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7話「家族会議」

<前回までのあらすじ>

プロメテウス砦の遠征の帰りにユウトとアリゼは見知らぬ赤ちゃんを拾う。

彼女にエノールと名付けた二人は擬似的な家族として振る舞い始める。

しかし、エノールが数日の間に数年分の成長を遂げていく異常事態が発生。

原因究明に乗り出す中、エノールが目撃されて小さな混乱が生じてしまう。

一先ずは解決したものの、本当の問題はここからだった……。

 部屋の中には五名もの人間がいるにも関わらず、静寂を保っていた。

 一同が重たげな表情をしているところに、別の部屋からアリゼがやって来た。


「アリゼ、エノールの調子は?」

「疲れていたのか、横になった途端すぐ寝ちゃいました。ぐっすり寝ています。いつも通り、あどけない寝顔でしたよ」



 いつも通り、という部分をアリゼは僅かに強調した。

 何も変わってないことを暗に主張するかのように。



「アリゼは? 疲れてないか?」

「はい、大丈夫です。全く疲れてないって言ったら嘘になっちゃいますけど」



 アリゼは安心させるかのように微笑んだ。

 けれどそこにいつもの明るさは感じられず、無理をしている様がありありと見えた。

 

 つい先程まで、エノールは大いに泣いた。

 偶然であった大人達の怯えた表情を怖がり、ユウトやアリゼの心配と不安が入り混じった表情で悪いことをしたのだと勘違いするなど、罪悪感や恐怖といった負の感情が溜まりに溜まり、まだまだ幼いエノールはそれを抑えられなかったのだ。

 

 もっぱらエノールをあやしたのはアリゼだった。

 ユウトも勿論、助けにはなろうとしたものの、こういう時、子供は母親に安心感を求めるものだ。

 それにアリゼほど優しく抱いてあげられる自信もなかった。


 しかし、アリゼはアリゼで自分が目を離したから今の状況を招いてしまった、と責めているだろう。

 そうと分かっているのに、エノールの世話を彼女に任せ、かつ彼女自信を慰めてやることもできない。

 情けない人間だと自分で思う。


 だから、せめてここから先――大人達の時間では為すべきことをなすつもりだった。

 

 アリゼ、リオン、レイナ、リーチェ、ライノルト。

 部屋に会す一同を順に眺めてからユウトは切り出した。



「アリゼも来たし、始めよう。それでライナルト。エノールの正体に検討は付いているのか?」

「ああ。確証はないけどな」



 話を振られたライナルトは静かに語り出す。



「エノールの異変については姫様が来る前に確認したな。まあ、俺や隊長様は現場を見てないから、実際の姿を見たわけではないんだけど」

「そうだな。そのためか私も半信半疑な点は否定出来ない」



 ライナルトのいう隊長様――リーチェが自分の感想を述べた。



「それとは別に、アサンタからも話を伺ってる。当然あいつの考察もな。俺も似たような答えに落ち着いたが証拠がない。それで先程、エノールの魔力を簡単に検査させてもらった」



 一秒二秒でいいからエノールに触れさせてくれ、と部屋を訪れた時にライノルトは言った。

 エノールの琴線に触れないように実行したのだけど、恐らくそれが検査の一巻だったんだろう。



「侵入システムが感知した魔力はほぼ成人並の魔力といった感じだった。実際に調べた所、エノールの魔力は表面上は侵入システムで反応した魔力と同じだった。けど中身は違う。いや……中身、というよりも体の構造自体が違う。エノールの魔力の量や濃さは成人なんてレベルじゃない。俺やアサンタでも太刀打ちできないはずだ」



前提を話し終え、ライナルトの口調はより慎重になった。



「俺も正直信じられないんだが、恐らく」



 そして、ライナルトは告げた。



「……エノールは魔族の子供だ」



 エノールの言葉を聞いて、ああ、やはりそうか、とユウトは心のどこかで納得していた。

 

