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6話「異端」

 異変発生二日目。

 事態は昨日よりも深刻になっていた。



「ママー! おままごと!」

「おままごとですか? いいですね、やりましょう」

「じゃあ、ママはママね! わたしは浮気をしているパパ!」

「ええっ!?」



 色々問題はあるけど、浮気なんて言葉どこで覚えてきたのだろう。

 アリゼが疑わしそうな視線を向けてきている。

 子供の純真さというのは時に残酷な結末を呼ぶようだ。……とりあえず、戯れ言だと気づいてこちらを見るのをやめてほしいなあ。



 一晩が経ち、またしてもエノールは急成長を遂げていた。

 起床時に服がパンパンになっていて不覚にも笑ってしまったが、事は笑えるものじゃない。


 昨日無事に日本の足で大地に降り立ったエノールだったが、歩き出すとバランスが不安定で見ててハラハラしたものだった。

 しかし今日を迎えるとあら不思議。歩くことには問題なくなり、走ったり飛んだりもできるようになっている。

 また言語中枢も発達して言葉のコミュニケーションも取れるようになってきた。浮気なんて二文字を知っていたりと、子供の成長は親が思うよりも早い。……エノールの場合は早過ぎるけど。


 エノールの成長具合がどれぐらいなのか、アリゼもユウトもハッキリすることはできなかった。恐らく三歳時程度まで成長を遂げたのではないか、という結論が第二回早朝会議で出た。


 度重なる変化の中でも変わらなかったものもある。

 目に見えて異常だとハッキリしても、夫婦の態度は変わらなかった。

 普通なら気味悪がったりしてもおかしくない状況ではある。

 最初こそ驚きはするがそれぐらいで、後はいつもと変わらない。

 何故ならすぐにエノールが変わってないことを二人は知るからだ。


 ――ママ。パパ。


 親を呼ぶ声が、姿は変われどエノールであることを証明するのである。



「よし、じゃあ言ってくる。エノールをよろしくな、アリゼ」

「はい」

「パパ、どこか行くの」

「ああ。人と会ってくる。ママのこと守ってやれよ、エノール」

「うん! わたし、ママ守る!」



 目線を合わせてエノールの頭をなでてやる。

 身体だけでなく、髪も歳相応に伸びている。肩甲骨まで伸びた後ろ髪を見ると「ああ、女の子なんだな」と思う。


 成長を遂げた娘を見ていると、今まで感じたことがない感慨を味わうことがある。

 同時に焦燥感や恐怖、不安が湧いてくる。


 もし、エノールが普通の娘だったなら湧き上がる負の感情も年月の経過で薄らぐことになったはずだ。

 しかしあまりにも早過ぎる成長がそれを阻害した。


 自分が親になるという恐怖。

 自分が親にされた過ちを犯すのではないかという恐怖。

 そして、いつしかそれらはエノールに向けたものではなく、自分自身を苛むことに……。



「ユウトさん」



 ハッと顔を上げるとアリゼがいたわるような笑顔を向けていた。



「エノールのことは心配しないで下さい」



 その言葉は表面以上のに様々なものが詰められていた。

 

 気を取り戻したユウトは立ち上がり、目的の人物に会いに向かった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ライナルトさんですか? ああ、えっと……材料が足りないとか言ってたから倉庫に向かったと思います」


「ライナルトさんですか? 先程訪れて、中を物色してました。その後はフラッとどこかに行っちゃいまし。行き先ですか? すいません、存じあげないです。一応、メイド達の部屋がある方向に向かってました」


「ライナルトさんですか? いえ、こちらにはお見えにはなっておりません。行き先に心当たりがないか? うーん……あの人、かなり気まぐれですから。出かける時も何も言わず、勝手に行っちゃいますし。それでいて帰りが遅くなったりしますから。時たま私達も街を出て捜索する羽目に……。申し訳ございません。ついつい愚痴が……。近衛兵でしたら姿を見かけてる方もいるのではないでしょうか?」


