13話「新たな生活の幕開け」
民衆の前での祝賀を終えると、今度は身内だけのささやかな催しが行われることになった。
大事な式事であるため、厳粛な空気で行われると踏んでいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。というのも、一般の人間が想像するだろう厳格で威厳のある王様然とした国王――かと思いきや、宴の場であれば民には見せられないような浮かれぶりを国王が見せたからだ。
「ほら、酒を注げ、ユウト。そうそう、それぐらいでよい。ユウトの杯も空いてるではないか。どれ、ここはワシが入れてやろう」
「恐縮です」
主賓であるユウトとアリゼの隣に国王と妃が並ぶ。ユウトは肩身を狭くして国王に付き合っていた。
「すいません、ユウトさん。父様は昔からこういった宴が好きで……それに以前から息子が欲しいと言ってて、ユウトさんを息子に見立ててるんだと思います」
アリゼが気を使って苦笑を見せてくる。でもちょっと嬉しそうだったのは気のせいじゃないだろう。
悪いことではない。ユウトは娘を横から掻っ攫っていった人間だ。内心は腹を立てていてもおかしくない。けどこうして酒の場で本性を見せてくれるという事は、案外認めてもらっているということなのだから。
とはいっても、国のトップに立つ人間がこんなんでいいのか、という不安もあるのだが。
「アリゼもこの十六年間で立派に育ってくれた。まだまだこれからというのは確かだが、一応の節目を迎え、かつ無事に婚姻を果たせたことは嬉しいことに変わりはない!」
「父様にそう言われると私も嬉しくなってしまいます」
えへへ、とアリゼは口を綻ばせる。見てるこちらまで微笑ましくなってしまった。
親子の会話に妃も参加する。
「アリゼが嫁にいけるだろうか危惧していましたものね」
「ああ。この際だから言ってしまうが、ワシは不安だったんだ。我が娘であることを考えなくとも、アリゼは美しき少女であろう。しかし……なんだ。見た目は年齢以上に幼いからのう。相手に気に入ってもらえるかどうか、少々心配だったんじゃ……」
アリゼが口を引きつらせたのが分かった。どうやら自分でも外見のことは気にしているらしい。
「そういえば……アリゼって今いくつなんだ?」
こっそり近づいて耳打ちする。
このタイミングで訊ねるのは気が引けたけど、聞かないわけにはいかなかった。
年の差とか一切気にせずに結婚を申し込んでしまった。もし結構な年数離れていたら……。己の中の道徳観がザワザワと騒ぎ出す。
「一六です。ユウトさんは?」
「俺は二一だ。そうか、五つ離れてるのか……」
「なら問題ありませんね。この国では男女共に一六歳から成人になってますので」
アリゼは手を合わせて顔をパアッと輝かせた。
対照的にユウトの内心は複雑な思いを抱いていた。五歳差は離れすぎず近すぎずといったところで、地球の結婚適正年齢を考えたらまあ、おかしい差ではない。
しかし本来なら大学生と高校生の年なわけだ。倫理的に果たしてこれはいいのだろうか。友人は「JKと付き合いたい」なんて冗談で言い合ってるけど、実際交際するさまをみたらちょっとどうなんだろうって思うはずだ。
また、アリゼの容姿がユウトをさらに悩ませる。国王も言ったように見た目と実年齢が一致していない。幼い顔つきに、慎ましい胸、頭一つ違う身長。誰がどう見てもまだ中学生くらいなのだ。育った小学生といわれても多分納得してしまう。
二次元なら喜べる幼な妻も、実際に現実になるとこうも悩ましいものになるのか……。現実と二次元の乖離をユウトは嘆いた。
合法ロリについて真剣に懐疑していることは知る由もなく、国王は軽い調子でとんでもないことを言ってきた。
「しかしまあ、ユウトはよく我が娘を嫁にしたいと思ったのう。実際に言葉を交わした時間もさほど多くはなかったようだし。二人は本当に愛し合っているんじゃろうなあ?」
