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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
3章 高邁な騎士
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3話「訓練の代償」

「災難だったなあ。ま、ドンマイだ」

「ニヤニヤしながら言う台詞じゃないぞ、それ」

「あれ、違ったか」



 指摘してもなおライナルトは見ててムカムカする笑みを浮かべていた。

 色々言ってやりたいことはあったがユウトは自制した。憎まれ口を叩くライナルトもなんやかんやで治療をしてくれたし、何より大声を出したりしたら筋肉が悲鳴を上げてしまう。


 ユウトは今、介護施設で寝たきりになってしまった老人のようにベッドで横たわっていた。

 頭に衝撃を受けて、打ち所が悪かったせいで身体が麻痺してしまった――なんてわけはなく、ただの筋肉痛である。

 といっても一流のアスリートですらお目にかかれないような究極の全身筋肉痛だ。少しでも身体を動かせば、フルスイングした金属バットで打撲を受けるような痛みが走る。

 ライナルト医師の見解としては筋肉痛で済んだのが奇跡だという。一歩間違えれば健が切れ、肉が切れ、二度と歩けない身になっていたそうだ。

 ゾッとしつつもこれが近衛兵隊長の実力か、と感心もした。……正直、褒められたものではないが。



「だが驚いたな。ユウト自身に魔法が効かないとは……表面に魔力を張って負担を軽減させるのがようやくだ」



 この世界での医療術は基本的に魔法を利用したものであると治療中にライナルトが言っていた。この世界には魔力(マナ)が自然と存在しており、それらは生物の体内にも内包されているらしい。ただし生き物が魔力を蓄える器は個々によって大きく違うようだ。



「俺はよく常人の数倍――それこそ魔族に匹敵するほどの魔力量を有することが出来る。けど、ユウトの場合は真逆で体内に魔力を保有する器が存在しない」

「本当だったら今日中にも普通の筋肉痛の程度に出来たはずなんですけどね。魔力を有してなかったら身体機能を促進することが出来ないから、表面上を軽くして筋肉に負担をかけないようにする応急処置しか出来なかったわけです」



 ライナルトの隣で包帯などの医療道具を片付けていたアサンタが補足する。

 彼らの本来の職業は宮廷魔術師。魔法の研究を進めて世の中を発展させるのが主な使命だ。だが、魔法がそのまま医療技術にも繋がってくるため彼らは同時に医師の資格を持っていた。

 アサンタはその中でもリーダー的ポジションに立っていた。ライナルトと比べると魔力量も技術も下回るが、いい加減なライナルトよりも真面目で美人な女の子である彼女に支持が集まったわけだ。ユウトもそれを聞いて妙に納得した。

 


「これってやっぱり、ユウト様が異世界からやって来た事に関係があるんでしょうか」

「十中八九そうだろうな。この世界で生まれた生き物で魔力が備わってないやつは見たことがない。ユウトみたいに魔力が全くないってやつはこれで二人目だろう」



 その言葉を受けてユウトは眉をピクリと反応させる。

 二人目ということは、彼は以前にもユウト同様、異世界人を相手に何らかの病気や怪我を治癒しようと試みたことがあるということだ。

 一仕事終えたライナルトは白衣に備わったポケットから細長い白い円柱の何かを取り出すと、指の先端に火を灯して(恐らく魔法だろう)その何かに火を付ける。それから口に加え、ゆっくりと煙を吐き出した。……どうやらタバコのようだ。



「あ、こらライナルト! お二人の部屋で吸っちゃ駄目でしょ!」

「……研究所は全室禁煙で、城の中でも吸える場所は限られてる。個人的な場所でも駄目なら喫煙者の立つ瀬がなくなる。世の中ってのは世知辛いねえ……。姫様、ここは禁煙ですかい?」

