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上位互換

 オレは監視塔の下で、伝声管に口を当てていた。


「もしもーし、聞こえますかー」

「ほっほっほ、聞こえますよ」


 監視塔の上にいるエリンばあさんの声が聞こえる。

 ちょっと間を置いて、アポロの大きな鳴き声が聞こえた。

 耳がツーンとなったオレは、下に降りて来てほしいと伝えた。


 工事のついでに監視塔を強化していた。木の柱に鉄の板が張り付けられ、伝声管と半分は人力の昇降機が備え付けられていた。

 見上げると、剥き出しのぶ厚い板がゆっくりと下降している。

 上にあげる時は、オレが縄を引っ張る必要があった。板に埋め込まれた魔石の補助があるとはいえ、なかなかの大仕事になるはずだった。


 オレは横にいるハーベストゴブリンをチラリと見た。

 ヘビー級のボクサーよりさらにデカい体、グリーンの肌に顔の黒い痣。相変わらず、無感情に前を見ている。

 その横にはフランチェスカがいた。

 興味深そうに丘を見回している。少年の様に短い金髪の上に、頭巾風のニット帽を被っている。痩せた体は、風に吹き飛ばされそうである。


 昇降機の板が地面に着地した。

 ばあさんが地面に降り、アポロは「もう一回!」という顔でオレを見ている。


「えー、こちらが元弓隊長のエリンばあさん、フラニーは知ってると思うが、そっちの白黒の猫がフレイムキャットのアポロだ」


 皆を引き合わせる。


「……はじめまして、レオン様の丘で働くことになりました。フランチェスカと言います」


 フラニーが頭を下げる。


「ばあさん、今の聞いた?レオン様だってよ、ハッハッハ」

「ほっほっほ」


 オレはフラニーに向き直った。


「フラニー、別に様なんて付けなくてもいいぞ。ただもう少し大きな声で喋ってくれた方が、ありがたいかもな。それで、そっちのハーベストゴブリンの名は?」


 フラニーは少し声を大きくした。


「ゴブリンにわざわざ名前など付けませんが……区別する必要がある時はハーヴかハービーと呼んでいました」

「ふーん、そんなもんか、じゃあとりあえずハービーでいいかな? よろしくなハービー」


 ハービーの肩を、手の平でポンポンと叩いた。

 ハービーの肌はまるで鎧のように固い。


「今日はバタバタしていたからフラニーも疲れたろう。部屋に案内するから今日は休むといい。丘の案内は明日な」


 オレはハービーを見上げた。


「うーん、家の玄関は通れるだろうけど、部屋のドアは厳しいだろうな。ハービーはあっちのかっ、別棟の方でいいか?」


 ハービーを家畜小屋に案内する。フラニーもキョロキョロしながらついてくる。

 家畜小屋のいくつかある区画の中で、一番大きなスペースをハービーに割り当てた。


 ハービーは中に入り、藁の小山の上にドッカリと腰を下ろした。


「まだ新品だし、悪くないだろ? 背中の籠を貸してもらっていいか、少し改造するぞ」


 フラニーが小さく口笛を吹き、歯をカチカチと鳴らした。

 ハービーが背中の木網の籠を外し、オレに手渡した。


 その後、フラニーを2階の部屋に案内した。


「オレは下にいるから、何か欲しい物があったら言ってくれ」


 フラニーが荷物を解き始めたので、オレはドアを閉めた。





 次の日の朝、暖炉のあるリビングルームでフラニーが下りてくるのを待っていた。

 しばらくして下りてきたフラニーは、寝ぼけまなこなどとは程遠く、きっちりと身なりを整え、電車通学する小学生の様に緊張した顔をしていた。


