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異世界でお姫様と結婚しました  作者: 高木健人
2章 新婚生活
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3話「近衛騎士団の訓練場」

 最初はぎこちなかったアリゼの案内も、数ヶ所回ると大分慣れたようだ。

 朝の一件で気まずかった空気も大分解消された。城内巡りを提案してくれたレイナには感謝の気持ちしかない。



「城内はひと通り回りましたので、次は訓練場などに行かれますか?」

「訓練場?」

「はい。近衛騎士団の兵舎が隣接していて、実質騎士団用の施設ですね」

「へえ」



 感心しながらアリゼについていく。

 その訓練場とやらは城からは少し離れているが、走れば一分もかからぬ距離に建てられていて、城門からウルカト城へと続く道を騎士団の人間が見えるように寮が建てられている。

 侵入者が正面から攻めてきたらすぐに対応できるように配慮されているのだろう。

 他にも敷地内には幾つかの見張り塔があり、何かあったら瞬く間に飛んでいける作りになっている。結界も合わさってかなり厳重な警護が敷かれているのが分かる。ランスロットの助けがあったとはいえ、よく捕まらなかったと今では思う。


 訓練場の方を覗いてみると鎧を着た何組かの兵士が一対一の仕合いを行っていた。誰もが全力で取り組んでいるのが見て取れる。

 そんな彼らを監督し、指導する人間が口を開く。



「――そこまでっ!」



 清らかで、しかし勇ましい声が響く。

 声の持ち主は言うまでもなく近衛騎士団隊長のリーチェだ。彼女は兵士たちより体格は一回り小さいはずなのに、纏う雰囲気は彼ら以上のものを持ち合わせている。




「精が出ますね、リーチェ」

「この声はアリゼ様……それとユウト様ですね」



 アリゼを視界に入れた時には顔を輝かせたのに、こちらの存在に気づくと露骨に顔を歪めてきた。



「そんなあきらさまに嫌な顔されたら結構傷つくんだけど」

「反射でしてしまったもので抑制できませんでした。以後気をつけます、ユウト様」



 リーチェは無表情で淡々と告げる。それが逆にユウトとあまり関わりたくないことが読み取れる。

 今までの経緯を考えたら彼女の態度は納得だ。でも、無理して様付けすることはないと思うのに。



「お二人はここにどんな御用でしょうか? 何か困ったことや異変でも?」

「いえ、今日はユウトさんに城の敷地内を案内してまわっているんです。それでこちらにも顔を出したのです」



 アリゼはニコニコ笑顔で説明している。

 その間、リーチェの後ろにいる兵たちの興味深い視線がユウトに突き刺さっていた。



「なるほど、そういうことでしたか。では私の方からも簡単に解説しましょう」



 リーチェは軽く咳払いするとチラリとこちらに視線を向ける。



「アリゼ様から説明を受けたかもしれませんが、ここは近衛騎士団の兵舎であり、同時に有事の際に対応するための防衛拠点としての役割も存在しています。騎士団の隊員はここだけでなく城内の見張り塔にも兵を配備しています。また、城内だけでなく王都を巡回するのも近衛兵の仕事です。我々近衛騎士団はこの城と都市を、そして民を守るため日々勤勉に務めています。存じていないかもしれませんが、国境と王都の周辺の守りはあのマイアルズ王国にも勝る鉄壁の防御力があるとさえ言われているのです。……言われているはずなのに、つい先日はどうして無力な侵入者一人を捕らえることが出来なかったんでしょうか。ユウト様はどう思われますか?」



 近衛騎士団兼訓練場の説明かと思ったら、気がついたらウルカト城潜入の一件について問い詰められていた。口元は笑っているけど目は笑っていない。リーチェはあの時のことを怒っているようだ。

 不器用な嘘をついて逃してくれたはずなのに……そのすぐ後に戻ってきてアリゼに求婚したのがいけなかったんだろうか。



「……これはお願いなんだけどさ、俺に対しては敬称で話さなくていいよ。むしろ変に丁寧に喋られると違和感を感じる」

「一応、ユウト様は王家の人間だ。そのようなことは……」

「リーチェは典型的なお固い騎士だなあ。所々で融通はきくんだけどさ」



 ユウトの言葉の意味をよく分からないアリゼは傍で首をかしげていた。



「ならお願いじゃなくて命令で。それなら意地張ることもないだろう?」

「くっ……わかりまし……承知した」



 アリゼを見ていると包み込んで守ってあげたくなる庇護欲が働くのだが、リーチェはその逆で、悪戯心がムクムクと湧き上がってくる。

 気の強い女の子を屈服させたいという一種の征服欲みたいなものだろう。



「……こうなっては正面から問いただした方がいいだろう。ユウト、先日の潜入の件を詳しく――」

「アリゼとリーチェって仲が良いのか?」

「話を聞けぇ!」



 アリゼは視線をユウトとリーチェに交互に向けてどちらに声をかけるべきか迷っている。結論の末、ユウトの質問に答えた。



「幼い頃からリーチェはいつも傍にいてくれて、私のことをお守りしてくれました。リーチェは昔から私の騎士です。同時に世間に疎い私に様々なものを見せてくれました。守る守られるという関係なのかもしれませんが、信頼と同時に友情も感じています」