「いえ、特別な決まりはないですよ。ライナルトさんにはお世話になりましたし、止める道理はありません」

「だってよ、アサンタ。残念だったな」

「勝ち誇った顔すんな! 駄目って言われてなくてもモラルやマナーってのがあるでしょ!」



 バシッとアサンタがライナルトの頭をはたく。ライナルトは叩かれた感想を呟きながら顔をしかめた。アサンタが全く……とぶつぶつ言いながら呆れている。

 これが多分、二人の普段の姿なんだろうと一連のやり取りを見ていたユウトは思った。



「ライナルトさんにアサンタさん、緊急の呼び出しにも関わらず今日はありがとうございました」



 アリゼは二人に向かって丁寧に頭を下げた。……一応、アリゼの方が身分が高いはずなのにいいんだろうか。

 ユウトの考えはあながち間違っていないようで、アサンタは大いに慌て、ライナルトも戸惑いを交えた笑みを浮かべていた。



「別にお礼なんか必要ないですよ。生意気なユウトの面白い姿も見れましたしね」

「言ってくれるな」

「本当のことだろ。姫様の声がするから駆けつけてみれば、うずくまるユウトがいたんだ。そのさまはまさに真っ白に燃え尽きたようでな。いや~あんなの滅多に見れたもんじゃない」

「言っておくけどな、ここに辿り着くまでもの凄く大変だったんだぞ!」



 訓練自体が終わったのは昨日の夕方で、そこから直線にして一キロニキロない道のりを数時間かけて移動してきたのだ。激痛に何度も襲われてその度に意識を失いそうになった。もしかしたら短い間気絶してしまった時だってあったかもしれない。アリゼの顔を拝めた時は、天界で待ち受ける天使に迎え入れられたような気分になったものだ。



「お前の体を直すのだって一苦労だったんだからな」



 と、ライナルトはユウトの腕を持ち上げたかと思うと、おもむろに二の腕をパアンと叩いた。



「くぁwせdrftgyふじこlp!!」



 直後、電撃のような痛みが走るとともに、意味のなさない言葉が喉から飛び出た。



「治療するために体を動かす度にこれだ……。耳がキンキンしてたまらなかったんだからな」

「す、すまん……お、俺が悪かった」

「分かればよし」

「怪我人をいたぶる馬鹿がいるか!」



 フン、と鼻を鳴らしてふんぞり返るライナルトにもアサンタから強烈な一発が入る。「ぐおお……」と呻きながら頭を抑えて丸くなる。



「こちらこそご迷惑をおかけしました。どうかお大事に。この馬鹿にはお灸をしっかりと添えておきますので……。アリゼ様とユウト様の邪魔をするのもいかがと思いますし、今日はこの辺でお暇しますね」

「はい、本当にありがとうございました」

「おい、ちょっと待て。今のうちに俺とユウトの優位性をハッキリ示しておく必要が……」

「寝言は寝て言おうか」



 笑顔で威圧的な発言をしながらアサンタはライナルトを引きずっていく。アリゼは彼らの姿を見て苦笑しながら見送りに行った。

 玄関の開く音がして、最後にもう一度挨拶を交わしたようだ。しかしその直後、アリゼが驚いたような声を挙げた。



「あれ、そこにいるのはリーチェですか?」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「どうぞ、飲んでください」

「お手数かけてすいません、アリゼ様」



 アリゼがベッドの傍の机に二人分のお茶を差し出す。ペコリと一礼してアリゼは部屋を出て行った。恐らく、ユウトとリーチェの間に漂う空気を察したのだろう。

 普段なら、アリゼが使用人のような行動をしたことにリーチェは反応するだろう。しかし今は過剰な反応もせず、いつもの様子が影も見当たらない。

 どうしたものかと、不自由な腕をゆっくりと動かしてお茶を飲みながら考える。気丈なリーチェならばいくらでも話しかけることができるが、真正面から落ち込んだ顔を見せられると軽口を叩く余裕が全くない。

 


「……すまなかった」



 しばらくの沈黙の後、リーチェはようやくその重たい口を開いた。

 


「えっと、何がだ」



 考えれば分からないでもないが、ユウトはあえてとぼけた。



「その怪我のことだ」

「その怪我ねえ……」



 「その」と言われても見た目だけなら特に変わりはない。普段のユウトを知る者ならいつもと同じ健康体と答えるはずだ。とはいっても、元気だと勘違いされて体を揺さぶられたり、起き上がらされそうになったとしたら、たちまち喉を潰すぐらいの絶叫を上げるに違いないが。



