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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
3章 高邁な騎士
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11話「背中の面影」

 懐かしい感触があった。

 体がフワフワと浮いている。前面に当たる硬くて大きな何かは温かく、安心感を与えてくれた。

 リーチェが父や兄と同じ近衛兵の道を歩む意思が生まれた時の記憶と合致する。

 

 あの日、あの時、リーチェは悔しさや無念、それから兄への憧憬といった複雑な感情を抱きながら、兄の背中におぶられていたのだ。穏やかに笑うシリウスはふてくされて頬を膨らますリーチェに気づいていなかったはずだ。



 アルバーナの血は代々ベルクシュトレーム家の傍を流れている。幾つか例外はあるが、基本的に男は近衛軍に入れられ、隊長として兵を率い、時には一番近い場所で王を守った。女の子の場合、その多くは給仕として王族に仕えた。

 兄のシリウスと妹のリーチェは一族の慣わしに従い、それぞれの道を歩むはずだった。


 高名な家系故に貴族と同等の地位ではあったが、近衛軍の使令と一族の思想から小さい頃は平民の子供達に混じって二人は育てられた。といっても教会で開かれている学校が終わった後など、多くの時間は稽古にあてがわれていたが。それでも二人は比較的自由にのびのびと育てられたのである。


 週に一日だけ学校も稽古もない休日があった。その日はシリウスと共に王都に赴き、同じ年の友達とおおいにはしゃいで遊んだ。リーチェはリーチェだけのコミュニティもあったが、それ以外にもシリウスの男友達と混ざって遊ぶこともあった。

 小さい子供にとって集団の中に異性がいるのは疎まれることである。シリウスの友達の一人がリーチェは邪魔だから帰らせてくれ、とシリウスに言った。シリウスは男を宥め、別にいいじゃないかと優しく笑っただけだった。

 それ以来、少しずつシリウスの立場は変化していった。もともと心優しく穏やかだったせいもあるのか、シリウスの友達は彼に強く当たり始めていた。それに気づいたリーチェは身を引くことも考えたが、自分の撒いた種なのだから自分が彼らにガツンと強く言ってやるべきだと思った。



「お兄ちゃんを馬鹿にするのはやめて!」



 無謀か勇敢か、幼いリーチェはシリウスの友達たちを呼び出して言った。

 相手はあきらさまに怒りの表情を見せ、細い腕を掴んできた。男の子の力の強さにリーチェは驚いた。男というのに恐怖を感じたのもこの時が始めてだった。

 そんなリーチェを颯爽と助けにきたのは他ならぬシリウスだった。



「俺の妹に手を出すな!」

 


 どこかから拾ってきていたらしい木の棒をシリウスは握りしめていた。

 彼らはそれを「弱虫が強がっているだけ」と思い込んだらしい。一発殴ればすぐに大人しくなるはずだ――一人が飛び出し、シリウスに殴りかかった。

 しかし拳がシリウスに届くことはなかった。ひょいとかわし、木の棒を肩に叩きつけた。

 一瞬の出来事だった。だがそれを見たリーチェは凄いと最初に思った。

 それからは乱戦だった。複数人でシリウスに襲いかかり、シリウスも華麗な身のこなしで一人ずつ懲らしめていった。それでも流石に無傷とはいかず、腕や顔に細かい傷が付いていた。


 ただこれは確かそうだったはず、というだけで実際の出来事なのかリーチェはよく覚えていない。

 鮮明に思い出せるのはその後――傷だらけになった兄に背負われて家路に付いていた時だった。

 強く言っておきながら、結局何も出来なかった自分自身への無念と後悔、それからシリウスの強い姿に憧憬を抱き――リーチェは近衛兵という新たな道の可能性を生み出した。


 その日以降、リーチェは両親とシリウスに頼み込んで剣の稽古をつけてもらうことになった。家族の中で父は強く反対していたが、護身のためということで納得したようだった。またリーチェもこの時はまだ本気で近衛兵に志願するつもりはなかった。


