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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
3章 高邁な騎士
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8話「兄の面影」

 ――アルバーナの一族は代々王家に仕えてきた。


 

 既に亡き青年の、長いようで短い物語はその言葉から始まった。



「アルバーナ家は王家を外敵から護るため、守護者として常に傍にいた。時代は変遷し、その立場は近衛軍の隊長へとなっていった。私みたいに女がその役目に就いたことも何度かある。といっても、片手の指で足りるほどの回数だがな」



 ユウトは何となく片手を眼前に出して五本の指を見た。



「普通は長男が跡継ぎとして育てられる。女性が隊長になるのは、男兄弟がいなかった場合に限る。よって私のような経緯で隊長の座に付いたものは恐らくいない。非常に特殊な例だ。何せ、アルバーナの性を持つ女性の殆どは王家直属の側近あるいは使用人になるのだからな。話を戻そう。私の兄――シリウス・アルバーナは生まれた時から近衛軍の隊長になることを運命づけられていた。兄上もそれを受け入れていた」



 兄上。それがシリウス・アルバーナをリーチェが呼ぶ時の本来の呼称なのだろう。



「兄上はとてもセンスが良かった。一を教わり十を知るようでな。元々アルバーナの血筋は剣や盾の扱いは常人より高いが、兄上の場合アルバーナ一族の中でも抜きん出ていた。……しかし……」



 その後に言葉は続かなかった。

 大体予想はつく。非常に高い技術力を持っていたにも関わらず、シリウスは亡くなった。大きな歴史のうねりの中では英雄といえど、あっさり死ぬ。生き残る人間は強運なやつだけで、シリウスはきっと運がなかった。あるいは英雄だからこそ彼は歴史から消滅した。



「そのためか兄上は史上最年少で近衛兵の隊長となった。彼は得物以外のスキルでも優秀だった。誠実で真っ直ぐな彼は近衛軍をまとめる力や指揮する力にも長け、軍内では年功が低いにも関わらず人望も厚かった。そんな兄を私は誇らしげに思ったものだった」



 リーチェの声は心なしかいつもより柔らかかった。長い語りの中に兄の姿を見出しているのかもしれない。



「兄上が隊長になって数年経った頃、私も色々思うことがあって近衛兵に志願した。兄上が隊長を務めてた頃は兄妹の甘えを捨て、一対の上司と部下になった。私は兄上に追い付くため必死に訓練に励み、兄上は厳しく指導した。そんな日々が続いたある日、戦争が……バルアド大戦が始まった」



 きたか、とユウトは思った。話の主題であるシリウスを帰らぬ者にしてしまった全ての元凶。それだけじゃない。周辺の国々の変化やアリゼの誘拐事件など、バルアド大戦は今の世に多くの爪痕を残している。

 かつてユウトのいた現代でも大きな戦争は後の世に大きな影響を与えた。だからバルアド大戦は今現在ユウトが知る弊害以上に多くの因果を残しているのではないか。となれば、バルアド大戦はこの世界を紐解く「鍵」であり、自分自身がこの世界に呼ばれた原因にも繋がってくるのかもしれない。



「近衛兵であるがゆえ、与えられた仕事は城や王都、王家の人間を護ることが主だった。しかしある事件が原因で戦火に飛び込むことになった」

「ある事件ってアリゼが何者かに攫われたことか?」

「な……! 知っているのか!?」



 リーチェが勢い良く起き上がる音が背後から聞こえた。ユウトはそのままタンスを見つめながら淡々と答える。



「まあ、ちょいと陛下と話してな。詳細は知らないけど、そういうのが起きたってことだけは聞いてる」

「そ、そうか。では変に隠す必要はないな。アリゼ様を救出するべく、兄上を含めた精鋭の兵達が戦場へと向かった。その戦争で兄上がどうなったかはもう言わなくてもわかっているだろう」

「……ああ」



 ユウトとリーチェがこうして寝ている場所に部屋主はいない。……つまりは、そういうことだ。



「兄上の最期については兄上と共にバルアド王国へ向かい、生きて返ってきた兵士から聞いた。決定的瞬間を捉えたわけではないが、彼は魔族に剣を振るい、そしてやられたようだ、と」



 リーチェの声には悲しみの色が混じっていた気がした。



「……そうか。シリウスさんは魔物にやられたんだな」

「魔物といっても魔族だけどな。兄はたかが魔獣程度には引けをとらん」



 リーチェが細かく指摘してくる。魔物、魔獣、魔物。どれもたかが一字違うだけではないか。

 と思ったが、もしかしたらそもそもの認識が違うのかもしれないと思い至った。



「魔物と魔族と魔獣って全くの別物なのか?」

「……アリゼ様の秘密を知ってるくせに、これらの違いは知らぬのだな」



 はあ、とため息をつくリーチェの姿が容易に想像できた。



「まず、魔物とは魔族と魔獣を一括りにした呼称だ。これはあくまで我々人間と敵対する魔族と魔獣をカテゴライズしたものと考えてよい。そして魔獣についてはユウトも少なくとも一度は遭遇してるはずだ」



