異次元パリィ
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いつものコンビニのレジに行くと、薬害集団訴訟に関するポスターと募金箱が置いてあった。
オレはお財布から一万円札を取り出して、募金箱に入れた。
「あら! あら、あら! そんな事されたらおばさん泣いちゃうわよ」
高額の募金を見て、レジに居た店長のおばさんが目を潤ませた。
空っぽになったお財布を尻ポケットに入れながら、オレは久しぶりに演技ではなしに笑った。
「いえいえ、精一杯の気持ちですから。どんな感じですか、状況は?」
「うん。それが思わぬ援軍が現われたのよ。テレビにも出てるような、百戦錬磨の弁護士さんが何人も参加を表明してくれたの。最強の弁護団で戦いを始められそうだわ」
「すごいじゃないですか」
「うん。彼女に今度会った時、あなたの気持ちも伝えさせてもらうわ。何度かあなたの事、聞いてきたのよあの娘」
オレは胸に温かい物を感じながらコンビニを出た。
しかし家に向かって歩いていると、徐々に押し潰されそうな不安感が押し寄せてくる。
精一杯というのは、本当の意味で精一杯だった。
――――――――――――――――
「ではこれより、オレの強化計画について会議を始めます」
「了解ですじゃ」
「はい」
「ニャー」
「……」
ソファーに全員が座り、ハービーが床に胡坐をかいて座った。
便利なフラニーが静かな風を発生させてくれるので、家の中でも涼しかった。
「まず簡単に、今に到るまでの事を振り返ります。この丘には最初はアポロ次にエリンばあさんと、火力に特化した仲間が多かったので、オレは自然と敵を引きつける、受けというか壁役になってました――――」
「ニャーニャーニャー」
「……アポロが火力だけの猫じゃないのはちゃんと分かってるって、続けていいか?」
「ほっほっほ」
「壁役と言っても痛いのは嫌なので、軽量化による回避術とパリィを中心に磨いてきましたが、偶然に火炎の追加攻撃を体得した事で、爪と能力が少しちぐはぐになっている気がします」
「確かにそうですわね。せっかく強力な追加攻撃があるのに、爪は当てづらい武器ですし、爪パリィ成功後は急所を叩けるので火炎の追加はオーバーキルになってしまいます……レオンはよくやっていますけど」
フラニーがチクリと毒を吐いてくるが、無視してやる。打撃後、火炎直流しのロマンはフラニーにはわかるまい。
「ふむ。という訳で、爪を捨てる気はないがもう一つ武器を持とうかと思っている。具体的に言うとトムの道具屋に『竜牙の槍』という武器が売っているので、それを買うつもりだ。かなりお買い得の品だが、物が物だけに値段は高いのだが……買ってもいいかな?」
皆の顔色を窺う。
エリンばあさんは全面的にオレに賛成といった感じでニコニコしており、フラニーは帳簿を開いて計算をしているようだ。ハービーは3分の1ミリほどの感情も見せていないし、アポロはすでに寝ている。
結局はフラニーの答え次第なので、それをじっと待つ。
「爪の経験値がもったいないという気が少ししますが、併用という事であればいいと思います。お金はすぐに回収出来るので問題ないです」
「そうか、ありがとう」
「防具の方はどうしますか?」
「うん。オレは今、装備している中古のハードレザーをしばらく使うし、フラニーには、フラニー用の特製ナッツかたびらを作っている。なので、ばあさんの防具を買おうと思っている」
「あたしは使い慣れた今の防具で大丈夫ですじゃ、弓の精度にも関わってきますゆえ」
エリンばあさんがそう言ったので、代わりに魔石のついたアクセサリーを買うという事になった。
「では、次にオレ自体のレベルアップについてだが、ゴブリンマラソンに変わる新しい狩場が欲しいのだが、市場などで情報収集しても中々見つからずに困っているんだ」
フラニーが細い手を挙げた。
「子連れイノシシを狩るというのはどうでしょうか。レオンの豚殺しが発動しますし、親イノシシをギリギリの所まで育ててから狩れば、大きな経験値を得られます」