酔っ払った勢いで嫁にいった娘と、夫になったユウトをからかったつもりなのだろう。
大まかな事情はそのまま話したが、二人の心中に関しては互いに心の底から愛し合っていると脚色を加えて説明していた。勢いだけで結婚しましたなんて言ったらユウトの首は今頃山の中に捨てられていただろう。最初にアリゼがユウトを好き、といったのもユウトの身を案じての発言だったことを後で知った。
二人は顔を見合わせる。
アリゼもユウトには全幅の信頼を寄せているが、それが愛情かどうかは分からないと本人は白状してくれた。ユウトの方もアリゼには親しい女の子以上の感情はあるのだが、恋心かどうかと問われればはいそうです、とは答えられなかった。
今更だが、どうして自分はアリゼの事をここまで気にかけたんだろう。ランスロットにそんな内容の質問をされた時は同情してるからと答えた記憶があるけど、ただそれだけではないように思える。
アリゼの笑顔は見ていて不安にさせられた。このままほっとけないような気持ちにさせられた。ダンボールに捨てられた子猫を見ているような心境にさせられた。
しかし一人の人間を動物と同じような気持ちで見ていいのだろうか。庇護欲をそそられたといえばそれまでなのだが……。
もう一度アリゼの顔をまじまじと見る。
世界の汚れなんて何一つ知らないような純粋無垢な顔だ。透ける様な瞳は宝石のような輝きを放っている。
彼女が知らぬ所で努力をしていたと思うと、なんだか愛しく思える。同時に寂しさも覚える。新しいことにチャレンジすると聞いたらそわそわして落ち着かない気持ちになる。
つまりこれはあれか? 世間一般で言う、母性というやつ。
いや、違うな。俺は男だ。母性とはちょっと違う。どちらかというと……。
電撃のような閃光が身体を走った。ようやく理解した。アリゼに向けられたこの心の正体がようやく判明した。
アリゼはきょとんとした様子でこちらを見ていた。大丈夫だ、という意味を込めた微笑みを浮かべながら彼女の両肩に手を乗せる。
「アリゼのことは俺が守り抜いて見せますから安心してください」
――そう、アリゼに抱くこの思いは……父性だ!
国王の質問の回答としてはいささかおかしい発言だったが、当の本人は満足してくれたようで鷹揚に口元を緩めていた。妃やレイナを除いた場に集まる他のメンバーは訝しげな表情をしていたのは言うまでもない。
こうして様々な想い(勘違い含む)が交錯しながら夜は更けていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだかんだで結構飲んだな……」
「大丈夫ですか、ユウトさん。足元がおぼついてますが……」
「ん? ああ、まだ理性はあるから心配いらないよ」
「意識じゃなくて理性という時点で不安なんですけど」
想いの正体に気づくと心も身体もスッキリした気がして、ユウトは一層国王の悪ノリに付き合った。
結果、いつの間にか頭がフラフラになるぐらいのアルコールを摂取していた。
ちなみにこの国では成人は一六歳だが、お酒は一八歳からだという。よってアリゼはジュースで済ませている。
「お酒を飲んで帰ってきた夫を介抱してあげるのも妻の役目です。覚えておいた方がいいでしょう」
「そ、そうなんですね。まだまだ学ぶべき事は多いです」
「ふふ、これから少しずつお教えいたします。立派な嫁になりましょう」
「はい! よろしくお願いします」
先を行くレイナがアリゼによからぬ事を企んでいるように聞こえたが、今は詳しいことを考えるのも億劫だった。
「アリゼのことで何かあったら相談に来るといい。親として出来る限り力になろう」
王様からありがたいお言葉を貰ったとことで祝賀会が終わり、解散した。ユウトとアリゼには新しい寝室を手配してあるとのことでこうしてレイナの案内に従っていた。
今までは客室で寝泊りしていたのだが、それでも前の世界で暮らしていたアパートの一室よりは豪華だった。