 ライナルトの話はまだ終らない。

 もしエノールが魔族なんだとしたら、他の不審な点も幾つか説明が付くと言う。


 まず、ナンディガンドで発生していた異音について。

 あれはエノールのもので間違いない。

 異音は洞窟内に生息している魔物達から身を守るために発していたものだった。

 色々な音が聞こえた、というのは音の種類によって撃退していた魔物達の種類が違った、という推測が成り立つらしい。


 次に特定の人物以外に懐かなかったこと。

 これは魔物達から身を守るためのものと同じで、見知らぬ魔力を感じ、本能的に拒否したのだろう。

 言わずもがな、ユウトは魔力を持っていない。故にエノールは拒否反応を起こさなかった。

 ただ、アリゼに懐いた理由は未だ不明だ。


 次に成長速度のバラつきについて。

 エノールが魔族だとした場合、生態系が違うので正解は分からない。

 しかし、魔族の身体の成長には魔力を要するかもしれない、という仮定は成り立つそうだ。

 実際にこの仮定で考えてみると論理的な解答を得ることができる。


 異音を発生させるのにも魔力を使う。エノールが身の危険を守るために、定期的な魔力消費をしていたら成長が滞ってしまっていてもおかしくない。

 ユウトとアリゼの二人に引き取られ、かつ周囲に警戒する者がいなくなった王城での生活でエノールはようやく成長する準備が整ったのではないか。

 もしかしたら、止まっていた成長が一気に来た、という事が考えられる。



「以上がエノールにまつわる俺からの見解だ」



 長い講説を終えたライナルトはタバコを取り出して口に加えた。

 お姫様の室内だから自重しろ、という意見は出なかった。



「ありがとな、ライナルト」

「礼はいい。俺のは事実の報告だしな。それよりも話すことあるだろ」



 とライナルトは先を促す。

 言い方はぞんざいだが、ライナルトなりの優しさが含まれていたように思えた。

 


「次に確認したいのは現場を見た者達の反応だけど、それぞれ教えてくれるか?」



 ユウトはまず、リーチェの方に顔を向けた。



「近衛兵団で唯一現場を目撃したのは、ユウトも知ってる通り、フレドリックだ。リオン様の言いつけを守り、今回のことを無かったものとして振る舞っている。が、やはりショックを受けているのか、それとも混乱しているのか……口数が普段より少なくなっている」

「でもそれ以外に問題はないんだな?」

「ああ。今のところは不審な態度もないし、経過観察で十分だろう」



 今のところは、か。

 しかも経過観察ときた。

 エノールのこともあって、近衛兵団の中でも結構親しかったフレドリックをこのように考えねばならないのは嫌だった。

 けれど、一歩間違えれば大変なことになるのも分かっている。仕方のないことだった。



「次にメイド達の方はどうだ?」

「メイド達の中で目撃したのは新人のカルモナと、その教育係のミラの二人です。彼女たちも今のところは言いつけを守るつもりのようです。しかし念のため二人は別室に待機してもらっています。他のメイド達に秘密が漏れないようにするためですね」



 レイナは淡々と答えた。

 聞いた感じ、カルモナとミラもフレドリックと似たような感じらしい。悪いと思いつつも、これも反乱の芽を産まないための処置だ。 



「最後にライナルトのところの……」

「ベリエスだな。あいつは普段から無口だし、何を考えてるかよく分からない。見た感じいつものあいつだったが……目撃者の四人の中では一番警戒しておいた方がいいかもしれない」



 ライナルトは苦々しい顔で言い切った。

 キツいことを言ってるものの、同じ施設で共に頑張っている仲間だ。疑いたくない気持ちは分かる。

 しかし底が見えない分、誰よりも警戒しておかないと、何をしでかすのか分からないのも確かだ。


 ライナルトには悪いが、ここは任せるしかない。



「事後処理については現状問題はなさそうだな。となると他に考えるべきなのは……」

「エノールをどうするか、ですね」



 リオンが言葉の後を引き継いだ。

 

 再び静寂の時が流れる。

 その間、誰もがアリゼの方を気遣わしげにチラ見した。



「現実問題として少人数にも関わらず、大きな問題に発展しています。そして、いつまでもエノールを匿い続ける事もできません。いずれ衆目に晒される時がきます。また、隠す期間が長ければ長いほど、バレた時の反応も大きくなります。となると、残された方法は数えるしかありません」