「うん。実は子連れイノシシの事はオレも少し考えていたんだが、それをするには誰かに嫌な役目をお願いしなくてはならない」
「私とハービーでやりましょう。ウリ坊とはいえモンスターを殺すことに躊躇いはありません」
フラニーが名乗り出てくれたので、早速今日から始める事になった。
次にエリンばあさんが、皺くちゃの愛おしい手を挙げた。
「レオン殿のゴブリンマラソンの様子は何度かお聞きしましたが、条件を付けてやってみるというのはどうですかな」
「条件?」
「ええ。ただ狩っていくのではなくて、例えば時間を計ってみたり、重りを背負ってみたりと負荷をかけますのじゃ。新しい場所が見つかるまでの、つなぎにはなりましょう」
「タイムアタックという事か! おもしろそうだな。ありがとう、さすがエリンばあさんだ」
計画を練るという段階が一番楽しいので、オレはワクワクしながらみんなと話し合った。
武器の変更による役割の調整や新戦術をあれこれ出し合っていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。
トムの道具屋で値切りに値切って購入した『竜牙の槍』は、すでにオレの背中に装備されていた。
長さ3メートルのブルーの柄に、光り輝く穂先がついている。もし穂先の上に無造作に親指を乗せたとしたら、二度とライターに火を付ける事は出来ないだろう。
オレはアポロを連れて、意気揚々とドライフォレスト・城外にワープした。
すっかり親しみ深くなったフォレス麦に挟まれて、あぜ道を歩き出す。
初めてここに来た時の緊張感を思い出しながら、鋼の爪をカチカチと打ち鳴らした。
あの頃は鋼の剣の呪縛から逃れて、鉄の爪に装備を変えたばかりだったのだ。
フラニーとライルさんに出会った場所を通り過ぎる。
また、この道で新しい武器を自分の体に馴染ませていくのだ。
何か新しい事を始めるには丁度良い、雲一つない快晴である。
剣を持ったゴブリン警備兵が襲い掛かってきた。
オレはほとんど無意識レベルで爪パリィを決めて、ゴブリンを転倒させた。
フラニーの言う通り少しもったいないが、爪を装備する機会はしばらくの間は激減するだろう。
オレはゴブリンを消滅させてから、鋼の爪を外しにかかる。
すると、見慣れないメッセージが出た。
――――1万回目のパリィに成功しました。これにより武器固有スキル『異次元パリィ』を獲得しました。ジャストタイミングのパリィ時に魔力を消費することで、敵の体全部、または一部を、異次元に飛ばします。また、このスキルの熟練者になればスキル『召喚パリィ』獲得への道が開けます。
前を歩いていたアポロが、茫然と立ちつくすオレを見て引き返してきた。
早く行こうよとばかりにズボンの裾を咥え、クイクイと引っ張る。
「アポロ、どうもスキルを覚えたらしいんだ。うーん、とにかく試してみるか」
畑から飛び出してきたゴブリン警備兵の曲刀に、きっちりと通常パリィを決め、言われた通りに魔力を込めてみた。
ゴブリン警備兵はバランスを崩し、尻餅をつきかけた。しかしお尻が地面に落ちる前に、黒と紫が混じりあったオーロラのような物が出現した。オーロラは空間を歪ませながらカーテン状になり、ゴブリンの体を優しく包み込んだ。そして手品の様にゴブリンごと消えてなくなった。
「おっ! あらら、攻撃してないのに、パリィだけで消えちゃったよ、アポロも見たよな?」
ゴブリンが転倒するはずだった地面の辺りを、靴で擦ってみるがやはり何もいない。
非常に気持ちのいいスキルではあったが、いつものように経験値やマナが体に流れ込んでくる感じが全然して来ない。
もしかして、ニフ〇ムのような技なのかもしれない。
もう一度試す為にあぜ道を歩き始めた。
強いと言えば強いが、経験値が入らないというのはかなり微妙でもある。
体全部又は一部と言っていたな。
体全部を異次元に飛ばしてはダメなのだろうか。
「ん? アポロどうした?」
アポロが振り返り、向こうの空を見上げていた。
目の上に手をかざして空を見上げると、ビルの10階ぐらいの高さの場所に先ほどの闇のカーテンが出現していた。