 その思いが徐々に頭角を現し始めたのはその数年後……リーチェがある一人の少女と出会ってからだった。



 剣の稽古をこなしながら給仕になるための訓練も受けていた。齢が二桁になると見習いメイドとして王宮内で簡単な仕事を与えられるようになっていった。

 そんなある日、リーチェはメイド長に連れられて謁見の間にやって来た。



「リーチェがよくやってくれているのは耳に聞いておる。さすがアルバーナの子だ。正直な所、頭が上がらない思いだ。さて、今日呼び出したのは他でもない。リーチェにはこの子の専属で仕えてもらいたい」



 おいで、とディオンはエリナが佇む方へ優しい声で呼んだ。

 数秒の間を開けて、エリナの後ろから怯えた目をした少女が顔を出した。エリナが背中を押して「きちんと挨拶しなさい」と言うと、少女はようやく全身を見せる。


 一つ一つ金色に染め上げたウェーブのかかったブロンドの髪、サファイアブルーの宝石を宿した瞳。白く端整な顔はお伽話に登場するような神秘的な輝きすら感じられる。

 かっこいい・かわいい・綺麗・美人などの表現が似合う人間は何度も見てきたが、美しいと形容する人と出会ったのはこれが初めてだった。



「アリゼ……アリゼ・ベルクシュトレームです」



 白いドレスを着飾った美しき少女は裾を握りしめながらそう名乗った。


 リーチェとアリゼが初めて顔を合わせた瞬間だった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 アリゼは小さい頃から気弱で臆病な少女だった。

 彼女の侍女として抜擢された理由も年もそこまで離れておらず、同性だからというものであった。

 初めは会話するどころか目を合わせることすら中々適わず、リーチェは苦労を強いられた。それでも彼女と仲良くなりたい一心でリーチェはアリゼに声をかけ続けた。

 その努力が実ったのか、ほんの少しずつではあるが会話は増え続け、いつしか侍女と姫という関係を超えて親友と呼べる繋がりになっていった。


 二人が親密になった頃、アリゼは世間を知るため、また学を得るために身分を隠してかつてリーチェが通っていた教会の学校に通うことになった。リーチェもお目付け役として共に行くことになった。

 人見知りのアリゼが溶け込めるかどうか不安があった。そして危惧した通り、アリゼはコミュニティに中々馴染むことができなかった。

 しかし自身とは仲良くなれたんだ。時間はかかれどきっと大丈夫だ。リーチェはそう信じて最低限の介入でアリゼを支えた。

 彼女の持つ愛嬌や不思議な人徳からか次第にアリゼの周りに人が集まり始めた。いつしかリーチェがいなくとも遊びの輪に加われるほどに。それに寂しい思いを抱いてしまったのは無礼ではあるけど仕方のない事だった。ただアリゼはリーチェがいないことに気づくと必ず誘ってくれて、それに誇りを感じるようなこともあった。


 こうして順調な学園生活を送る日々にちょっとした事件が起きた。

 たまたまその日、諸用でアリゼと別行動をしていたリーチェは生徒の一人からある情報を聞いた。


 ――アリゼちゃん達、今日は裏通りの方に探検しに行ったらしいよ。


 それを聞いてリーチェはすぐさま駆け出した。

 

 裏通りとは王都・ラウニヌスの影である。日差しの当たらない雑多な路地で、貧困層が暮らす通りだ。治安も悪く、怪しげな薬を売っている商人や犯罪者も多く見受けられる。

 世界を知るため、基本は自由にしてもらって構わない――というのがディオンの方針であったが、裏通りだけは危険だから立ち寄らせないで欲しい。それがリーチェに与えられた使命だった。


 ここ最近のアリゼはリーチェがいなくとも問題はなかったため、目を離す時間が増えていた。侍女として失格だ……。

 油断していた自分を恨みながらリーチェは裏通りへ急いだ。


 通行人から話を聞き出してアリゼの居所を探し出す。少ない情報の割にリーチェは早々とアリゼを見つけ出すことに成功した。

 アリゼ達の前には屈強な男が三人程立っていた。下卑た笑みを浮かべてアリゼ達に話しかけている。

 曲がり角で身を潜め、念の為にと渡されていたナイフをこっそりと取り出した。いくら訓練を積んでいても、正面から大の男に敵うほどの強さを自分は持ち合わせていない。身が引き裂かれそうな思いを感じながら機会を窺う。

 堰が切れたのか、今まで優しく話しかけていた男が強引に一人の少女の腕を掴んだ。その少女は悲鳴を上げて必死に振りほどこうとしている。

 男の顔を見ると血筋が浮かんでいるのが見えた。これ以上怒りを覚えたら何をしだすかわからない。勝算は薄いけれど、今行かなかったら手遅れになってしまう!