「どうしたユウト。何だか憔悴してるが。ライナルトを捜している? ああ、やつは自由奔放な所があるからな……。先程城内を巡回していた一人が見かけたそうだぞ。何でも材料を買いに行くか、それとも先に昼飯を済ませてしまうか、と呟いていたそうだ。城を出たなら報告が上がっているはずだけど、そういった報告はないし、先に昼飯を取ったのではないか?」


「はい、ライナルトさんなら先程簡単な食事を取っていました。食べ終わったらまたすぐどこかに行ってしまって。向かった先はわからないですけど、向かった先は――」



「……あの馬鹿はどこ行った!」



 ここはウルカト王国の重鎮達が住まう、いわば国の中心だ。

 となると、王城の敷地だって国の威厳を示すためにも広大にする必要がある。

 そう、広大なのだ。無駄に広いわけだ。一つ一つゆっくり見て回っていたら一日や二日程度じゃ時間が足りない。


 つまり場所の移動にかかる時間も馬鹿にならない。

 ライナルト一人を探しだすために、あちこちを歩き回され、既に時刻はおやつの時間を迎えていた。

 

「ああもう、携帯さえ使えれば一瞬なのに! 今度俺の携帯を解析させて新技術として普及させてやろうか!?」


 通信整備などのインフラも整えねばならぬので、実現したとしても二桁の年数は要するだろう。

 頭では分かっていても、ついつい口から零してしまうのだった。



 ユウトは昨日から考えていた通り、ライナルトに相談を持ちかけようとしていた。

 前に話を聞いた時、基本的に研究所に篭ってると言ってたから、研究所にさえ行けば会えるだろうと踏んでいた。

 が、このザマである。

 これだけ振り回されれば文句の一つや二つも出てしまう。


 次に彼が向かった場所は城門方面らしい。

 ライナルトは今度こそ外に出たのだろうか。

 となると、また兵舎に行って、リーチェに外出したかどうか訊ねるべきか?

 いや、いっそ研究所に戻ってみるとか。案外、ひょっこりいそうな気がしなくもないし。



「あ、いたいた。おーい、ユウト様ー!」


 

 頭を抱えていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 後方からアサンタが駆け寄ってきている。



「はあはあ、すれ違いにならなくて良かったです」



 割りと走り回っていたのか、アサンタはかなり息切れしていた。体育の授業で長距離を走った後のように膝に手を置いている。



「俺を探してたのか?」



 呼吸をある程度整えたアサンタはズレていた眼鏡を直しながらユウトに向かい直る。



「はい。ユウト様がライナルトを探し回ってるって伺ってそれで……」

「……話を聞いて回ってなんとなく想像はつくんだけど、ライナルトには放浪癖でもあるのか?」

「ええ、まあ。といっても研究に詰まってる時はこうなります。どうも無意識らしくて周りの者が何度言っても直らなくて……」

「それでアサンタが尻拭いをしてると」

「慣れてる方はいつものか、ってなるだけなんですけどね。ユウト様はお知りじゃないみたいでしたので、慌てて事情を説明しにきたってわけです」



 前に説明してもらったようにアサンタもライナルトに次ぐ位の宮廷魔術師だったはずだ。

 なのに中間管理職のようにライナルトのフォローをしているらしい。

 つくづく同情する。



「恐らく夜には正常になっています。まあ、たまに数日連続なんてこともありますが。用件があるのでしたら、少なくともあと数時間は待っていただかないと取り次げないと思います」

「マジか……」

「探し回ってるってことはよっぽど急ぎの用件なんでしょうか?」

「えっと、それは、まあ」



 公言したくないこともあり、ハッキリと言い切ることが出来なかった。

 そんなユウトの態度を察したのか、アサンタが言った。



「もしその用件が知識を欲するものでしたら、私も話を聞けると思います。よろしければ内容の方を伺っても?」

「確かに知識を要することだけど、うーん……」

「周囲には知られたくない、ということでしたらご安心下さい。私達の仕事って信用が第一なんです。研究内容を口外したらどんな事態に発展するか分かりませんし。幸い、周囲には私達しかいないので誰かに聞かれる心配もないと思います」