闇のカーテンはユラユラと歪んだ後に、ゴブリン警備兵をペッと吐き出した。
憐れなゴブリン警備兵がバタバタと手足を動かしながら、空を落下していく。
やがてゴブリン警備兵は、パーンという大きな音を立てて地面に着弾した。
あぜ道を走って戻ると、バラバラのグシャグシャになったゴブリン警備兵が消滅する所だった。
経験値とマナが体に流れ込んでくる。
「アポロ、す、っすごいぞこれは、強い、間違いなく当たりのスキルだ」
言葉が通じたのか、アポロが祝福するようにオレの体を駆け登ってきた。
「ずっとアポロと続けていたゴブリンマラソンがついに報われたよ、アポロ、ありがとう」
オレはあぜ道を走り、次のゴブリン自殺志願兵を探した。
剣と槍をそれぞれ持った、2匹のゴブリン志願兵がやってきた。
一匹目のゴブリンの剣撃に通常パリィを決め、通常パリィを決めた左手をそのまま返して、卑怯にも距離を取って槍を突いてきた2匹目に爪パリィを決めた。
カンッ、キンッと小気味の良い音が鳴り、2匹のゴブリンが転倒する。
まるで地面に吸い込まれる様に、ゴブリンの体がカーテンに消されてしまう。
注意深く空を見上げていると、今度は真横の畑の上の高空に闇のカーテンが2枚出現した。
空を落下する2匹のゴブリンはしばらくもがいていたが、やがて諦めたのか手を固く握りあって一緒に地面に墜落した。
「……別に酷い事してないよな? 先に攻撃してきたのあっちだしさ」
何にせよチェックしなければ気が済まないアポロが、フォレス麦をかき分けて死体を確認しに行った。
戻ってきたアポロはいつもと同じ顔をしていたので、問題ないという事だろう。
オレはあぜ道に血しぶきの花を咲かせながら、進んで行った。
タイミングや魔力の量を調節しつつ、ゴブリン達を青空に打ち上げていく。
体の全部ではなくて一部分を異次元に飛ばそうと挑戦してみたが、オレのやり方が悪いのか、それともゴブリンの強さなどに関係しているのか、一度も成功しなかった。
調子に乗って異次元パリィを連続で使用していると、強烈な吐き気が込み上げてきた。
初めて経験する魔力の使い過ぎというやつだろう。以前に魔力を出し切った事はあるが、その時はダメージを受けすぎていて訳が分からない状態だった。
立っていられなくなったオレは、酔っぱらいの様に地面に突っ伏す。
フラニーが青い顔をしている所を何度か見た事があるが、こんな思いをさせていたとは。
……二日酔いの5倍ぐらいの辛さはあるんじゃないか、これは。マジックパセリの重要性がどんどん高まってきているな。
アポロに守ってもらいそのまま30分ほど休んでから、オレは家に帰った。
家に帰ってすぐに、監視塔の梯子を上った。
高度が高くなるにつれて風が強くなり、夏の粘ついた大気を吹き飛ばしてくれる。
上に昇ったオレは、エリンばあさんにスキルを覚えた事を報告した。
魔力切れの不快感を言い訳にして、ばあさんの膝の上に頭を乗せる。
寝転がったまま、新しい玩具を貰った子供の様に異次元パリィの凄さをあれこれと話した。
エリンばあさんは、オレの要領を得ない説明に辛抱強く耳を傾けてくれ、うんうんと頷いてくれる。
「あーあー、あと一日早ければなあ、竜牙の槍をどうしようかな。一時間もかけて値切ったから、さすがに返品は出来ないし、召喚パリィという上位スキルがある以上、爪を使いたいしなー」
「武器の予備があるというのは戦場では必要な事ですじゃよ。みんなで少しづつ練習をしておきましょう。あたしも若い頃に少しは槍を握った事がありますゆえ、無駄にはなりますまい」
「そうだよね! エリンばあさんは、なんだかんだで全武器が扱えるから、すごいよな……でもフラニーがなんて言うのか、怖いな」
「あたしの方から言ってみましょうか?」
「ありがとう、でも勇気を出して自分で言ってくるよ」
抜け目なくばあさんの支持を確保したオレは、梯子を下りた。
「絶対に返品してください」
フラニーが水色の目を吊り上げた。
「いや、トムに返品とは言いにくいよ、友達だしさ」