 腰を上げて姿を見せる直前だった。凛とした声が薄暗い路傍に響き渡った。



「……そ、そこまでにしなさい。これ以上、私の友達を乱暴するようでしたら許しません」

 


 それはひ弱だと思っていた小さな姫が発した声だった。



「……は? 何だお前」

「その手を離してください。こ、これはお願いではなく命令です!」



 男たちより背が一回り小さいはずなのに、アリゼは彼らの前に立ちはだかって目を正面から見ていた。つい先程までビクビク怯えていた少女が急に強気なことを言い出すものだから、男達もキョトンとしている。

 その機会を見逃すわけはなかった。

 男達がみるみる顔を赤くしていくその刹那に、身を低くしてナイフを片手に突っ込んでいく。



「アリゼ様に手を出すな!」



 不意をつかれた男達は俊敏なリーチェに抵抗の一つも出来ずに呆気無く沈んだ。結局ナイフすら使わず事は終わったのだった。



「助けに来てくれたのですね、リーチェ」

「はい……。それよりもアリゼ様、お怪我は!?」

「私は大丈夫です。それよりも……彼女たちを先に」



 アリゼの後ろには未だ身体を震わせ続ける幼き子達がいた。

 よく見るとアリゼの足も震えていた。彼女も恐怖を感じていたのだ。なのに後ろの子を心配させないために見栄を張り、彼女たちを引っ張ろうとしている。

 その時初めて、アリゼは優しいだけの少女でないことをリーチェは悟った。芯は強く勇敢で、人の前に経つことができる。彼女には国の上に立つ能力が備わっている。



「それと……リーチェの方こそ無事で良かったです」



 その言葉とアリゼの笑顔を見たその時、リーチェは強く彼女を守りたいと思った。彼女が治めていく国を共に見守っていきたいと心の底から感じた。



 事件があってから暫くの時が経過した後、リーチェは侍女を降りた。アリゼを違う形で助けていきたい――そう言って、近衛兵に志願した。

 その頃には近衛兵の隊長として頭角を表していたシリウスの元で己を鍛え続けた。アリゼを守るため、国を守るため……。どんなに厳しい訓練でもその強い思いがリーチェを前に進ませた。

 

 やがて歴代最高コンビと噂されるほどとなったが、それが長く続くことはなかった。

 後に歴史に刻まれることになるバルアド大戦が発生。混乱の最中でアリゼが攫われたというのだ。

 これを受けて近衛兵は極秘に行動を開始。アリゼ殿下を救出する精鋭を集めた少数チームを編成。その中にはシリウスの姿もあった。



「どうして私ではなく兄上が!? どう考えてもおかしいではないか!」

「俺が言い出したんだよ。リーチェはアリゼ様のことになると盲目になるからな。想う気持ちが強いのはいいことだけど……未熟なお前にはそれが仇となる」

「だからといって兄上が行く必要はないはずだ!」

「だーかーらー。俺が言い出したんだ。戦場に出るって。近衛軍は皆優秀だ。俺がいなくてもなんとかなる。俺は隊長として国のお宝を守り通さなければならない。それに……お前の気持ちを誰かが代弁しないといけないだろ? 俺がリーチェの想いを引き継ぐよ。なーに、心配する必要はないさ。アリゼ様とお手てつないで返ってくるさ」



 戦場に出兵を志願した者は近衛兵であっても、ただの軍人の一人となる。もはや守るための兵ではなく戦うための兵であるからだ。

 そこでは命を落とす可能性だって十分にある。だからリーチェはシリウスを止めようと必死だったのだ。



「私は皆が思っている以上に弱い人間だ。アリゼ様がいなくなっただけで衰弱しているというのに、もし兄上も帰ってこなかったらと思うと……!」



 リーチェの叫びにシリウスは長く息を吐いた。それからシリウスは腕を伸ばすとリーチェの髪をワシャワシャと撫で始めた。リーチェをからかっている時や、落ち込んでいる時にシリウスはよくこうして頭を撫でてくる。