 リオンが口火を切る。

 いつものふざけた様子はどこにいったのか、終始真面目な表情だった。



「エノールの秘密を公にするとか」

「悪いが、それは無理だ、ユウト」



 ライナルトはきっぱりと言った。



「魔族はこの世界の人間にとって災厄のような存在だ。魔族ってだけで畏怖の対象なんだよ」



 魔族よりも下位の存在である魔獣を人間たちは快く思っていない。むしろ敵だとすら思い込んでいる。

 その魔獣に知性を付けた存在を魔族と呼ぶなら、人間たちはどう思うか。

 思考を付けたことでより強くなった。それだけで済めばまだいい。

 

 知性が付くとはすなわち、思想が芽生えるということ。

 人間たちとはまるで違う価値観や倫理観が生成されるということ。

 すなわち、人間とは全く異なる知的生命体の誕生と同義だ。


 元来人間とは、自分たちと異なるものを恐怖する生物である。

 かつてユウトが暮らしていた世界でも、肌の色が違う、思想が違う――そんな理由で幾度も争い、等価であるはずの命を散らしてきた。


 そんな人間たちの世界に魔族がいるというのは、得体のしれぬ宇宙人が襲来し、人間たちに隠れて暗躍しているようなものだ。

 何をしでかすか分からない生き物……。

 人間にとっては恐怖以外の何物でもない。



「王族が魔族を匿っていた。この事が世間に広まったら、この国は終わりだ。魔族に侵略された。魔族に王族が絆された。我々市民を人間として扱わないつもりだ。……瞬く間に反乱分子が湧いて、ここにいる全員あの世行きだ。その後、ウルカト王国の土地はマイアルズ帝国に蹂躙される。分かりやすい未来だよ、全く」



 ふん、と鼻を鳴らしてライナルトは二本目のタバコに火をつけた。



「となると、残りの方法は一つ……」



 この場にいる誰もが、今の事態を解決するにはこの方法しかないと考えていたことでもある。

 ただ、それを言ったらアリゼが酷く傷つく。だから皆、言わずにいた。


 けど、最後には誰かが言わねば、待つのは終焉だけだ。

 終わりを避けるためにも、家族に対して何一つ貢献できなかった責任を取るためにもユウトは唯一の解決策を提示しようとする。

 

 しかし、それを遮ったのはアリゼ本人だった。



「……承知しています。エノールをここから連れ出すこと。これだけが、現状を打破する方法です。そうですよね、ユウトさん」

「……ああ」



 確認のために向けられたアリゼの顔は、淋しげな笑顔で塗り固められていた。



「私もこうすることが一番だって気づいていました。私が気付けるくらいですから、皆さんが気づけないはずがありません。気を遣わせてしまってごめんなさい」



 謝りたいのはこちらの方だった。

 本来、言わねばならないのは自分のはずだったのに、結果的にアリゼに言わせる形になってしまった。

 申し訳が立たない。



「……悲しいですけど、こればかりは文句を言うわけにもいきません。それにエノールだって、ここに居続けても待つのは不幸だけです。なら、ここではないどこか別の場所で育てられるのが一番のはずです。出来るならば本当の両親の元で育つのが……」



