血
坑道は、地下鉄のホームぐらいの広さになっていた。
ホームの100メートル先で、巨大なタカアシグモが足を器用に使い、何かを食べている。
8本の足は電柱ほどの長さがあり、自動車ぐらいの胴体は、手を伸ばしても届かないだろう高さにあった。
暴食のタカアシグモは食事を終えると、こちらをギロリと睨んだ。
オレは右手を使ってアロエを口一杯に頬張り、アポロにも与えた。
ダランと垂れたオレの左腕は、手首の感覚がなく、肩は激痛で悲鳴をあげていた。
「アポロ、行くぞ」
オレとアポロは、タカアシグモ目指して駆けだした。
坑道を50メートルほど走ると、タカアシグモが白い塊を飛ばしてきた。
ローリングで躱す。
白い塊は壁にぶち当たり、そのままベチャリと貼り付いた。
アポロが、白い粘液を誘うように少し前に出る。
タカアシグモは3つ、4つと粘液を飛ばしてくる。
そのうちの一つがオレの左足の靴に当たり、オレは転倒した。
迷うことなく、膝のあたりでズボンを引き裂き、靴から足を引っこ抜く。
片方、裸足のまますぐにアポロを追い駆ける。
タカアシグモはオレ達に接近されると、電柱の様な足を地面すれすれに振ってきた。
左から来るその薙ぎ払いをジャンプで躱し、右から来る別の足をダッキングで躱す。
胴体には手が届かないので、オレとアポロは一本の足に狙いを定めて攻撃していく。
その足を引きちぎる事に成功すると、タカアシグモは上体を高く構えて口をモゴモゴさせていた。
……嫌な予感がするなあ。
「アポロ、一旦退くぞ」
オレ達が後ろを向いて駆け出すと、タカアシグモは紫色のガスを吐き出した。
ガスが肌に触れると、焼けるように痛い。
オレとアポロは、女王カマキリの所まで退却せざるを得なかった。
充満する紫のガスごしに蜘蛛を見ると、何かをむしゃむしゃと食べている。
そして、オレ達がちぎった足がゆっくりと再生し始めていた。
……くっ。
オレは、アポロをランドセルに入れて走り出した。
徐々に収まり始めた毒ガスの薄い所を選んで、蜘蛛に後40メートルの所まで走ったが、そこで息が切れてしまう。
丁度良く壁がへこんでいる場所があったので、そこに身を隠した。
タカアシグモが粘液をビチャビチャと飛ばしてくるが、死角にいるオレには当たらない。
毒ガスもだいぶ収まってきているので、オレはその安全地帯で息をととのえ始めた。
三回ほど深呼吸をした時「ジュー」という音と共に、オレを庇っていた壁が溶けて消えた。
びっくりしてタカアシグモを見ると、紫色の水球弾を飛ばしてきた。
倒れ込む様に身を転がすと、一瞬前までオレのいた場所が溶け消えた。
再び駆け出して、蜘蛛に接近する事に成功し、ランドセルからアポロを発射する。
アポロがタカアシグモの目を一つ潰したが、すぐに振り払われる。
その隙に、オレは足をもう一本引きちぎる。
左からくる薙ぎ払いをジャンプで避け、右からくる攻撃を……こない。
タカアシグモは右からの攻撃を途中で止め、左足を振ってきた。
電柱の様な足を、まともに食らったオレは壁にぶち当たり、地面に崩れ落ちる。
どこかの骨が何本か折れるのがわかった。
しかし蜘蛛はなぜか追撃をして来ずに、白い粘液を何処かに飛ばしている。
……アポロが誘ってくれているのか。
オレは立ち上がり、すぐ近くにあった足を右手一本で殴りちぎった。
するとタカアシグモが口をモゴモゴさせる。
また毒ガスか。
後ろを振り返ったオレの目に絶望が映った。
蜘蛛の巣が二重、三重に張り巡らされ、退路を塞いでいた。
そして蜘蛛の巣に絡め取られたアポロが、抜け出そうともがいている。
タカアシグモが容赦なく毒ガスを吐き出した。
すぐにオレの肺が焼け付き、息が出来なくなる。
……あきらめない……あきらめない。
オレは無理やり両手を使って、蜘蛛の足を殴りつけ、グチャグチャにした。
計4本の脚を失った、タカアシグモの胴体が地面の近くまで落ちてきている。
フラフラと近づくオレに、蜘蛛が電柱を高く振り上げた。
そしてお返しとばかりに、オレの左足の甲をグチャリと潰した。
「……アッ……アアア、アアア」
オレはダラダラと涎と血を垂れ流し、タカアシグモの足にすがりついた。
蜘蛛が足を引き抜くと、オレはそのまま崩れ落ち、正座でペシャリと座り込んだ。
朦朧とした意識で、自分の膝を見ると、蜘蛛の巣から抜け出せたのか、アポロが乗っていた。
そして、オレの右の太腿の上で、なぜだか足踏みをしている。
アポロが振り返り、確認するようにオレの顔を見た。
オレは小さく頷いた。
――――使い魔のスキルを承認しました。条件をすべて満たしたので、使い魔がスキルを覚えます。
アポロの手足全部の爪が、バナナの様に巨大化した。
爪が、オレの太腿の肉を切り裂き、血を吸い上げているのが分かった。
アポロは爪に力を込め、弓矢のように飛んでいく。
そして暴食のタカアシグモの胴体をいとも簡単に貫通した。
それだけ見届けたオレは仰向けにバッタリと倒れ、意識を失った。
☆☆☆
オレはアパートのフローリングの床の上に、仰向けで寝ていた。
白目を剥き、ダラダラと涎を垂れ流している。
右手できつく握りしめたコントローラーには、血が滲んでいた。
体中に激痛を感じたが、右の太腿の痛みだけは、なぜだか心地が良かった。
―――― 暴食のタカアシグモを撃退しました。
タカアシグモ戦は実際のゲームのボス戦を、わざと下敷きにして書いています。
「なろう」ならではの遊びだと思っていますし、それなりのオリジナリティーも出せたかな、と思っています。もし不快に感じた方がいらっしゃったら、深くお詫びします。