「全く、悲しそうな顔すんなよ」



 ――しかし、そう言った兄が帰って来ることはなかった。


 シリウスが消えたことで戦争が終わった後も近衛軍にはしばしの混乱が残った。代わる代わる隊長の座を回し続け、少しずつ統制を図っていった。そして最終的にリーチェが隊長として任命され、新生近衛軍をまとめていくことになった。


 始めは悲しみに打ちひしがれていたが、部隊の頂点を務めることになると悲しんでる余裕は無くなった。代わりに生まれたのは兄のように立派なリーダーとして振る舞うことだった。

 ただ女性であること、兄より能力が劣ること、また人の前に立つことに慣れていないため、多大な努力が要されることになった。

 必要以上に強く厳しく振る舞い、時には残忍といわれたことすらある。それも全て国を守るため、大切な人を守る強さを身に付けるためであり、その頂点に立つ者として舐められないようにするためだった。


 けれど、それは間違っているのかもしれない。

 隊長としての風格が身についた頃、リーチェは自分の方針が間違っているのかもしれないと思い始めていた。

 そんな折、彼女の弱さに鞭を打つようにアリゼの脱走事件が起きる。

 

 そこで彼女は、容姿も性格もまるで違うのにどことなくシリウスと似ている青年――ユウトと出会うのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 最初に視界に映ったのは灰色の天井だった。



「リーチェ……! 目覚めたのですね!」



 声がした方を見ると今にも泣きそうな表情をしたアリゼがいた。



「アリゼ様……?」

「少し待っててください! すぐにお医者様とユウトさんを呼んできます」



 口を開くよりも先にアリゼは部屋を出て行ってしまった。

 ここは……どこだろう?

 灰色の天井に、石を塗り固めたようなゴツイ壁。どうやらプロメウヒ砦にいるようだ。

 頭のなかに少しずつ目覚める前の記憶が蘇ってくる。意識を失う直前に激しい怒りに囚われ、気がつけばここにいた。

 どうやら私はあれから気を失ってプロメウヒ砦に――となると、ここは多分医務室だろう――運ばれたようだ。気を失っている間、随分と長い夢を見たような気がする。

 それにしても、私はまた……やってしまった。自分の弱さを見せてしまった。一時の感情に支配され、全てを失いかけていた。

 悔しさと恥ずかしさで涙が出そうになる。私は惨めな人間だ。なんてなんて弱い人間なんだろう。兄上、やはり私は……!



「お、リーチェ。ようやく目覚めたか」



 扉が開けられ、急いで目尻に溜まった涙を拭う。

 軽い声の正体はユウトだった。ただ、何だかいつもと違って見た目に違和感があった。



「全く、お前は世話の焼けるやつだよ」

「ユウトには……言われたくない」

「ユウトさんは素直じゃないですね。ユウトさんのことは許してやってください、リーチェ。俺がずっと付いてるって言いいはって、徹夜で傍に付いてたんです」

「な、アリゼ、それ言うなって!」



 ユウトの後ろにいたアリゼが笑いながら言う。

 違和感の正体は隈だった。ユウトの目元に隈がある。



「心配をかけたようだな。……すまない。早速で悪いが、何があったか教えてくれないか?」



 ユウトとアリゼは互いに顔を見合わせる。それから顔を引き締めて気を失ってからの出来事を語り始めた。



「魔王と呼ばれる者の顕現……」

「ああ。その場で考えたにしてはゾッとする単語だったよ。魔物達を払うことには成功したけど、収穫はそれぐらいか。奴らが何か企んでるのは一目瞭然だったからな……」



 腕を組み、うーんと唸る。突拍子もない出来事をこうして冷静に分析出来るユウトは只者ではないのかもしれない。

 それに比べ、自分は……。



「もしもユウトが機転を利かせていなかったら……全滅していたのだな」

「……どうだろうな。あの時は必死だったから」

「いいや、聞く限りはそうなっていたであろう。本来、その役目は私のものだ。なのに私は憤怒を抑えきれず、全滅の危機を招いたどころか魔族との全面戦争の発端を生むところだった。これは私の落ち度だ」