 アリゼは今はグッスリ寝てるはずのエノールがいる部屋を見つめながら言った。



「もしかしたら元の両親に会わせてやれるかもしれない」



 ユウトの言葉にこの場の誰もが注目した。

 当然アリゼも。彼女は驚きで目を見張っていた。



「や、ほら、以前魔族の王を名乗る魔族と会ったって言っただろ? 恐らく彼女たちは俺達人間の魔力を識別できる。そのようなことを言ってたし」



 とは言っても自分は魔力を持たないので役に立たない。



「リーチェ、君の協力が必要だ。前に敷地内に侵入したことがあるリーチェなら、彼女たちに識別されて俺達の前に現れる可能性が高い」



 また、エノールを共に連れていけば、エノールの魔力も観測される。

 人間が魔族を抱えている図式が観測されれば、ディアと呼ばれた魔王が姿を表す確率も高くなるはずだった。



「ま、待つんだ、ユウト。まさかお前、魔族と取引するつもりか?」

「取引じゃない。エノールを引き渡すだけだ。今回のことで利害関係を発生させるつもりはない」



 それにエノールを材料にして何かしようだなんて、ユウトでも耐えられない。



「先程ライナルト様が仰ったように、魔族は我々人間が相容れない存在です。話せるという一点を基準においただけで案を提案しているのでしたら無謀という他ないでしょう。価値観や倫理観が違うというのはそういうことですよ?」



 王族に対してしっかりと正論を突きつけることができるメイドは恐らくレイナくらいだろう。

 その正しい姿に感心しながら、しかしユウトは彼女に反論した。



「悪いけど、そう言うなら俺だって魔族と何ら変わらない。同じ人間といえど、異世界からやって来たんだ。価値観や倫理観が違うのは当然だろ。そんな俺がこうして皆と話せてる時点でその理論は成り立たない」



 とはいっても、リーチェはまだユウトが異世界からやって来たことを信じていないと思うので、この反論は無意味かもしれない。しかし本当に言いたいことはこの先である。

 ユウトはアリゼに顔を向けた。



「それに俺とアリゼは既に魔族と関わってる。今更恐れるも何もないだろ。な、アリゼ?」

「は、はい!」



 アリゼはこくこくと頷いた。



「あと、身の危険についても保障はある。何せ近衛兵団一の実力者が俺達を守ってくれるんだからな」



 と、今度はリーチェに視線をやった。



「――ああ。前回は無様な姿を見せてしまったが、二度目はない。この生命に変えてもアリゼ様とユウトは守り抜く」



 決意の言葉をはきだしたリーチェから、やる気のオーラが漲っているのが見えるようだった。



「決まりですね。アリゼ様とユウト様が魔族と交渉し、エノールを引き渡す。彼らと共にリーチェがお供する、と」

「となれば、プロメテウス砦に赴く準備をしなければなりません。リーチェ様、共に砦に行く近衛兵の選出と馬の用意をお願いできますか」

「ああ。馬車や食料などの用意はレイナに任せてもいいか?」

「ええ、お任せくださいませ」



 リオンによる確認が終わると、レイナとリーチェが慌ただしく動き始める。



「はあ、こうなると宮廷魔術師はやることがなくなるな」

「でしたらライナルトには今回の目撃者達の監視をお願いしてもよろしいですか?」

「流石、リオン様は頭の回転が早いことで。アサンタを含めた信頼できる奴をピックアップします。で、目撃者のみだけじゃなく、城全体の様子を探っておくようにします」

「サラッと答えられる辺り、ライナルトも始めからそうしようと考えていましたね?」

「姫さんといい、リオン様といい……敵わねえなあ」



 ライナルトにも役割が与えられ、場はより一層引き締まった。



「ふふ、では私は影武者としてアリゼ様を演じましょう。アリゼ様が戻ってくるまでの間はおまかせください」



 最後にリオンがお姫様よろしく、スカートの裾をつまんで優雅に頭を下げた。

 

 皆が活気づいているところに口を挟むのは中々勇気が必要だ。

 けど、意を決して口を開いた。



「あーっと、水を差すようで悪いんだけど、準備ってどれぐらいかかりそうなんだ?」

「早ければ明日中には出発できるはずだ」

「流石としか言いようがない早さだな。その、皆頑張ってる所悪いんだけど、俺達に少しだけ時間をくれないか?」


 


 元々エノールをどうするか、という話の決着はここで着けるつもりだった。

 なのでユウトは更に先のことを考えていた。

 思いがけず親となってしまった自分とアリゼ。そしてエノールの事を考えた一手を。



「二日……いや、一日だけでいい。俺達とエノールが過ごすための時間がほしいんだ。ワガママ言ってすまない。けど、このまま別れるのは納得いかないんだ」

「わ、私からもお願いします。家族で過ごす時間を少しでもください!」



 ユウトとアリゼは同時に頭を下げる。

 しかしその提案に多くの者が顔を見合わせた。

 