「おはようフラニー、早速で悪いがこの中に入ってみてくれ」


 昨日のうちに改造しておいた、丸い籠を指差す。

 大きな木網の籠の内側に薄い鉄板を張り付け、さらにその内側に綿を詰めた布を張り巡らした。


 フラニーはソファの上に乗り、慎重に籠の中に足を降ろした。

 しばらく籠の中で立ったり座ったり、籠の上部にグルリと付けた手摺りに摑まったりしていた。


「どうだ?」

「……できれば、ふたが欲しいです」

「蓋かあ、確かにあった方が防御力は高いかもな」


 フラニーを持ち上げてソファーにおろし、籠を工作台に持って行った。

 少し考えた後、戦車の出入り口のような鉄の蓋を付けた。つっかえ棒を立てれば、蓋が開いたまま固定できるように、一工夫する。


 再びソファーまで籠を持っていき、フラニーに入ってもらう。


「どうだフラニー?」


 蓋を閉めたフラニーに入り心地を訊ねる。


「……」

「フラニー?」

「……」

「フランチェスカさーん」


 蓋を開けようと手を伸ばしたが、がっちりと閉まっている。

 オレはしばらく待っていた。だんだん心配になり始めた頃に、鉄の蓋がガシャリと開いた。


「……失礼しました。これならば、非力な私でも戦いに参加できると思います」


 丘に来て初めて、フラニーが少しだけ笑った。

 目を覚ましたアポロが籠の匂いをクンクンと嗅ぎ、自分も中に入ろうとした。フラニーを籠から出して蓋を閉めた。



 ハービーに水と食べ物を与えた後、監視塔の上に登り、4人で朝食を食べた。

 食べ終わった後、少しかったるくなったオレはそのまま小一時間ほど、炬燵の横でゴロゴロして、ばあさんと雑談していた。

 一人、炬燵に入っていたアポロがフラフラと炬燵カバーから出てきて、もうダメーといった感じでバッタリと倒れた。


「かっかっかっ、だから言ったろ、もういらねーって」

「……あの……働かなくていいのでしょうか?」


 突然のフラニーの質問にオレはドキリとした。


「そ、そうだな、そろそろ始めるか。いや、実は軽く怪我をしててな。フラニーには悪いが、それが治るまではしばらくこんな感じなんだ。なっ、ばあさん」

「ええ。レオン殿は己の役割を、おろそかにするようなお方ではないので、心配はご無用ですよ。フランチェスカ殿」


 エリンばあさんが、にこやかにそう言う。


「……わかりました。フラニーとお呼びになってください」





 監視塔を降りたオレは、フラニーとハービーに丘を見せて回った。

 モスキート魔法陣や落とし穴群、砂鉄ゾーンなどの説明を簡単にしていく。


「あの不気味な壁はなんでしょうか?」


 フラニーが、おそ松たちを指差した。オレはバッフォローウォールの説明をした。


「わかりました。あの壁を攻撃している敵がいたら優先して倒すという事ですね。最悪の場合は敵に壊される前に、自分たちで止めを刺すと」

「うん、そうだ。ああ見えて奴らはタフな男たちだから、簡単にやられはしないが、万一の時は迷わず介錯してやってくれ」

「わかりました」


 フラニーは暑くなったのか、頭巾を外しポケットに入れた。そして耳にわずかにかかる金色の髪の毛を掻き揚げた。


 フラニーと横に並び、一緒に歩いていると、なんだか変な気分になってしまう。

 おそらく自分の子供を持つ事は、オレには一生、縁がないだろう。

 昔見た『レオン』という映画を思い出す。主人公の殺し屋はオッサンなので、当時オレが感情移入したのは殺し屋見習いの美少女の方だった。今もう一度見たら、確実にオッサンの方に感情移入するだろう。