しかし今日からはベルクシュトレーム家の一人として住まうことになる。さぞかし豪華な寝室になるのだろう。
「アリゼ様、今日はいかがでしたか?」
薄暗い通路を歩きながらレイナが今日の感想を求めてくる。
「素晴らしい日でした。最初は反応が乏しくて、不安がよぎりましたけど」
便宜上は、今日は結婚式の日だ。といっても前の世界のものとは大分違う。王家の結婚式ということも関係しているのだろう。
まず行ったのはアリゼとユウトが正式に結婚することを告げ、国民に演説を行う。アリゼだけじゃなくてユウトも行ったのだが、反応は正直あまり良くなかった。やはりユウトと結婚することを快く思ってない人が大多数だったからだろう。
切実なアリゼの訴えが人々の心を動かしたといっていい。この国への痛切な想いをアリゼは語り、徐々に人々から拍手が上がるようになっていった。
最終的には二人は認められ、拍手喝采の中で婚姻関係を結ぶ儀式を行った。しかしケーキの入刀だったり、永遠を誓い合うキスはなく、神父の言葉に同意していくだけで終わった。
その後王様が姿を現し、ユウトにベルクシュトレームの性を与える受名の儀を行い、正式に王家の一員となったところで式は終了した。
後は身内だけのニ次会に移行という形である。
「結婚するといっても、まだ私は未熟者です。これからのことを思えばもっと大変になったのかもしれません。でも……」
アリゼが熱を持った視線でこちらを見てくる。
「ユウトさんと一緒なら乗り越えられる。そんな気がするんです」
アリゼは満開の笑みを咲かせていた。それだけでユウトは満足だった。
「幸せそうで何よりです。お二人にはもっともっと幸せになってもらわないといけません。というわけで、本日よりお二人の部屋はこちらになります」
「……二人の部屋?」
レイナが手を向けた先にはかなり大きな扉があった。察するに中は高級マンションの一フロア分くらいの大きさがありそうだ。
二人の部屋という事は、アリゼとユウトの二人のために割り当てられた部屋ということだ。要は国王から祝儀として新居を受け取ったということだろう。
だけど何でだろう。嫌な予感がする。徐々に酔いがさめてきた。
扉を開けると通路が続いていて、奥にはリビングやキッチンが取り付けてあった。通路の途中にはお手洗いやバスルームもついている贅沢っぷりだ。
また寝室も別途にあった。そしてユウトが抱いた嫌な予感の原因はその寝室にあった。
中央には透明のカーテンがついた大きなベッドが中央に鎮座していた。また部屋は仄かに薄暗く、ピンク色に染まっている。壁際に設置された棚の上には淫靡な形な道具が置いてあり、棚の横に設置してあるクローゼットの隙間からは淫猥なコスチュームが覗いている。
「ここは現在の国王と妃が心身を共にした場です」
唖然とした様子で部屋を眺めていると、後ろからはいらん解説が飛んでくる。
「こんな部屋があったんですね」
「ええ。夫婦は一つのベッドで一緒に寝るものなんです」
「そ、そうなんですか」
しかもアリゼに余計な吹聴もしていやがる。
「それでは、楽しい夜をお過ごし下さい」
言外に楽しげな感情を含ませてレイナは去っていった。
アリゼに顔を向ける。
この子は今日から自分の嫁だ。つまり、周りから見ればそういうこともしていい関係なのは確かなのだ。しかし……。
「一緒のベッドで寝るってなんだか恥ずかしいですね」
照れ笑いをする彼女はきっと「一緒に寝る」という本来の意味をわかってない。
夫としてここは教えてあげるのも一つの手だが……。
「ユウトさんもやっぱり恥ずかしいですよね?」
中学生のような見た目の女の子にそれをするのは抵抗がある。それに純情な子に一から説明するのは気が引ける。
「…………どうしろと」
新婚生活一日目。早くも最大のピンチが訪れていた。
中途半端に見えますが一章完です。
二章以降は週に1〜2話ぐらいの更新となります。