 幾ら二人の心中を想いやったとしても、時間の猶予はない。ほんの少しの時間延ばすだけでも情報流出のリスクが上がる。

 それに家族で過ごす時間といっても、パーソナルスペースが今いる場所しかない以上、結局拘束されていることに変わりはない。

 

 また、これらの問題をユウト自身把握していた。

 ただ問題を認識しているからといって、無理だと分かってるからといって、このまま何もせず家族が引き裂かれるのは嫌だった。

 せめてもの抵抗が悲しい現実からのダメージを軽減する唯一の方法だった。



「……受け取れ、ユウト」

「え?」



 だが、一人だけ悲壮な顔を浮かべず、むしろ笑みを浮かべている者がいた。

 彼女はユウトに何かを放る。

 顔を上げたユウトはワチャワチャしながらも空中でのキャッチに成功する。掴んだものを目で見ると、それは鍵だった。



「以前、お前と泊まった、アルバーナの屋敷の鍵だ。どうせ今は誰もいないんだ。自由に使ってほしい。それに一日時間があったほうがしっかり準備もできる。あそこにいる限り、外にバレることもないからな」

「リーチェ、お前……」

「何、気にするな」



 最初に会った時と比べると想像することもできないほど、柔らかい笑顔をリーチェは向けていた。



「ありがとな」



 気にするな、と言われても感謝を口にするぐらい許されるだろう。

 笑って感謝を表に出す。

 すると予想以上の反応が返ってきた。



「あ、いや、うん、ほんとに気にする必要はないんだ……」



 ……どうしてそこで顔を赤らめるんでしょうか?

 

 突然のラブコメの波動に、あのリオンとレイナが黙っているはずなく、「おやおやぁ?」と目を輝かせた。



「ああ、やはり、アルバーナ家の屋敷での一幕は寵愛の儀が行われたのですね。そうでなければ、あのリーチェがこんな乙女な姿を見せるはずがありません」



 リオンは果たして自分がヒドイことを言ってるのに気づいているのだろうか。



「面白いのはその場所にアリゼ様とユウト様が泊まることですね。これはあれですね。エノールが寝静まったあと、俺達も子供が欲しいって夜這いを仕掛けて……」

「キャー! ユウト様が獣にー!」

「いい加減怒るぞ、おい」



 しかも大声を出しやがって。エノールが起きてきたらどうする。

 それにもし、エノールにそういった場面を見られたら双方ともトラウマになりかねない。よって出来るはずもない。

 というかそもそも、毎日のように一緒に寝て手を出さない俺の気持ちを少しでも考えたことがあるの?え?


 と、独白で毒を吐いていたユウトの肩に手が置かれる。



「全く女どもは馬鹿だな……」

「おお、なんか初めてお前を心の友よとか思えたぜ」

「ユウトが案外ヘタレってことに気づいてないんだからな」

「うるせーよ! ヘタレじゃねーよ!」



 ちゃんと経験あるんだぞ! DTじゃないんだぞ!

 ……ラブコメで童貞じゃない主人公って中々いないよなあ、と謎の思いが浮かんだユウトだった。



「あ、あの、そのー……」



 アリゼが引きつった笑みを見せている。

 ああほら、少し前まで純粋無垢な少女だったのに、ここ最近大人になっちゃったから(知識的な意味で)、馬鹿な会話についていけるようになってしまったじゃないか。

 

 ああ、無情。

 というか、アリゼが色々察することが出来るようになってしまったのは自分と結婚してしまったからでは……。



「とにかく私達のためにありがとうございます。それと……よろしくお願いします」



 アリゼの真摯な言葉に皆がおう!と頷く。

 

 そんな中、ユウトだけがアリゼを見つめていた。

 エノールに一番身を入れているのはアリゼだ。

 そのアリゼがいつもと違って、思い詰めた表情をするでもなく、悲観的な表情もしていない。

 

 強い意志を瞳に秘めている。

 ただ、その強い意志の正体をユウトはまだ知らない。




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