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ばあさん強化計画

 ☆☆☆


 100円ショップでストップウォッチを買って家に帰ると、電気が止められていた。

 ちょっと払い渋っていただけなのに、こんなにあっさり止められてしまうとは。

 郵便受けにパンフレットが入っていた。


「電ゴロー君からのお知らせ。人間は電気かガスのどちらかがあれば、割と普通に生活することができます。ところが最近、準オール電化のアパートやマンションが増えています。その場合、電気が止まるとぜんぶ止まるよ(笑) え? うちの給湯機はガスだからお風呂は大丈夫だって? いい質問だ。でも良く見てごらん、お湯を沸かすためのボタンを押すのに電気が必要でしょう? じゃあお風呂もダメってことだね(笑) 場所によってはオートロックのインターホンも止まるから、完全に陸の孤島と化すよ。あとは……言わなくてもわかるね?」


 オレは陸の孤島から抜け出し、大急ぎで電気の復旧を済ませた。


 ――――――――――――――――――――



「あたしが魔法ですか?」


 エリンばあさんが静かに笑いながら、そう言った。


「ああ、一緒に戦っていて気づいたんだが、ばあさんマジックポイントの最大値が、実はすごいだろう」

「確かにそうかもしれません。雷撃の弓は力と一緒に魔力も込めてやらないと撃つことが出来ませんので、何十年と使っているうちに自然にMPが上がっていきました」

「やっぱりそうか!」


 オレはニッカリと笑った。


「ちょっと思いついた事があってな。エリンばあさん……やってみてもいいか?」


 サンダーアップルの種を見せて、計画を話した。


「ほっほっほ、まさかこの年でまた強くなれるとは、思ってもいなかったですじゃ。しかし弓だけを引っ張ってきたあたしが、はたして魔法を使えるかどうか」

「大丈夫、大丈夫。少し下調べもしてきたし、ダメだったらまた考えればいいしさ。よし、そうと決まったら、早速サンダーアップルを栽培するか」


 オレは小屋の近くにサンダーアップルの種を埋めて、成長を見守った。


 芽がでて茎が伸び――――お!

 これは木かな。

 サンダ―アップルの木はぐいぐいと成長し、幹を真っ直ぐに伸ばしていく。

 この感じは久しぶりだなとワクワクしていると、メッセージがでた。


 ――――マジックビックワームに侵入されました。


 城壁によじ登り目を凝らすと、ミミズと芋虫のあいのこのような巨大生物が、土の上を這っていた。

 長さ4メートル、大木のような胴体、体全体に掘削機のドリルの様なギザギザがついている。


 ……つ、強そうだな。ケガも治ってないのに、また調子こいちゃったかな?


 エリンばあさんが空に向かって撃ち込んだ矢が、放物線を描き、マジックビックワームに着弾した。

 ギイイィィィーーという悲鳴を上げて、ビックワームは地中に潜り込んだ。

 ビックワームはボコボコと土を盛り上げながら、城壁の下を素通りして、畑を進んでいく。


 リンゴをおいしく食べてもらって、満足してお帰りいただくという計画が、オレの頭に浮かんだ。

 しかしビックワームは畑の真ん中まで進むと、土を盛り上げるのを止めて、急に静かになってしまった。

 アポロが城壁から飛び降りようとしている。


「待て、アポロ」


 アポロを制止して、城壁の上にあった石ころを畑に向けて放り投げた。


 石が地面に落下した瞬間、ビックワームの大きな口がバクリと石を飲み込んだ。

 間髪入れずに、エリンばあさんが弓矢を撃ち込むが、矢は地面に突き刺さった。


 「……これは完全に調子こいたな」


 やはりこの世界においては、魔法というのは価値が高いのだろう。


 5分ほど城壁の上をウロウロしていると、サンダーアップルの木が青く光るリンゴを、一つ実らせた。


 「なんとか、あれを収穫してしまいたいな」


 試しにもう一度、石ころを投げてみた。

 あきらめて帰っててくれないかな、という淡い期待を裏切るようにビックワームが石を食らう。


 ……どうやら目が見えず、音の振動に反応しているようだな。


 最近、エリンばあさんにコツコツと習っていた戦場手話を使い、リンゴを先に収穫する旨を伝える。

 オレは忍者の様に石壁に貼り付きながら、ソロリと地面に足を降ろす。

 いつでもローリングできる構えでしばらく待っていたが、ビックワームは来ない。


 ……やはり音か。


 音をたてないように牛歩戦術を使い、サンダーアップルの木に近づいていく。

 あと目標の木まで20メートルといった所で、オレのお腹がギュルリと鳴った。


 ピタッと止まり気配を窺うが、ビックワームには気づかれなかったようだ。


 朝から食べ慣れない物を大量に食べた事と、高まる緊張感のせいで、オレのおなかが完全にぶっ壊れていた。


 ……これは厳しい戦いになりそうだな。


 焦る気持ちをなんとか抑えて、じりじりとサンダーアップルの木に近づいていく。

 ついに木に辿り着いたオレは、青いリンゴを取ろうと手を伸ばすが・・・届かない。

 ジャンプは音をたててしまうので、プルプルと背伸びをした。

 指先をかすめるリンゴ。

 オレは片方の足を地面から浮かし、さらに手を伸ばした。

 指2本でリンゴを挟み込み、収穫に成功する。木が消滅した。


 再び牛歩戦術でなんとか小屋まで辿り着き、中に入った。

 サンダーアップルの実を大切にアイテムボックスにしまい、手早くズボンを履き替えたオレは再び戦場に戻る。


 異変を感じて空を見上げると、ばあさんの監視塔がグラグラと揺れている。

 弓矢の発射位置を予測されたのか!


