弾です……ねえ、レオンのダンナ、やってみると農作業も面白いもんですね。ボクも種を埋めてみていいですか?」

「ああ、もちろん。さっきも言ったが埋める種の価値に気を付けてな」






 オレは空に向けていた顔を、しぶしぶ現実に戻した。

 スナフキルが黄金イモの種を埋め、ブラッドデビルモンキーに侵入されてしまったという現実に。


「ねえレオンのだんな、あいつなんだかやばそうですよね?」

「オレが時間を稼ぐから、生身のお前は家に逃げるんだ」

「家なんてありませんよ?」

「……ぐっ」


 どうする?

 いや、迷っている暇はない。

 オレは、近くにいたアポロを太腿に乗せてたっぷりと血を吸わせ、ブラッディーアローを発射させた。

 急接近していた赤猿とアポロが、飛行機がニアミスするような勢いですれ違う。


 オレの目の前で停止したブラッドデビルモンキーは、左腕が付け根から消し飛んでいた。


 畑の向こうにアポロが転がっているのがぼんやりと見える。力を使い果たしたアポロはもう戦えないし、足に深手を負ったオレも、もう満足には戦えない。


 ……二人で力を振り絞って、たった腕一本かよ。


 赤猿のほとんど目に見えぬ速さの攻撃を3回躱したが、次の一撃がオレの内臓に突き刺さった。

 瀕死のオレを跨ぎ越え、赤猿は次の獲物に向かっていく。

 赤猿はスナフキルの飛ばす毒弾をひょいひょいと躱し、一気に距離を詰めてしまった。


「スナフキル、時間を稼げ、もう少しでイモが育つ」


 スナフキルが銃剣で必死に格闘をしているが、まるで勝負にならない。

 黄金イモが育った瞬間に、ランドセルの投げ縄を茎に絡ませてイモを引き抜いた。

 オレは土の上に動かぬ体を横たえたまま、引き寄せた黄金イモをブラッドデビルモンキーに向けて投げつけた。


 黄金イモがブラッドデビルモンキーの背中に当たるのと、スナフキルの首が撥ね飛ばされたのは同時だった。


 目の前が真っ暗になり、再び光を取り戻した時、オレは自分の家の石版の前にぼんやりと突っ立っていた。足元にいるアポロを抱え上げる。ユキに行けなくなってしまった事を詫びるメッセージを送ってから、オレは寝室のベッドに横になった。


 あいつはたぶん死んでしまったのだろう。


 子供の様な顔をしていたが、もしかしたら本当に子供だったのかもしれない。

 もしオレが、あいつが種を埋める所をちゃんと見ていたら、ああはならなかっただろう。

 一緒に農作業をしている時、スナフキルと気が合うと感じていた。

 もしかしたら仲間になるかもしれないとさえ思った。


 だがあいつはまだ仲間じゃなかった。


 オレはスナフキルが死んだ事を悲しむのでは無く、仲間がみんな生きている事を神に感謝した。


 あいつはまだ仲間じゃなかったのだ。








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