「関係ありません。使わない物を抱える余裕などうちにはありません。9割で構わないので返品を」
「いや、使わないとは言ってないだろ、メインは爪になるというだけでさ」
「はっきり言いますが、もう槍を使う気はないのでしょう?」
「ぐっ……」
完全にバレバレだった。
オレは頭を擦り、魔力切れで立っているのが辛いという演技をした。
「どうしました?」
「いや、魔力切れと言うのを初めて味わってな、フラニー、すまん。いつもフラニーにこんな思いをさせていたとは、知らなかったよ」
「……いえ、私は赤ん坊の頃から馴れているので、そこまでは辛くありませんわ。初めてならばお辛いでしょうね」
オレは無理に笑顔を作っているという感じを出した。
「魔力が切れると、必ずこういう状態になるのかな?」
「はい、なります。それと、一気に大量の魔力を使ってしまうと、魔力がまだ残っていてもなってしまいます。あと知っておいてほしいのは、魔力が枯渇した状態になっても使おうと思えばまだまだ魔法を撃ててしまうのです。それをやってしまうとその後数日間……死よりも辛い思いを味わいます」
フラニーが辛い記憶を思い出したのか、青い顔になった。
「限界はちゃんと把握しなければダメという事か」
「はい。国によって呼び名が違いますが『魔力酔い』と私の国では呼んでいます。よく言われるのは、お酒の飲み方が上手い魔法使いは、魔力管理も優れているという話です。私にはまだ、意味が分からないのですが」
「なるほど、オレには物凄くわかりやすい話だな」
チョビチョビ飲めばたくさん飲めるし二日酔いも楽である。一気飲みをしたり、限界を超えて飲むと次の日は、いっそ死んでしまいたくなる。
酒と聞いてダーマのおっさんの顔を思い出した。
ダーマのおっさんは魔法銀の鎧を着ていたから、おそらく魔法使いか魔法剣士のはずだ。
おっさんのだらしない酒の飲み方から想像するに、魔力管理は下手糞なのだろう。
あるいは管理する必要がないほど底無しなのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。オレはちょっと昼寝をして魔力を回復させてくる。起きたらイノシシ狩りを始めるから、頼むなフラニー」
「はい、わかりました。レオンが寝てる間に、今日の洗濯は私が済ませておきますわ」
「ありがとう。それとハービーに竜牙の槍を持たせてみてくれ。適正があったら、ハービーに使ってもらおう、じゃあ、お休み」
フラニーがなんの話をしていたのか思い出した時には、オレはすでに家の中に逃げ込んでいた。
数時間眠り、夕方に目を覚ました。
ベッドの横の棚に置いてある鋼の爪を見て、自分がスキルを覚えたという事を思い出した。
まだ夢をみているんじゃないかと錯覚する、不思議な感じがした。
こんなに素晴らしい目覚めは子供の頃のクリスマスの朝以来だった。
……いや、エリンばあさんと出会った朝もこんな感じだったな。
オレは寝転がったまま、パリィの練習をした。
でかいイノシシや、小生意気なカカシ達を空に飛ばす場面を想像する。
鋼の爪を装備して、元気いっぱいで外に出た。
フラニーの姿を探したが見当たらない。
家の裏手にある物干し場を覗いて見るが、フラニーはいなかった。
夏の熱風に吹かれた洗濯物が早くも乾いていたので、オレは取り込み始めた。
真っ白なシーツを引っ張った時に、そういえばフラニーに物干し竿をもう一本、工作台で作って欲しいと頼まれていた事を思い出した。
長さを揃える為の見本にする竿を、一本だけ取り外した。
しかし、よく見るとそれは物干し竿ではなくて、竜牙の槍であった。
これはあてつけなのだろうか?
ハービーには適正がなかったという報告なのだろうか?
やっぱり、あてつけなのだろうか?
大慌てで監視塔を駆け登ると、エリンばあさんとフラニーが楽しそうにカードゲームで遊んでいた。
……怒って実家に帰ったのではなくて、本当に良かった。これからは気を付けねばな。
エリンばあさんが、最強トラップ『ゾンビドラゴン』をトラップゾーンに伏せようとしていた。




