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雨の中の激闘

「それにしても、毎日毎日、よく雨が降るよな」

「……レオン殿の番ですじゃよ」


 オレの丘は、梅雨の影響をもろに受けていた。

 雨の日は、エースのアポロが戦場に出れないし、栽培もいつもより気を使うので、収穫高が半減してしまう。効率の上がらない農作業を早々に切り上げて、工作台に向かっていたのだが、いい加減それもあきてしまった。ここのところベンのプレゼント用に防具をずっと作っていたが、それもすでに完成していて、後は実験をするだけだった。

 やる事がなくなったオレは気晴らしに、市場で買ってきたカードゲームにみんなを誘ってみた。


 手札を見て少し迷ってから、オレはイフリートのカードを場に出した。


「レオン殿、それですじゃ」

「ぐっ……」


 チップ代わりに使っている、リング状のダイヤモンドナッツをエリンばあさんに支払った。


「そういえばさ、フラニー、一応、聞いておくけどハービーの性別ってどっちなんだ?」

「……ハービーのような農業用ゴブリンは女王から生まれてくるのです。正確に言うと、培養するのですが」

「ふーん、ゴブリンの女王かあ」

「ええ。ハービーに性別はありません、器官自体が退化しているのです。どちらかといえばオスにちかいですが……あっ、それです」


 フラニーは、オレの出したポセイドンのカードを指差した。


「フッ、甘いなフラ二ー」


 オレは自陣にあったトラップカードをめくった。水魔法により洪水が発生する。

 フラニーは悔しそうに顔を歪めてから、自分のトラップカードをフワリとめくった。


「トラップカード、木の妖精トレントです。水魔法を打ち消すので、わたしの勝ちですわ」

「ぐっ……」


 オレがオケラになったので、ゲームはお開きになった。

 フラニーとばあさんがダイヤモンドナッツの小山を崩し、数を比べている。


「ちょっと道具屋に行ってくる。梅雨になったら新しい商品が入ると言ってたから、何か買うかもしれん」


 ばあさんとフラニーは、ゲームの決勝戦をやり始めていた。

 ばあさんがトラップカードを自陣に置こうとしていたので、後ろからチラリと覗いた。

 最強トラップ、ゾンビドラゴンを伏せたエリンばあさんの目がギラリと光った。




 「おう、きたか、待ってたぜ」


 トムは葉巻を吹かしながら、木彫りのカウンターの後ろに立っていた。

 よほどいい商品が入荷したのか、すこぶる機嫌がいい。

 オレはじっくりと商品を見ていった。


 最初に手に取ったのは、赤い鱗で表面が覆われているベルトのようなものだった。

 長さ一メートル半、幅十センチほどの平べったい革紐であり、革紐の真ん中の一部分だけが幅が広くなり、窪んでいる。


「いいのに目を付けたな、それはドラゴンの革と鱗で作られている『投弾帯』だ。二つ折りにしてから、真ん中の窪んだ部分に石や鉄球を入れて――――こうやって投げるんだ」


 トムはソフトボールのピッチャーのように、腕をクルリと回して見せた。


「良さそうだな」

「ああ、球の質にもよるが、手で投げるより距離も威力も倍増するだろう。それだけじゃなくて、防具にもなるし、緊急時には鞭のように使う事もできるすぐれものだ」


 オレは、試しに投弾帯を肩からタスキの様にかけてみた。

 マシンガンの弾帯を身に着けたラン〇ーか、あるいはチャンピオンベルトを肩に引っかけたような姿になった。ビール瓶のフタぐらいの大きさの真紅の鱗たちが、オレの心臓をシッカリと守っている。