 アフロヘアーをひと撫でしてから、オレは決心した。

 フラニーを導き、守ってやるのはオレなんだと。


「フラ二ー、お前の力を見る」


 フラ二ーは頷き、小さく口笛を吹いた。

 ハービーがひざまずき、手の平で足場を作る。フラニーは手の平と肩を、階段のように登り背中の籠に入った。


「この丘はすごいです。私の体に流れ込んでくる魔力が、溢れ出てしまいそうです」


 フラニーはそう言うと籠の蓋をパカンと閉めた。


 種をいくつか埋めた後、オレ達は城壁の外に移動する。

 オレとアポロは数メートル退いて、ハービーを見守る。


 食いしん坊ゴーレムが数体、湧いてきた。力を見るには丁度いい相手だろう。

 ゴーレム達はキョロキョロと首を振った後、鉱石目指してドスドスと走りだした。


 ハービーが3体のゴーレムに接近し、右拳を振りかぶる。

 攻撃モーションはゴブリン騎乗兵と同じようだった。あのパンチは威力はあるが、いかんせん遅い。

 はたしてゴーレムを捉えられるか。


 ハービーの遅いパンチが、途中で急加速した。

 ゴーレムの顔面に、強烈な一撃がヒットする。


 ハービーはマイクタイソンの様に、シフトウェイトしつつ距離を詰め、左ボディーを突き刺した。

 1体目のゴーレムが消滅する。

 ハービーはすぐに2体目のゴーレムに接近して、左右の連打を高速で繰り出す。


 良く見ると、ハービーの体の周りに風が発生していた。

 その風は、ハービーの肘を押し出し加速させ、背中を押し、左に寄った体重を右に戻した。

 2体目のゴーレムが消滅。

 3体目が、ハービーの真横から攻撃をしかけた。

 ハービーはゆっくりと顔を横に向けた。ぶ厚い風の障壁が発生して、ゴーレムの攻撃が弾き飛ばされる。バランスを崩した食いしん坊ゴーレムの後頭部を、岩石のような拳がグチャリと潰した。


 ……やばいぞ、完全にかぶってるじゃねーか。というより、オレの上位互換じゃねーか! ただでさえ、この丘にはオレより強い奴がゴロゴロしているのに!


 オレは指笛をピーーと鳴らして、ハービーに駆け寄った。

 なんとか気持ちを抑えて、親指を上に立てる。


「よかったぜ、やるじゃないか」


 右の頬が引きつっている。


「ただなあ、フラニー」

「……」

「フラニー?」

「……」

「ハービー?」

「なんでしょうか」


 フラニーが籠の中から答えた。


「今の闘い方は素晴らしいし、参考にしたいぐらいだ。ただオレとアポロは接近戦しかできないから、魔法の使えるフラニーには、中距離で援護してもらう事が多くなるかもしれない。次はそのパターンをやってみようか」

「……わかりました」


 丁度良く赤錆ゴーレムという、食いしん坊ゴーレムの色違い上位モンスターが侵入してきた。


「よし、アポロいくぞ」


 オレは赤錆ゴーレムと対峙した。

 ここは一つ、派手に爪パリィを決めてやるか。


 そう思い赤錆ゴーレムの攻撃を待っていると、オレのアフロヘアーを、物凄いスピードで何かがかすめた。

 赤錆ゴーレムの胴体に石の塊が直撃し、石が粉々に砕けた。


 後ろを振り向くと、ハービーが投球後のピッチャーのような姿勢で、こちらを見ていた。

 ドカンと音がしたので、あわてて向き直ると、頭に矢が突き刺さり黒焦げになった赤錆ゴーレムがいた。アポロがすかさず止めを刺す。


 ――――赤錆ゴーレムを撃退しました。


 オレは静かに、空を見上げた。


 ……泣くなよ、絶対に泣くなよ。


 雨がポツポツと降り出した。まさに恵みの雨。

 アポロをランドセルに入れて、手早く収穫を済まし、オレ達は家に戻った。




 シトシトと降り続ける雨が、新品の城壁や穀物庫をやさしく濡らしていた。

 オレは、フラニーの部屋のドアをノックした。


「フラニー開けていいか?」

「どうぞ」


 ガチャリとドアを開ける。


「ばあさんも降りてきたから、おやつでも食べないか? 部屋、片付いたみたいだな」


 小さめの部屋がきっちりと片付いていた。

 テーブルの上に、膨らんだ布の袋が数個並んでいた。

 オレの視線を追ったフラニーが布の袋を手に取り、袋の口を開いた。


 オレは屈み込み、フラニーとおでこを擦り合わせるようにして、袋の中を覗いた。

 黄色い米粒のような物が入っている。

 フラニーは袋に手を入れて、中の物をサラサラと手にすくった。

 そして、潤んだ水色の眼でオレを見た。


「これはフォレス麦の種です」





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