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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
2章 新婚生活
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8話「慣れないこと」

【前回までのあらすじ】

異世界からやってきたユウトは成り行きでウルカト王国のお姫様・アリゼと結婚を果たす。平和な時間もつかの間、新婚ホヤホヤの二人にあてがわれた部屋に賊が入ったとの報せが入る。侵入者の正体は果たして……?

 騒ぎの原因となった部屋はすぐ近く――それもユウトとアリゼの部屋だった。

 駆けつけてみると、兵士はまだ数名しかいなかった。



「おいおい、新居に入り込んだのか」



 ユウトは自分の部屋を眺めつつそんなことを呟いた。

 以前の世界と違って盗まれて困るようなものはないはずだ。むしろ、寝室に存在する淫靡な道具はどうぞ持っていってくださいという心地だった。



「賊が浸入したと聞きましたが、詳しい状況を説明して頂けますか」



 割と呑気にしているユウトの隣でレイナが近衛兵に詰め寄る。



「はい。実は――」

「何事だっ!?」



 兵士が口を開いたところで凛々しい女性の声が響き渡る。近衛兵隊長リーチェのものだ。

 兵士は後から合流した者に何が起きたかを説明する。



「成る程。レイナ、この部屋には入り口以外に外へ通じる扉はあるか?」

「いえ、存在いたしません。ですが窓から飛び降りたという可能性は否定出来ません」

「……仮にもここは二階だ。例え魔法を使って降りたとしても検知される。ならばまだ部屋の中に賊がいるということになるな」



 リーチェが剣を納めた腰の鞘に手を添える。



「早計です、リーチェ様。そもそも賊が浸入した時点で警報が鳴るはずです。なのに彼らが見つけるまで事は露見しなかった。この意味が分かりますか?」

「……まさか、内部犯ということか︎」



 外からのセキュリティが頑健なウルカト城であるが、内からとなると話は変わってくる。

 魔力というのは人により僅かながらの差異があり、決して同じものは存在しない。それを利用してユウトの世界でいう個人認証を可能としているのだ。

 よって警報が発令せずに事件が起きるということは内部からの犯行以外あり得ないということになる。



「タイミングを考えるとユウト様とアリゼ様の結婚を是としないものの犯行になるのでしょうか」

「……そうだ、アリゼ様はどこにいらっしゃる︎」



 リーチェが蒼白な顔で声を上げる。

 申し訳なさそうな顔で兵士が、



「それが……まだ所在が確認出来ておりません」

「なんだと︎!」



 リーチェはまたも声を荒げる。



「ですから早まらないで下さい。結婚に反対してるだけならアリゼ様に危害を加えることはないでしょう」

「だがアリゼ様の位置が確認出来ないのは不可解ではないか?」

「それは否定出来ませんが……」



 リーチェとレイナは二人して部屋に続くドアに目を向けた。



 一連のやりとりを横で聞いていたユウトは僅かに開け放たれた隙間から中を覗く。

 朝、部屋を出た時と違って物が散らばっていた。一見すれば荒らされたようにしか見えない。

 しかし気になったのはタンスなんかも引かれたままなのだが中を攪拌された形跡は見当たらないということだ。タンスを引いて、それでおしまいとなっている。

 確かに荒れているといえば荒れているのだが、どちらかというと部屋が散らかっているようにしか見えない。


 レイナの言うとおり、アリゼの結婚を良しとしないものの犯行だとして何故部屋を荒らしたのだろう。純粋な嫌がらせのつもりだろうか。わざわざ危険をおかしてまでそんなことをする必要はあるのか。

 もし仮に内部犯であるとしたら、警報が鳴らないことは承知の上のはずだ。外部犯より検挙しにくいとはいえ、内からの犯罪であることは犯人も容易に考えられるはずだ。短絡的で突拍子もない部屋荒らしをするような馬鹿がやったとでもいうのか。

 あるいは、新築同然の部屋から金目の物や珍しい物を盗もうとしただけの、単純な窃盗事件なのか……。


 そこまで考えてユウトは顎を手でさする。



「レイナさん」

「何でしょう、ユウト様」

「貴重なものとか、金になるものとかを盗もうとした場合、どこに隠すのが一般的だ?」

「ポピュラーなのはやはりタンスの底など、他人が滅多に開けない場所でしょう。リーチェ様が保有するとっても可愛らしいぬいぐるみはその大きさゆえにベッドの下に隠されていますが……」