「これはかっこいいな、貰って行こう。少し値段が安いように感じるがいいのかい?」

「ああ、ここだけの話だが、タダ同然で素材を仕入れる事が出来てなあ、その値段でもぼろ儲けなんだ。ちょっとサイズがデカいし、重いが大丈夫か?」


 オレはマナを支払って、真っ赤な投弾帯を購入した。

 物色を続け、神々しい光を放つ一本の槍を手に取った。


「これもすごいな、値段も安いし、爪から転向したくなるほどの一品に思える」

「はっはっはっ、そうだろう? それはドラゴンの牙を穂先に使っているから硬い敵でも簡単に貫くぞ」


 オレは、心に何か引っかかるものがあった。

 トムの道具屋に新入荷しているアイテムは、ドラゴンの素材を使っている物が多く、赤い鱗が店のあちこちに見えた。


 オレはドアの方をチラリと盗み見た。

 あのドアの向こうに居たドラゴンも、真っ赤な鱗をしていた。


「なあ……トムさん……まさか…………いや、何でもない」

「ん? ローンの相談かい? まあ、あんたなら少しぐらいならいいぞ」


 オレは踏み込んではいけない領域の存在を敏感に感じ取り、話題を変えた。


「その種も初めて見る物だな」


 小さな透明ケースに、一粒だけ入っている種を指差した。


「これは『ストーム・ロータス』の種だが、あんたには無用の物だろうな」

「ロータスって確か、水中で育つ蓮だったけ?」

「ああ、そうだ。ストームロータスの実を食べると、天候操作のスキルを覚えられるのだが、条件があってな。水か風の魔法の才能が、かなりある者でなければ、お腹いっぱいになるだけでスキルは覚えられないんだ」


 オレは、ニヤリと笑った。


「ストームロータスの種を貰っていこう」

「……そうか……だが気をつけろよ、間違いなくボス級の奴が侵入してくるぞ」

「ああ、栽培するのは少し先の事になるだろうな」


 オレはトムと握手をして、家に帰った。




「やりましょう……いえ、やらせてください、お願いです」


 金髪ショートヘアーのフラニーが、思いの籠った声で言った。


 トムの店から帰ってきたオレは、竜革の投弾帯をハービーにあげた。

 オレが使うには少し重かったし、ハービーもいつまでも拳だけという訳にもいかないからだ。

 相変わらず雨が降り続いていたので、ハービーを家に入れた。

 そして、みんなでワイワイと真紅の投弾帯を交代で装備してみたり、振り回してみたりした。


 アポロが投弾帯を気に入ったらしく自分が貰うと主張したが、最高級の爪とぎになるだけなので、もちろん却下した。

 オレは隙を見てストームロータスの種をアイテムボックスに、こっそりと入れたが、30分後にフラニーにばれてしまった。考えてみればフラニーが帳簿の管理をしているので、ばれるのは当たり前だった。

 相変わらずオレは……


「これはフラ二ーのために買った物だが、すぐに栽培するつもりはないんだ……ばあさんはどう思う?」

「今のあたし達ならば栽培できると思いますが、相手がわかりませぬので……」

「うん。やはりまだダメだな、この天気じゃアポロも出陣できないしな」


 そう言って窓を見ると、タイミング悪く雨が止んでいた。

 フラニーが水色の目で訴えかけるように、オレを見てきた。


「私が天候操作のスキルを覚えれば、梅雨が終わるのを待たなくてよいのです。それにレオンが言っていましたよね……曇りの日がオレ達の日だって。私が毎日、曇りにしてみせますわ」