 ライナルト達の行う研究の情報は一切漏らしてはならないことになっている。

 それこそ、うっかり口外してしまったものは牢屋に入れられ、最悪の場合死刑だとか……。

 それに宮廷魔術師のナンバー2ともなれば、かなり信用できるだろう。

 むしろライナルトよりも話が通じそうだ。



「分かった。聞いてもらえるか、アサンタ」

「はい。私で良ければ」

「事の発端は昨日なんだけど――」



 ユウトはアサンタに事情を聞かせた。

 話し終えると、アサンタから朗らかな笑みは消え、厳しい思案顔を浮かべる。



「確かにそれは……異常ですね」

「一応確認なんだけど、この世界では人間が一日や二日で急成長する、なんてことはないよな?」

「はい。恐らく、ユウト様の元いた世界と相違ないと思います。年齢が更新される間隔は違うかもしれませんけど」



 そういえばこの世界の一年が三百六十五日であるという保証はない。

 もしかしたらアリゼの年齢も、元の世界単位なら十四歳なのかもしれない。あるいは、十八歳とかで更なるギャップを生み出したりするかもしれない。

 やばい、妄想が膨らむ。


「……ユウト様?」

「あ、いや、何でもない」



 アサンタに名前を呼ばれて元の思考に戻る。

 なんだか疑わしげなにジト目をしているのだけど、気のせいだろう。



「そういえば、レイナさんって耳が尖ってるけどさ、あれは人間と見た目が同じだけでまるで違う種族……みたいなこともないよな」



 誤魔化すように別の話題を振った。

 


「レイナさんは耳長族(エルフ)ですけど同じ人間です。ユウト様の世界では人間だけど見た目が少し違うってことありませんでした?」



 アサンタの話により、レイナさんは人種違いというのが判別できた。

 同じ生物でも見た目が違うというのはままあることだ。それが原因で争いが起きることだって歴史上ではいくらでもある。



「じゃあエノールは一体……?」

「確証はありませんけど、もしかしたらっていう考えなら一つあります」

「本当か!? 推測でもいいからそれを――」



 その時だった。

 大地が一瞬だけ振動した。

 地震か? 元いた世界での経験がそんな考えを生み出すが、次の揺れがやってくる気配がない。



「今、揺れたか?」

「――侵入者です」



 返ってきた答えは想像していないものだった。



「侵入……え?」

「あ、そうか、ユウト様は魔力がないから……。侵入者を知らせるシステムが作動したんです。城内にいる者に侵入者が入った事を知らせる警報と、侵入者の位置を知らせる二つの魔法が発動しているんです」