「な、何故そのことを知っている!? 私のことは関係ないだろう」



 リーチェは顔を真赤にして悲痛な声を上げるがレイナはガン無視。メイド長からもこんな扱いを受けているのかと、ひそかに哀れむ。



「じゃ、次の質問。俺達に対して嫌がらせするとしても、こんな部屋荒らしをすると思うか?」

「間接的に被害を与えたいならすると思います。ただ今回のように部屋の中だけを荒らすのは幼稚ですし、何よりかかった手間暇に合いません」



 レイナの意見を聞いてもう一度思考の海に沈む。

 物盗りの場合も元の世界とあまり変わらない。嫌がらせの場合でも、王族の部屋に侵入して引っ掻き回すだけなら割にあわない。

 ならば残った可能性は……。



「時間が惜しい。頭を使う暇があったらさっさと突入するべきだ」

「良いのですか?」

「未だにアリゼ様の消息が掴めないんだ。もしかしたら部屋の中で匿っているかもしれない。そうでなくとも何か手がかりがある可能性も充分ある」



 リーチェは喋っている間から突入の準備を整えている。他の兵達も彼女に倣い、顔を引き締めている。



「いや、待ってくれ。俺が突入する」

「……ユウト。お前は仮にも王族の一員だ。無謀なことをさせるわけにはいかない」

「ちゃんと考えがある。頼むからここは引いて欲しい」

「悪いが、ここでその頼みは聞けん」

「そうか? なら言い方を変えさせてもらう。――ユウト・ベルクシュトレームとして命ずる。近衛兵隊長リーチェ以下、近衛兵達は引き下がれ。後のことは俺が全て引き受ける」

「なっ……!?」



 リーチェが目を見開いて驚きを表す。



「ユウト、貴様、自分が何を言ってるのか理解してるのか!?」

「勿論だ。頼むから命令を受理してくれ。リーチェにもきちんと後で報告するから」



 頭を下げて哀願する。


 ユウトも今や王族だ。頭を下げてお願いするという行為がどれほどのものか知らない彼女たちではない。一瞬、悔しそうに奥歯を噛みしめるが次の瞬間には「承知した」と平然とした顔で返した。それから未だ呆然としている後ろの兵達に向かって「命令を聞いていなかったのか? 下がるぞ!」と声を飛ばしている。

 納得行かない様子で近衛兵達はこの場を退いた。



「私も下がったほうがよろしいですか?」



 レイナが覗きこむようにして尋ねてくる。



「そうしてくれると助かる。後で顛末を伝えるよ」

「かしこまりました。ではもし何かありましたらすぐにお呼びくださいませ」



 レイナは鷹揚に微笑みながらスカートの裾をつまんで頭を下げた。優雅な動作で翻り、暗い廊下に溶け込んでいく。


 この場にはユウト一人となった。よし、と意気込むとそっとドアを開け放つ。靴を脱ぎ、短い廊下を進む。リビングに続くドアは既に開いていた。

 僅かな隙間からでは見えなかった部分にも服やゴミ、小さな装飾品や雑貨などが散乱していた。

 ユウトは似たような光景を見たことがある。元の世界で彼は親を離れて一人暮らしをしていた。特別な潔癖症とかを持ってるわけでもないので、よくある片付いていない大学生男子の部屋となっていた。

 現在ユウトが足を踏み入れているこの部屋も、昔のアパート部屋のように混濁している感じなのだ。


 部屋の中を巡視する。人が隠れられそうな隙間やスペースをチェックするも目当てのものは見当たらない。

 ならば別の部屋にいる可能性がある。


 ユウトとアリゼの二人に割り当てられた居住区には幾つかの部屋がある。玄関からリビング。リビングから二人の個室に浴室や手洗いなど。それと寝室がセットになる。これら全てをまとめてユウトとアリゼの新婚部屋なのだ。

 言ってしまえば城の中に建てられたマンションの一室みたいなものである。


 まずはアリゼの個室をチラリと見るも、リビングと違って整然としていた。いかにも高級そうな家具が並んでいるが、所々に可愛らしい小物がある辺りアリゼらしいというか何というか。