 ユウトは何も言わず、ジッとこちらを見てきていた。アリゼも物悲しげな瞳でこちらを見ている。

 これ以上は駄目だと分かっているのに、一度吐き出したらもう止まらなくなっていた。



「想いが強いだけなんだ、私は。結局何一つ自分で大切なものを守ることができていない。誰かが傍にいないと強くなれない……いや、虚栄を張ることすら出来ないのだ。私に守る力なんてない。騎士だなんて騙りに過ぎない……」



 もう、止めよう。これ以上意地を張っても大切なものを守り抜くどころか、大切なものを手の平から零してしまう。一族には悪いが、きっとここが潮時だ。私はもう強き騎士では……ない。


 不意に、頭の上に暖かい何かが触れた。それは乱暴に髪をワシャワシャと撫でてくる。振り払おうとするがそれは太くて力強いので押しのけようにも簡単にはいかなかった。

 それの正体を見極めようと顔を上げる。ユウトが呆れたような顔してこちらを見ている。頭の上に置かれた何かの正体は彼の腕だった。



「全く、悲しそうな顔するなよ」



 彼はニッと笑う。



 ――今でも時々夢を見る。

 その夢では必ず決まって同じ人物が出てきた。



「心配するな。お前は――」



 そこでいつも夢は途切れる。

 私はその都度名残惜しいものを感じる。

 何故ならその言葉はとても大切な宝物なのだから――。


 何故、その言葉は大切なのだろう。何故、私は夢の続きを見ることが出来ないのだろう。

 それはきっと、自分でも気づいていた。私は弱いことを自覚して強者を演じていたからだ。演じるのではなく、自己暗示でもかけていたなら――私はその先を、兄から貰った大切な言葉をもう一度聞けるはずだった。

 自らの呪縛で封印していた言葉。私をここまで挫けさせずに立たせてくれたその言葉。


 夢の中のシリウスと目の前のユウトの顔が重なった。



「「――俺なんかより十分強いさ」」



 ――そう、私は既に貰っていた。実力で身につけられる以上の強さを兄さんから。

 ――そしてまた貰う。ユウトという青年から。次こそは忘れないようにと同じ強さを。



 夢の中のシリウスは言った。



「だから、頼むぜ。俺とお前が大好きなこの国を……大切な人を守ってくれ」



 シリウスが遠ざかっていく。リーチェをおぶってくれた大きな背中が小さくなっていき、やがて見えなくなった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……あまりビビらせるなよ。急に泣き出されたらどうしていいかわからなくなる……」

「す、すまない。ユウトの言葉が大切な人から貰った言葉にそっくりでつい……」

「その大切な人って……まさかシリウスさんか?」



 中々にユウトは鋭い。隠し通せそうにはなかった。



「ああ、そうだ」

「……とても良い顔をしてますね」



 アリゼが愛くるしい笑みを見せながら言った。



「憑き物が落ちたようにすっきりした顔です。やっぱりリーチェは可愛いです」

「そうそう。この前飾ってあったドレスを着て貰ったんだけど、この時の破壊力が凄くてな」

「あ、それ私も見てみたいです」

「ということはもう一度着ないとな」


 

 ニヤッと笑いながらユウトが振り向いてくる。



「余計なことを言うな、ユウト……?」

「ごめんなさい、冗談です」



 凄みをきかせるとすぐに顔を引き攣らせて謝ってくる。分かっているのならよしておけばいいものを。



「ははは、引っかかったな、ユウト。アリゼ様が望むのであれば私はいくらでもドレスを着るぞ」

「……らしくないな」

「そうでもないぞ? あれは……」



 ユウトからもらった大切な物だ。似合うといってくれたものを披露せずにいるのは勿体無い。

 と言葉を続けようとしたが、なぜだかとても恥ずかしくなって、躊躇する。



「……いや、なんでもない」



 二人がキョトンとした顔を浮かべる。それを見ていると愛おしささえ感じる。

 自然と頬が緩むのを自覚しながら改めて決意する。



 私はあなた達を命がけで守ろう。あなた達が暮らすこの国を守りぬいてみせよう。

 だって私は――高邁な騎士なのだから。




【3章 ―高邁な騎士― END】


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