 ユウトは直ぐにその時の記憶を思い出す。

 あれはアリゼと会って数時間後の出来事だ。魔力に満たされた迷いの森に捕らわれ、疲弊した所を狙ったかのように凶暴な獣に出くわした。そういえば、あの時にリーチェとも初めて会ったんだった。



「その魔獣を想像すれば分かることだが、要は魔獣とはその身に魔力を溜め込めきれなくなって本能のままに暴れる獣のことだ。知性がなく、人間以外にも無害な動物も襲ったりする」



 魔力についての説明は全身筋肉痛で動けなくなっていた時にライナルトから聞いた。曰く、



魔力マナはこの世界を形作る存在だ。集まれば火を起こせるし、雷を生成出来る。水を作り、それを冷やせば氷を生み出せる。一方通行であり、一定速度を保つ時間も膨大な魔力さえあれば、歪めることだって出来る。まあ、それを実現するにはこの世界に存在するありとあらゆる生物の魔力を譲り受けでもしない限り、今の所は不可能だけどな。

 もっと簡単に言ってしまうと魔力は酸素のようなもんだ。新鮮な酸素を吸うと、体に良い効果がもたらされるだろう? あれと同じで、魔力を上手いこと循環させると怪我の治療を促進したり、一時的な身体能力の強化も行える。だけど無境に魔力を取り込もうものなら話は別だ。酸素も摂取のし過ぎは毒だ。

 魔力を過剰に取り入れた場合、まず体内にある魔力の貯蔵庫が破壊される。貯蔵庫から漏れ出た、限界を超える魔力が体内に溢れる。身体能力を強化できることから推測できるだろうが、魔力は体内器官や神経に影響を与えるんだ。勿論、脳にもな。そうなると人はどうなると思う? 各器官は暴走し、脳を魔力に侵食されたらまともな思考が出来なくなる。強化された体の繊維は限界を超え、破裂する。

 そうなったら人はもはや人じゃない。魔獣と化した人間。魔力に命を吸われた魔物。その状態を俺たちは魔力暴走って呼んでいる。

 まあ、安心しな。そうなる前にキャパシティをオーバーして苦しみが生まれる前に普通は死ぬ。あるいは痛みを感じるといった人間的機能も失われているかもしれない。

 どちらにせよ、ユウトには縁のない話だけどな……!」



 アサンタは痛みから少しでも遠ざけるために気をそらすためにうんちく話をしたはず、と言っていたが恐らく違う。

 魔力による便利な治療が効かないために長い愚痴と文句を説明と評してぶつけてきただけだろう。



「魔力暴走を起こした生物って解釈でいいのか?」

「あながち間違いではない。魔獣になりうる生物たちは人間と違い、魔力を循環させ消費させる機能が劣っているんだ。それでいて、人間よりも強靭な肉体を持ったものが多い。結果的に体が壊れるよりも先に脳が壊れ、原始的な破壊衝動に包まれ、本能の限り暴れ尽くす。それが魔獣だ」


 

 ただこれらの撃破はそれほど難しいことではないらしい。本能のままに動くということはつまり、単調な攻撃しかしてこなくなるので一定以上の実力さえあれば難を逃れられるらしい。鍛えればユウトでも何とかなるとまでリーチェは言った。

 問題なのはそれが単体ではなく集団で現れた場合だ。彼らの多くが狩猟は集団でやるもの、と『本能』で理解しているため、正気を失っても同種を仲間だと認識し、数で相手を圧倒する。

 こうしてリーチェと共に過ごすことになった根源もプロメウヒ砦に大量の魔物(魔獣と特定していないが、魔物と呼ばれたら大半は魔獣を指すらしい)が発生したことによるものだ。原因の究明を望まれるほど大量発生したと考えると、東の国境にはどれほどの魔獣が生息しているのだろう。途轍もない数の魔獣が眼前に広がる光景を想像してユウトは戦慄した。



「文字通り獣ってわけか。で、魔族っていうのは一体……?」

「例えばの話だ。誰かが魔力暴走を起こしたとする。だがその人物は特異な体質で、魔力暴走に耐性のある肉体を持っていた。この場合どうなると思う?」

「耐性があるってことは理性を保つことが出来るだろ。それでいて、無尽蔵に溢れている魔力を利用することが出来る。……まさか、魔族っていうのは」

「お察しのとおりだ。魔族とは魔力暴走状態でも己を保ち、それどころか無限の魔力を行使することが出来る、いわば知性を持った魔獣だ」



 この世界では魔法が存在しているが、それがむやみやたらに使われているわけではないのは魔力の扱える量が限られているというのがある。日々の生活に応用できる簡単な魔法ならまだしも、軍団を圧倒するような大型魔法を使える人間は限られているのだ。

 しかし魔族はその限界がない。故に一体一体が兵器を用いているほどの危険さを持ち、また作戦を練るほどの知力がある。……人間からしてみれば、脅威の存在だ。



「その絶対数は魔獣はおろか、人間よりも圧倒的に少ないがな。あと、いわば知性を持った魔獣といったがあくまで例えだ。彼らは魔力暴走を起こしているんじゃなくて、生まれつき魔力暴走を起こした時と同じような身体を持ち合わせているだけだ」