 最近フラニーは、様付を止めてレオンと呼ぶようになっていた。

 オレは腕組みをして考え込む。

 普段、冷静なフラニーがなぜここまでこだわるのか、いまいち分からないのだ。

 オレが何も言わないでいると、フラニーがポツポツと話し出した。


「……私は、みんなと一緒に戦ってはいないのです。一人、安全で薄暗いカゴの中に隠れて……ハービーがいなければ私は戦場に立つことすら出来ない、ひ弱な体です」


 子供なんだから当たり前じゃないかとは、オレ達の誰も思わなかった。


「フラニー殿、それは違うのでは? あたしにとっての監視塔がフラニー殿のカゴやハービーの背中なのでは?」


 エリンばあさんが優しく言う。


「エリンおばあ様ほどの強さがあれば、私もそう思えるかもしれませんが……今はとてもそうは思えません、私は強くなりたいのです。そして役に立ちたいのです」

「……わかった、やろう」


 オレがそう言うとエリンばあさんが頷き、フラニーが小さな歯を食いしばった。

 思えばフラニーは、苦いマジックパセリを一度として残したことがなかった。

 一度だけ食べて、二度と食べなかったオレとはデキが違うのだ。


 オレは、全員撤退の合図である花火の筒が、しけっていない事を確認してから外に出た。 




 畑にストームロータスの種を埋めてからしばらくすると、再び雨が降り始めた。

 畑を駆けまわっていたアポロを捕まえて、ランドセルに入れた。

 しかし雨はどんどん強くなっていく。

 オレ達は目線を合わせて確認し合った。


 ……これは普通の雨じゃない


 走って家に入り、ランドセルからアポロを出して床に降ろした。


「なにがあっても絶対に家から出るな、これは命令だぞ……そんな目で見るなよ。この戦いが終われば、お前だけ自宅警備ってことはもうなくなるはずだ」


 アポロを残して外に出ると、脛のあたりまで畑が水に浸かっていた。

 城門を開いたが、なぜだか水が流れていかない。

 横殴りの風とツブテのような雨粒が、オレ達の体を叩く。

 ストームロータスの種の前にオレとハービーが並び、監視塔の上にエリンばあさんがいる。


「フッ、ハービー、似合ってるじゃないか投弾帯、間違ってオレのアフロにぶつけるなよ」


 戦いの前のいつもの軽口だった。メッセージが出る。


 ――――リバイアサン・ベイビーに侵入されました。


 丘の真上にブラックホールが出現し、畑にモンスターがスルリと落ちた。

 体長10メートルほどの蛇のようなドラゴンだった。水龍というべきか。

 水色のしなやか胴体に、ドラゴンを思わせる頭が乗っかっている。

 リバイアサンベイビーは上半身を高く持ち上げて、咆哮をあげた。


 すでに膝下まで達している水がビリビリと震え、オレの体を竦ませる。

 リバイアサンベイビーの頭には、角なのかヒゲなのか、それとも進化したエラ骨なのかはわからないが、敵を殺すのに十分な長さの尖ったものが数本あった。


 リバイアサンの出現と共にさらに雨が激しくなっていた。

 敵は咆哮を止めると、持ち上げた体をクネクネとさせながらオレ達を観察している。

 ハービーが投弾帯を肩から外し、腰に付けている皮のポーチから野球ボールぐらいの石を取り出した。

 投弾帯を持った両手を高く上げ、ピタリと制止する。

 そして、腕をクルリと回し真赤な投弾帯を下手から振り上げた。


 発射された石弾が、リバイアサンの横1メートルを通り過ぎた。

 石弾はそのまま物凄い速さで飛び続け、城壁にドカンとめり込んだ。

 オレはチラリとハービーを見たが、ハービーは無表情のまま二投目を発射する。

 リバイアサンベイビーの角の一本に命中し、簡単にへし折った。

 凄まじい威力だった。


 角を折られたリバイアサンは悲鳴をあげたが、わずかに身を低くしただけで何もして来ない。

 それを見たオレは、水に足を取られながら駆け出した。

 水量が多くなればなるほど、あいつが有利になってしまう。


 オレの動きに呼応して、ばあさんとハービーが一斉に攻撃をしかける。

 リバイアサンは丸太のような胴体をクネクネと揺らし、クリーンヒットを避けている。

 接近したオレはタイミングを見計らい、鋼の爪をリバイアサンに突き立てた。

 そのままジャンプして、リバイアサンの首に抱きつく。

 鋼の爪から炎を流し込み、爪をえぐり込んでいく。


 首に重りのついたリバイアサンベイビーは、回避行動がとれなくなり、石弾や矢をばしばし食らい始めた。リバイアサンは狂ったように頭を振り回す。

 しがみついている腕の力が、限界に近づいていた。


 ……3、2、1


 オレは、リバイアサンの体を蹴りつけて、スタントマンのように宙に飛んだ。 

 エリンばあさんの撃った矢が、リバイアサンの頭に突き刺さった。

 そして、今までで一番太い落雷が直撃した。


 水をたっぷり飲まされた後に立ち上がると、リバイアサンベイビーの姿はあとかたもなく消えていた。

 水嵩は、いつの間にか太腿を隠すほどに増えている。


 ……押し切ったか、リバイアサンといっても、所詮はベイビーか?