 アリゼは少し恥ずかしそうに頬を染めながらエヘヘ、と笑いながら話してくれた。

 やはり見立てた通り二人は仲が良かった様子。問題があるとしたらリーチェの方だろう。彼女のことだから、いついかなる時も王女の騎士としては振るわねばならないと考えて自らアリゼと壁を作っていると思うのだ。

 

 そのリーチェはというと、アリゼの告白に面食らって顔を赤くしていた。「な……な……」と声にならない声を上げているがニヤケを抑えるのに必死なのか口元はピクピクと震えている。

 

 これはまたとないチャンスだ。ここぞとばかりに畳み掛ける。



「ちなみにリーチェを女の子として見たらどう思う?」

「とっても可愛いと思います! いつもは凛々しいんですけど、私服姿は抱きしめたいぐらいにキュートなんです! ドレス姿も秀麗で、同姓ですが思わず見とれちゃったことがあります」

「リーチェってどんな服が好みなんだ?」

「えっと、少し大きめのフワフワとした――」

「あ、アリゼ様、その辺で止めて頂けないでしょうか!? これ以上は私の沽券に関わってきますので……」



 リーチェが目を薄めながら後ろに立つ近衛兵達を盗み見る。

 後ろの兵たちは顔を明後日の方へ向けていたが、耳だけはしっかりと立てていた。



「でも実際リーチェは可愛いのですから……」



 制止をくらったアリゼは不満気に口を尖らせていた。



「そ、そんなことを言われても……どれもこれもユウト、貴様が変なことを口にしたから起きたことだ!」



 リーチェは腰に携えた剣に手をかける。しかも彼女の瞳にはまごうことなき豪炎が燃え盛っている。……このままだと本気で斬られかねない。

 


「別に悪いことは何一つ言ってないぞ。騎士の精神に燃えるのもいいけど、リーチェだって女の子なんだ。むしろ女性の可愛い部分を知れて俺は嬉しいよ。なんたって普通の女じゃ目にならないぐらい美人さんだしな」

「お、お前は何を言って……!?」



 しかしこういうタイプの対処法は弁えている。女の子扱いに慣れてない子は、このようにとことん女の子として褒め称えるとどうしていいかわからず狼狽えてしまう。

 堅物の女の子でもこうして恥じている部分を見ると本当に愛嬌がわいてくる。それにリーチェが美麗であることは嘘じゃないことがその心にさらに拍車をかける。



「もっと自分に自信持ったほうがいいと思うぞ。今のは全部冗談じゃなくて本当のことだから」



 さらに追い打ちを掛けるとますます顔を赤くする。いつ頭から蒸気が出てもおかしくない。

 そんな彼女を見て何故か無性に頭を撫でまわしてやりたい気分に駆られるが、それをしたら息の根を本気で止められそうなので自重しておいた。

 

 そういえばここには訓練場や近衛騎士団の概要を知るために来たはずなのに、気づけばリーチェをいじくり回しただけだった。

 他にも回らねばならないところはたくさんある。満足したし、ここいらで退散したほうがいいかもしれない。



「それじゃあアリゼ、そろそろ次の場所に案内してくれるか?」

「はい、分かりました。皆さん、突然の訪問失礼しました。これからもよろしくおねがいします。リーチェもあまり無理はしないで下さいね」



 アリゼの激励にリーチェ以外の兵士は敬礼をする。立派な姿をアリゼに見せた後、ユウトの方にも体を向けてもっと気合の入った敬礼をしてきた。

 彼らの気持ちは何となく分かる。普段は見ることの出来ない隊長の女性としての一面が見れた。そのことに感激し、新たな王家の一員であるユウトに敬意を感じている……。

 兵士たちを励ますように二カッと笑い、親指を突き立てる。すると兵士たち一同は晴れ晴れしく微笑んだ。



「それじゃ、またな、リーチェ」

「こ、こら待てユウト! せめて私の質問に答えろ!」



 リーチェの必死な叫びが背中に届くが、無視して手を適当に振りながらそのまま退散するのであった。




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