「侵入者の位置も分かるのか。どこだ?」

「それが……城の中枢にいるらしくて。えっと、ここは――」



 アサンタが読み上げた位置はユウトとアリゼの部屋からかなり近かった。

 そこでユウトは最悪の想像を思いつく。



「アサンタ、城内にいる者と侵入者を識別する……つまりシステムに反応しない人間はどう判別してるんだ?」

「私達宮廷魔術師がシステムに個人個人の魔力を登録しています」



 魔力は一人ひとり個体差があるんです、とアサンタは付け足した。



「じゃあ、その魔力を登録できる年齢は!?」

「三歳ぐらいから魔力もしっかりとした形を――」



 そこでアサンタも気づいたのだろう。

 今回の侵入者の正体に。



「急がないと! 誰かに見られたら混乱を起こすかもしれない」

「ですね。案内します。付いてきて下さい」



 この場で侵入者の位置を特定できるのは彼女しかいない。

 ユウトは駆け出したくなる気持ちを抑え、アサンタの後を追いかけた。



 しばらく走っていると、ある曲がり角で突然人影が飛び出してきてユウトはその人影と激突しそうになった。

 どうにか事故は避けたものの、問題は人影の正体だった。



「あ、アリゼか?」

「ユウトさん……」



 アリゼは顔に汗を滲ませ、髪が乱れていた。相当に焦っていることが一目でわかった。



「ごめんなさい。少し目を離した先にエノールが――」

「今はいい。とにかくエノールを見つけよう! ほら」



 目でアサンタに行ってくれと促す。

 アリゼの手首をつかみ、彼女を引っ張りながら追跡を再開する。



「かなり近いです。ここを曲がった先にいます!」



 角を曲がると少し大きめの広間に出た。

 するとそこには数人の人手が侵入者を困惑と怯えを交えた表情を浮かべていた。

 周囲の人間たちの不安を感じ取ったのか、広間の中心に立つ侵入者――エノールは今にも泣きそうな表情で辺りを見回していた。

 視線がやってきたばかりのユウト達の方を向いた。



「ママー!」

「エノール! 大丈夫ですよ。大丈夫ですから。泣くのを我慢してたんですよね。偉い偉い」



 駆け寄ってきたエノールをアリゼは身をかがめて優しく抱きしめた。そのままいたわるように頭を撫でる。

 それでせき止めていた感情が溢れだしたのか、エノールは声を上げて泣き始める。

 

 どう見ても迷子になった子供だ。

 なのにそれを見守る大人達の目は酷く怯えていた。



「エノール……って言いましたよね」

「確か生後半年くらいだったはずじゃ……」

「あれが……あのエノール?」



 先に広間に到達していたのは四人だった。

 内二人はメイドだった。一人は中学生ぐらいの見た目で、いかにも新人という感じだ。もう一人はユウトより一つ二つ年上だろうか。

 残りの二人のうち、一人はユウトも知っている人物だった。抱きかかえマスターのフレドリックだ。


 そして最後の一人。研究所で働く宮廷魔術師の証と化した白衣を着込んだ長髪の男。

 その彼が呟いた。



「……化け物」



 ユウトは思わず飛び出しそうになっていた。

 いや、恐らくその前に介入がなければ飛び出していただろう。

 ユウトを止めたのは後ろからやってきた二人の言葉だった。



「――これは一体何事ですか」



 アリゼの影武者であるリオンと、メイド長のレイナだった。

 二人はゆっくりと辺りを見回す。その様子にいつものふざけた様子はない。

 

 リオンがこちらに目を向けた時に視線が合う。彼女は安心させるかのように柔らかい笑みを浮かべて問う。

 

「ユウト様にアリゼ様。この場は私が収めます。一つお聞きしたいのですが、今回の騒動は広めないほうがよろしい類のものでしょうか」

「あ、ああ……」

「分かりました」


 

 もう一度ニコッと笑ってからリオンは広間の方に向き直る。



「――あなた達。これは次期女王であるアリゼ・ベルクシュトレームより仰せつかった命令です。この場での出来事は一切忘れなさい。今回の事を表に出せば余計な混乱を招きます。それはあなた達が一番よくわかっているでしょう。重ねて言いますが、これは命令です。王家に仕える者としてあなた達の従順なる態度を示しなさい」



 凛として迫力のある声に誰もが口出し出来なかった。

 元々リオンがアリゼよりも覇気がある、というのは聞いていた。しかしそれを初めて間近で見た。

 ゾクリとする。これが王の力。民衆を圧倒させる威厳。――いずれ、アリゼが辿らねばならぬ道。



「レイナ。後の処理は任せても?」

「問題ありません。まずそこのお二人」



 圧倒されてる間にレイナがテキパキと後処理を開始した。

 役目を終えたリオンはパタパタと駆け寄ってくる。



「ユウト様、ここはお任せ下さい。早く戻らないとまた問題が起きてしまうかもしれません。アリゼ様をよろしくお願いします。それからアサンタ、あの研究員と今回のシステムの作動処理について一任してもよろしいですか?」

「任せて下さい。ライナルトにも至急連絡しておきます」

「お願いします」



 リオンが頷いたのを見て、ユウトは妻と娘の背中を押した。

 アサンタも自分のできることをするために動き出している。

 

 現場を離れる前にユウトは一度だけ背後を振り返った。

 その時、白衣を着た研究員の姿が目に留まる。


 ――化け物。


 彼の放った言葉が暫くの間ユウトの耳にこびりついた。

 



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