 とにかく中は荒らされてない。そうなると自分の部屋も手を付けられていないはずだと予想する。

 確認してみると案の定生まれたままの姿で存在していた。


 大きい部屋となると残りは寝室だ。微かにドアが開いていたので覗いてみる。リビングほどではないが、物が入り口周辺に散らかっている。

 奥のほうで何かが僅かに動く気配がした。それでユウトは目標がここにいるのを確信する。

 照明は付いておらず、暗いままだったがそのまま侵入する。何かがいる位置に忍び足で近づいていく。

 何かの前に立つと子供に話しかけるときのように屈んで優しい声を出す。



「――アリゼ」



 名前を呼ぶと膝に顔をうずめた彼女はピクッと反応した。



「ユウトさん……」



 明かりはリビングから漏れ出る光のみだったので、アリゼの顔はハッキリと視認できなかった。しかし今にも泣きそうな表情をしているように見えた。



「……ごめんなさい。また迷惑をかけてしまいました。慣れないことを急に行うのはやはり駄目ですね」



 触れてしまえば消えてしまうような声だった。



「アリゼは何をしようとしたんだ?」



 なじるわけでもなく、糾弾するわけでもなくあえてそっけなく尋ねた。



「掃除……です」

「そっか」



 その一言だけでおおよその事は悟った。

 アリゼは仮にも王位継承権を持つ王族の一人だ。今の今まで家事なんてほとんどやったことがないのだろう。しかしつい最近、心境の変化があって(恐らくユウトと婚姻したことが起因となっている)家事をする決心をした。

 だがアリゼの言うとおり、慣れないことを突発的にしたため勝手が分からなかった。綺麗にするためまとめようとしたが、気がつけば手に負えなくなるぐらい物が乱雑してしまい、どうしようもなくなった。失意にのまれた時、タイミング悪く巡回中の兵士に中の様子を知られてしまった。しかも発声された言葉が賊が出た、なんてもので名乗り出ようにも出れなくなった。その場でアリゼに出来たのは災難が過ぎ去るのを祈って隠れるだけ……。けど、後ろめたさから見つけてほしいという願望もあって探せば見つかるこの位置で落ち込んでいた、ということだろう。


 ここまでの経緯は大体把握した。

 問題はここからだ。彼女になんて声をかけるべきか。

 慰めても彼女は自分で自分を追い込むだろう。

 かといって何やってんだ、と(なじ)ればそれこそ彼女を傷つけることになる。

 となると、残りは……。



「うし、じゃあ二人で部屋を片付けるか」



 パン、と手を叩いて明るい声を出す。



「……怒らないんですか?」

「怒る必要がどこにあるんだ。アリゼは俺達の部屋を綺麗にしようとしてくれたんだろ? その意志を汲み取ることはあっても、否定することはまずないよ。失敗は誰にだってつきものだ。今回が駄目ならまた次回頑張ればいい」

「しかし私のせいで大勢の方に迷惑をかけてしまっています」

「後で謝ればいい。ただ、間違っても一人で抱え込むなよ。一緒にやってこその夫婦だろ? 後片付けも二人でやろう」

「…………」



 アリゼに手を差し伸べる。小さな手でつかみ返してきた。

 引っ張って立ち上がらせる。



「夜の大掃除だ。きっと楽しいぞ」



 なんて言いながら、振り返ってリビングの方へ足を進める。片方の腕をグルングルンと回す。

 チラと後方のアリゼを確認するが、俯き加減で浮かない顔をしていた。

 ここで言及したら彼女はまた落ち込んでしまう。責任を感じやすい人間とはそういうものだ。



「いやでも、俺も本格的な掃除は久しぶりにやるな。腕がなるぜ。さ、頑張るぞ」


 

 なので見なかったことにする。必要以上に明るい声を出して片腕をほぐすためにグルグル回す。

 作業に没頭すればいずれ元の調子を取り戻すはずだ。今は自然回復に任せるしか無い。

 片付けを開始するとアリゼもユウトに倣うように散らかったゴミを拾い始めた。


 それから数時間後、部屋は元の姿を取り戻すがアリゼの顔には暗い影が落ち込んだままだった。

 


 

大変お待たせして申し訳ありませんでした。

3月以降はできるだけ更新頑張ります。


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