「ユウトが普段運動していないことは聞いていたはずなのに、私はそのことを気にも留めず過酷な訓練を要求してしまった」

「……つい熱が入ってしまうことなんて誰にでもあるだろ。それにいつもリーチェをからかってたから、不平が少なからずあったんだろ? リーチェにその気がなくとも、鬱憤を晴らすチャンスとなれば無意識にきつく当たることだってある。要は身から出た錆ってことだな」



 そうじゃなくとも、弱みがあれば漬け込もうとしてくる奴だっているのだし、ライナルトの顔を思い浮かべる。



「最初はそのような邪神があったとは否定しないが、そもそも私は公私混合は避けている。訓練中の私と城で接する私は心の持ちようが違う。完全に切り離されてると言っていい。昨日の訓練中だって普段のユウトに抱いている印象は感じていなかった。つまりこれは誰のせいでもなく、私自身のせいだということだ」



 常に前を見据えているはずの瞳が今日は下を向いていた。今のリーチェは女々しく、しおらしい少女そのものだ。憂い目のある女性は謀らずとも美しく見えるが、リーチェがその対象だと違和感を覚えた。



「おいおい、仮にも近衛兵隊長がそんな顔するなよ。唯の美少女が彼氏のお見舞いに来てるだけみたいだろ」



 リーチャが気弱なのは似合わないぞ、と遠回しに意味を込めて普段のような言葉を使う。だが、リーチェは更に陰を落として深い溜息をついた。



「……そうだな。やはり、私は女なのだ」

「リーチェ?」



 予想外の反応に思わず名前を呼んだ。



「私は常々、他の団員からも厳しすぎるとよく言われている。自覚はしているが、おいそれと直すことは出来なくて……またもやこのような事態を引き起こしてしまった」



 ユウトの言葉に反応したのか、はたまた彼女自身が自ずと気持ちを吐き出したのか、ユウトには判別が出来なかった。

 それにしてもまたもやということは、過去にも似たような経験をしたことがあるということだろうか。同じ過ちを繰り返したために彼女はこうもヘコんでいるのだろうか。



「……よし、今のリーチェは兵士じゃなくて弱々しい女の子だ。男としてどんなことでもドーンと受け止めてやろう。ってなわけで、どういうことか言ってみな。良かったら聞くよ」



 あくまで自分らしくキザに、けど弱音を吐けるような環境を提供してやる。

 あのリーチェが素直に受け取ったとは感じにくいが、それでも訥々と言葉を紡ぎ始めた。



「以前、新兵に志願してきた若い男性に教育を施したことがある。彼は野心あふれる元気な青年だった。やる気溢れる人物に好感を抱き、行き過ぎともいえる訓練を与えた。最初は良かったが、時が経つに連れて彼の不満と疲労は溜まっていった。私がそれに気づいたのは、彼が『戦場に出る前に体を壊してしまう』と言い残して去っていく時……もう取り返しの付かない時期だったんだ」



 当時のことを思い出しているのか、リーチェの瞳は色彩を失い、虚空を見つめているようだった。顔には強い後悔が滲んでいる。奥歯を噛み締めたのがわかった。



「私がこのようになった理由は分かっている。……私には兄がいた。優秀な兄だ。私が隊長を務める以前に隊長として兵達をまとめていた」

「兄が“いた”?」



 ユウトの疑問にリーチェは小さく首を縦に動かした。



「兄は既に亡くなっている。バルアド大戦で命を落とし、故人となった。私は兄に強い憧憬を抱いていた。女性というハンデがあるにも関わらず、兄についていきたいがために今の道を志した。長く苦しい鍛錬を重ね、どうにか近衛兵になることが出来た。しかし突然兄はいなくなり、統率を失った近衛隊は実の血が繋がった私を隊長に任命した。初めは戸惑いもしたが、兄の意志を継ぐためにも使命感に燃えたさ。だが、ここで女性というハンデが如実に現れてくる。女ということで下の兵達に嘲られることもあった。彼らを見返し、己を隊長然とするためには強く厳しい人間になる他なかった。そうして生まれたのが今の私だ。必要以上の厳しさを身に付け、折角の同志を自ら手放す馬鹿な騎士だ……」