 実際に調べたわけではないが、魔族にはそもそも魔力の貯蔵庫なぞ体内器官に存在しておらず、魔力を制御する力に長けているのでないか、と学者たちは予想しているらしい。



「人間は魔力を利用しているだけで、それがなくても何も問題はないが、魔族は魔力を生きていくために必要な物質……人間にとって食物と同じような存在でないのか、と謂われている」



 しかしどれも予想だけで正解は分からない。彼らは滅多に表舞台に現れず、人と交流すること自体が稀であるからだ。



「そんな魔族がどうしてバルアド大戦には姿を見せたんだ?」

「奴らも人間が支配する領地を狙っているのだろう。あまり目立った活動はないが。実際、バルアド大戦の影響で奴らの行動範囲は拡大された」



 戦後の領土範囲を頭のなかに思い浮かべる。元バルアド王国のほとんどはウルカト王国とマイアルズ王国のものとなったが、東のほんの一部は<魔界>に侵攻されていたはずだ。



「シリウスさんはその魔族にやられたってわけか……」

「ああ。どこでどうやって奴らと出くわしたのか、あの時戦場で何があったかは分からないが、魔族が兄上の死に関わっているのは事実だ」



 リーチェの声には怒りが込められていた。



「……リーチェは」



 肉親が殺されたのだ。彼女の憤懣や憎しみはもっともだろう。けど、それらの感情に溺れて生きているわけではないはずだ。そのことを確かめるためにユウトは聞いた。



「お兄さんの死をまだ乗り越えていないのか?」



 しばしの沈黙。激情のこもった肉声か、悲しみに支配された音声のどちらかを予想していたが、返ってきたのはあまりにも淡々としたものだった。



「……どうなんだろうな。兄上を失った喪失感や、大切な人を奪った魔族には恨みの気持ちもあると思う。だが、私の前から消えるはずがないと思っていた人物が突然消えて、それを今も受け入れきれてないというか、信じられないという気持ちは少しある。実感がわかないんだ。そういう意味ではまだ乗り越えてないのかもしれないな」



 その気持ちはユウトにもよくわかった。

 あの日。ユウトの世界が大きく変わった日。大切にしていた人間が音もなく消え、それを受け入れられぬまま数日、数ヶ月、数年と過ごしていった。しばらくの日付が経てば、「消失した現実」に気づき、変化した日常に相槌を打つように過ごし始める。それでも心の中では、納得しきれていない自分がいて、でもそれを認めてしまったら一歩も前に進めないような気がして……心のなかに出来た穴から目を逸らす。納得出来ない現実に無理して蓋を閉めて生きていくしかないのだ。



「……俺も協力するよ」

「え?」



 同じ思いを描く少女に出した答えはそれだった。



「俺も協力する。何がどのくらいできるか分かんないけど、魔族の問題は国に関わる問題でもあるんだろ? なら必然的に魔族については考えなきゃいけないわけで、その過程でシリウスさんの死の真相も見えてくるかもしれない。ただ、そのためにはリーチェの協力が不可欠だ。魔族のことを調べるには嫌でも奴らの根城に踏み込む必要がある。そんときに俺の身を守ってくれる人間と、一応自己防衛が出来るくらい鍛えてくれる人物がいなきゃ話にならないからさ。その二つの役目はリーチェに果たしてもらいたい」



 すぐに返事は来なかった。ただ少し待つとクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。



「フフフ、突然何を言い出すことを思えば。その程度の助力ならお安い御用だ」

「さすが天下無敵の高邁な騎士だこと」



 皮肉とも取れるような言動だったが、顔は笑みで溢れていた。



「言ってくれるな。……なら明日からはビシバシ行かせてもらうぞ」

「お手柔らかにお願いします」



 いつしかリーチェの言葉には晴れ晴れしさが戻ってきていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 昨夜の雨模様が嘘のように外は晴れ渡っていた。

 ユウトが目覚めた時、すでにリーチェは部屋にいなかった。洗顔に行くついでに彼女の部屋を訪ねてみたが中に人がいる気配はなかった。

 冷水を顔にかけて、重たかった瞼をほぐしてやる。完全に覚醒したあと、リーチェが寄りそうな場所へ向かう。

 ユウト無しに朝飯の準備をすることはないはず。なら早起きして体を動かしているか、あるいは馬の世話をしているかのどちらかだろう。

 玄関の扉を開けると、そこには案の定爽やかな汗を流すリーチェがいた。



「おはよう、ユウト。昨夜は迷惑をかけた。よく眠れたか?」

「ああ」

「なら良かった。不安だったがどうにか晴れてくれた。というわけで、今日から特訓再開だ」



 威信高く地にを足を付けた彼女は、空に浮かんだ太陽の日差しのように柔和に口を綻ばせた。



「……あ、でもその前に朝餉の用意をお願いする……」




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