 ふくらはぎに激痛を感じ、オレは水中に引き摺りこまれた。 

 プールに潜った時のように音が消え、鼻に水が逆流してくる。

 足を食いちぎられないように、両手の鋼の爪をリバイアサンの牙の間に、なんとか捻じ込んだ。


 水を得たリバイアサンベイビーは、水中をかなりのスピードで泳ぎ、しばらくオレの体を引きまわした。


 水の中で目を凝らすと、向こうの方におそ松の不満そうな顔が見えた。

 という事はすでに2メートル以上、水があるという事だ。

 リバイアサンベイビーの体から大量の魔力が流れ出ている。

 そして、おそ松の顔がグングンとオレに迫ってくる。


「おそ松! 避けてくれ」


 オレの体が石壁に叩き付けられた。

 肺に残っていた酸素がゴボリと水中に吐き出され、オレの意識が遠のき始めた。


 ……やばい、死ぬぞ。


 オレが水中に引き込まれてから、数分が経っているはずだ。

 エリンばあさんとハービーには、オレはどう見えているんだろう。

 ばあさんはさっきの落雷攻撃で、魔力も力も使い果たしているはずだ。

 目の端に映る、リバイアサンのボロボロの姿が落雷の威力を物語っている。

 ハービーはおそらく城壁の上にあがり、水中を引き回されているオレを見ているはずだ。


 しかし、ハービーには助けようがないだろう。

 水の中にいるリバイアサンをとらえることは、無理だ。

 堤防のようになっている城壁を壊しても、魔法の力で水は出ていかないだろう。


 もし城壁の上にいるのがオレだったら、どうするだろうか?

 投げ縄で水中のリバイアサンを狙ってみるか?

 いや、それは不可能だな、たぶんやけくそになって水中に飛び込んでしまうだろうな。


 ……ハービー、くるなよ、オレは簡単には死ねないから、大丈夫だ。


 口から片方の手を抜き、リバイアサンの頭をポコポコと殴りつけた。

 リバイアサンベイビーは、さらに加速しているようだった。

 しかし、加速しながら同じ所をグルグルと回っている。

 なんだ?


 目を見開くと、大きな渦潮が発生していた。

 リバイアサンが体のコントロールを失い、もがいている。

 オレの顔が一瞬だけ水中に飛び出し、またすぐに潜った。

 リバイアサンに噛みつかれたままグルグルと回り続ける。


 一呼吸できたおかげで意識がはっきりし始めた。

 無駄な酸素を使わないようにジッと我慢していると、オレの体半分が再び浮かび上がった。

 ゼエゼエと息をしながら、状況を確認する。


 ずぶ濡れになったフラニーが、城壁の上で華奢な体を晒していた。

 フラニーの両手から、魔力で作られた風が発生している。

 その風は大きな竜巻となり、水をかき混ぜ、渦潮を作っていた。


 水面を浮き沈みしながらハービーを探すと、家畜小屋の上に居て、屋根をガンガンと叩いていた。

 フラニーが暴風雨の中で、声を張り上げた。


「我は、崇高なる知識を武器に暗闇を進む者、フラニー、リバイアサンベイビーよ、覚悟するがいい、ハービー! 今です!」


 ハービーは家畜小屋の上から、隣の穀物庫に飛び移っていた。

 そして、投弾帯を使って石弾を家畜小屋の屋根に撃ち込んだ。

 家畜小屋が半壊していき、木材が渦潮に吸い込まれていく。


 荒ぶる渦潮に流れ込んだ木材がぶつかり合いながら、加速していく。

 フラ二ーが風の力を強め、渦潮の流れを調整していく。

 木材の一本が、鐘突き棒のようにリバイアサンベイビーの体に直撃した。

 オレは緩んだ牙の間から足を引き抜き、自由になった。


 その時、リバイアサンベイビーが口をプクッと膨らませた。


「フラニー! 避けろ!」


 リバイアサンベイビーが、糸のように細い高水圧のレーザーを横一線に薙ぎ払うのと、エリンばあさんの狙い澄ました矢が眼球に突き刺さったのは同時だった。


 フラニーが腰の辺りを押さえて、バッタリと倒れた。

 リバイアサンベイビーの後頭部に木材が直撃し、嫌な音が響いた。


 ――――リバイアサン・ベイビーを撃退しました。


 オレは退いていく水をかき分けて、城壁まで泳ぎ着いた。

 フラニーに駆け寄り、顔を覗き込む。


 フラニーはおでこに水を滴らせながら、ニッコリと笑った。

 そして、腰についているポケットをごそごそと探りだした。腰には血が滲んでいる。


「レオンの作っていた新しい防具ですが、予定していた実験をする必要がなくなりましたわ」


 ポケットから出したフラニーの手の平の上には、ダイヤモンドナッツの小山があった。

 ダイヤモンドナッツのいくつかに、削り取られたような線が走っている。

 フラニーは満足そうに笑ってから、気を失った。


 雨が上がっていた。

 畑の方を見るとすっかり水がなくなり、白い蓮の花が、オレ達の勝利を称えるかの様に咲いていた。






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