 リーチェは悄然としたさまで一気に言い尽くした。

 見る目も当てられないくらい気落ちしている。下手にからかうような口調で元気づけようとしても今の彼女ならば逆効果だ。かといって真面目に言葉を選んでも最終的に辿る結果は同じだろう。

 どうしたものか――弱く儚い騎士を見てユウトは悩む。

 艶のある長く黒い髪。瑞々しい肌に凛々しさを感じさせる瞳。雄渾(ゆうこん)な顔にはしかし確かな女性を感じさせる優美さがある。

 目の前の女性は今、騎士であり、少女でもある。見つめていると、守ってあげたい救ってやりたい慰めてやりたい、そんな感情が湧き出てくる。

 だからなのか、ユウトは自然と小さなその頭に手を載せて優しく撫でていた。



「え……?」

「あ……」



 リーチェの瞳に正気が戻ってくるのが見えると、ユウトも無意識に自分がやっていた行動を自覚した。次いで、この後待ち受ける展開が頭のなかに映像として流れ込んでくる。

 


「――勝手に私に触れるといい度胸だ」



 恐ろしく低く冷たい声で呟くリーチェの姿が見える。

 ……まあ、しかし、今では当たり前となった風景を繰り返すことできっと少女は元に戻るはずだ。

 誰にだって暗澹たる感情は持っている。どんなに強い人間もだ。たまたま彼女のその部分に触れてしまったけど、この先はいつも通りだ。

 これが元に戻るために必要な過程ならば快く受け入れよう。というわけで、咄嗟に頭をガード。一応こちらは怪我人なので少しでもダメージを軽減したい。

 ……と思っていたのだが。



「な……な……!?」



 憤慨するわけでもなく、ついさっきまで撫でていた頭に自分の手で抑え、体を震わせながら耳まで顔を真っ赤にさせていた。

 これは……どういうことでしょう。



「ひ、人の頭を気安くしゃわるでない、馬鹿!」

「ご、ごめん……」


 

 リーチェは頬をふくらませてプイッと背中を向いてしまった。

 あまりの変貌ぶりに唖然とし、反射的に謝っていた。

 「触る」を「しゃわる」と可愛らしい間違いをするなんて……。撫でただけでここまで動揺するものなのか。普段は気丈に振る舞ってるけど、実は男の免疫がないとか、そういうのだろうか。



「と、とにかく今回のことはこれでチャラにしないか」

「ど、どういうこと?」



 ……口調まで変わってしまっている。

 ユウトはこれみよがしに畳み掛ける。



「意図したつもりはないけど、リーチェの女の子らしい一面が見れた。それだけで怪我した甲斐があったってもんだ。だからこれでチャラ」

「し、しかしそれでは示しがつかん」



 多少冷静さを取り戻したリーチェは向き直った。



「そんなことないって。ていうか、リーチェは申し訳無さそうにしてるけど、俺は感謝こそすれ恨んでなんかいないんだよ。これっぽっちもな。確かにやり過ぎかもしれないけど、無理なものは無理って言い張れなかった俺が不甲斐ないってのもあるし。あまり考え過ぎないで欲しいんだ。だから……いい加減、立ち直ってくれ」



 思いの丈をぶつけると、リーチェは一度目をつぶってゆっくりと開いた。照準をユウトの瞳に合わせる。



「そう……だな。少し取り乱しすぎたかもしれん。すまない。そしてありがとう」

「いえいえ、何の。動けるようになったらまた指導を頼むよ。リーチェに手ほどきしてもらうのが強くなるための一番の近道だから。これからもよろしく頼む」

「――ああ、了解した」



 彼女は力強く頷いた。先程までの弱々しい女の子はどこにもいない。敢然とした気高い騎士だ。



「復帰後のメニューは……そうだな、前回の半分というのはどうだ?」

「勘弁してくれ……」



 彼女なりの冗談だったのだろう。目の前の騎士は楽しげに笑った。

 でも、その笑顔は可憐なバラを咲かせたような優麗な女性の笑顔だった。




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