 オレはしゃがみ込み、地面をバンバンと叩いた。


「ほら、こっちだ、こっちに来い」


 しばしの静寂の後、オレの足元から大きな口が出現した。

 ローリングでそれを躱し、そのまま全速力で走る。

 土を盛り上げながらマジックビックワームが追ってくる。


 オレは、すでに移動、設置済みの落とし穴群に向かってひた走る。

 目指すはセンターの竹美。

 オレが竹美を駆け抜けると同時に「ドカン」と大きな音がして、落とし穴が発動した。


 急停止して引き換えし、落とし穴を覗き込む。

 ビックワームが尖った竹に串刺しにされてバタバタと暴れていた。

 たぶん、急に掻き進んでいた土がなくなったビックワームは、反対側の壁に激突し、そのまま落下した体半分が竹に突き刺さったのだろう。


 オレは止めを刺してやろうと、穴の淵に手をかけた。

 するとマジックビックワームの体がピカリと発光した。


 マジックビックワームの魔法により、周囲一帯の土がクレーターのように陥没した。

 サラサラになった土が、蟻地獄のようにオレの体を、ビックワームの元に運んでいく。


「コッ、コノヤロー」


 竹美の戦死により我を忘れたオレは、自らビックワームに近づいていき、両手を使ってタコ殴りにした。

 応援に駆け付けたアポロと、エリンばあさんの援護も加わり、オレ達はマジックビックワームを消滅させた。体がレベルアップのため白く光る。


 二人の無事を確認した後、オレは小屋まで走った。

 水晶玉の、レイアウトの項目を開くと、竹美がチカチカと点滅している。

 オレはフッーと息を吐く。消滅していないのならば、修理できるはずだ。良かった。





 鍛冶屋から帰ったオレは、監視塔の梯子を登っていた。


 大切に扱う事と、もし気に入らなかったら元に戻せるようにする事の二つを固く約束して、ばあさんから弓を預かっていた。

 ガイドフ親方に頼んで、雷撃の弓に魔法用の触媒を埋め込んでもらった。

 弓矢の重さやバランスが変わらないようにと、ガイドフ親方にしつこく注文をつけた。

 親方には、またしつこい奴と思われてしまったが、おかげで数発試射したばあさんからOKを貰えた。


 さあ、いよいよ本番だ。


 畑の真ん中に、簡単な木の的がすでに設置してあった。ばあさんもサンダーアップルを食べ終えていた。


 エリンばあさんが集中して、魔力を雷撃の弓に込める。

 そして、ビシッと矢を撃ち出した。


 矢は、畑の的のド真ん中に突き刺さり、いつものように矢尻から電流が流れ込む。

 ……さらに。


 空がピカリと光り、一本の雷が発生した。

 雷は木の的に落下して、それを粉々に焼き砕いた。


「ほう、これは……」


 ばあさんが普段あまり見せないギロリとした目で、粉々になった目標物を見ていた。


「エリンばあさん、すごいじゃないか、成功だ!」


 オレ達は喜びを分かち合った。

 次はモンスター相手に試してみる事になり、食いしん坊ゴーレムを呼び寄せた。

 オレがゴーレムを引きつけて、しばらく回避に専念する。

 しかしエリンばあさんは、なかなか弓矢を撃ってこなかった。

 しばらくして矢を撃ち込んできたが、それは矢尻からの電流までで止まってしまった。


 オレはゴーレムを消滅させた後、ばあさんを仰ぎ見た。

 エリンばあさんは両手を大きくバッテンにしていた。


 どうしたのだろうと考えながら梯子を駆け登った。


 上に辿り着くと、エリンばあさんは身を乗り出して空を見ていた。


「ばあさん?」

「ふむ、どうやら雲のあるなしに影響を受けるようじゃの」


 ばあさんがこちらに向き直り話を続けた。


「先ほど木の的に撃った時は、ぶ厚い雲がちょうど真上にあったので簡単でしたが、雲が流れてしまった今は、撃つことが出来ない様ですじゃ、普通に撃つぶんには問題ありませんが」


 ばあさんは少し申し訳なさそうな顔をした。


「なるほど、あれだけの威力があるんだから、条件が出て来るのかもしれないな。一撃で三回行動に近いのだから、当然かもしれないな……ばあさん、やっぱり成功だよな?」


 オレが笑うと、エリンばあさんもつられて笑った。


「よーし、今夜はお祝いにご馳走でも作るかな、ばあさんも一緒に食べていくだろ?」


 腹の調子もすっかり良くなったオレは、献立を考えながら梯子を降りた。





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