12話「どうしてこうなった」
ほどなくして兵に捕らえられたユウトは王城へと連行された。
今は手首を縄で縛られ、縄の先を持って手綱のようにされている。ちなみに手綱を握っているのは先ほどから睨んできているリーチェだ。
「さて、これは一体どういうことなのかね?」
玉座に座ったヒゲの濃いおじさんが疲弊した様子で呟いた。
答えることができない。何せ、ユウトにとってもこれは想定外の出来事なのだから。
助けを求めて玉座の左隣に立っているアリゼにSOSを視線で送ろうとする。リーチェが手綱を引っ張ってきたせいで敵わなかったが。
「アリゼ様にお任せしようとするんじゃない。自分の言葉で、己の愚行を晒せ……!」
何度かリーチェの怒った声は聞いたことがあるが、今回ほど鬼気迫るものはなかったはずだ。後ろを向いたら、地獄に連れて行かれるんじゃないかと本気で恐怖する。
「え、えっと……さっきの演説通りです……」
「要約するとこの国はいずれ滅びる。それから逃れるためには貴殿が我が娘と結婚し、果てるまで傍に付き添う必要がある。それでよいのか?」
予想はしていたが、玉座に座る男性こそアリゼの父――現・ウルカト王国の国王らしい。
「と、とととんでもない。言葉の綾というか、勢いでやってしまったというか、本当の目的は別にありまして……」
冷や汗がダラダラと流れ続ける。
伝えたい事は明確なのに、追い詰められているせいか機知的な考えが出来ないでいた。このままでは不利になっていくだけなのに、自分から泥沼に突っ込んでいっている。誰か助けて……。
王様が訝しげな顔を向けたせいでユウトは更にパニックに陥る。
もはや諦めるしかあるまい。心が挫けかけたその時、唯一の味方が口を開いた。
「父様、失礼ですが言葉を挟まさせてください。ユウトさんは私の我侭に巻き込まれただけで、彼に非はありません。問い詰めるなら私にするのが道理です」
「だが、しかし……」
アリゼの決然とした言葉に王様は明らかな困惑を見せる。人前では堂々としてる王様でも、娘に対しては一人の父親らしい。
「……分かった。まずはアリゼに真意を訊ねるとしよう。何故この男と結婚するような発言をしたのだ?」
「ユウトさんは私と出会って間もないのに、とても優しくしていただきました。臆病な心を奮い立たせてくれました。ブリジット王子の求婚を受け入れることができたのも、彼のお陰です。……結果的には私のせいでそれもなくなってしまいましたけど」
アリゼはシュンと落ち込む。
「今は失われてしまった事象まで気に病む必要はない。アリゼが彼を信頼しているのは理解した。しかし何も彼と結婚する必要までなかっただろう。マイアルズ王国のこともある。王子との結婚は必然的にせねばならない、とまでは考えておらぬが、やはり民のことを思えばこの選択が正しいとは思えない」
「それは……」
恐らくアリゼが一番気にしていたことなんだろう。先ほどの頼りになる顔つきは一瞬で元の弱々しいアリゼに戻ってしまった。
「私はアリゼがそれで良いなら、悪くない選択だと思いますが」
そんなアリゼを見かねて発言したのは玉座の右隣に立つ長身のスレンダーな女性だった。女神のような出で立ちの女性はそれはもう綺麗な金髪に、格調高雅な顔つきである。
所々にアリゼを思わせる雰囲気が感じとれることから、アリゼの母であり王様の妃なのだろうと予想する。
「だが……」
「あなたのお気持ちは痛い程理解しております。言われたように民のことを思えば正しいとは思えません。ですが、アリゼのことを考えれば答えは変わります。一人の娘としてだけではなく、、王女としての彼女も踏まえた上での考えです。アリゼは優しい子です。人に思いやりを持って接することの出来る彼女を誇らしいとさえ思えます。しかし優しすぎるが故、アリゼは自らの意思を主張しない子でもありました。だけど今回の件では、誰の意見に囚われることもなく、アリゼは自分自身で選択したではありませんか。アリゼがこの選択を正しいと考えた上での選んだのでしたら、私はそれを尊重したいと思っております」
心地よい声音で紡がれる言葉はこの場にいる人間を虜にした。
一人の少女を想った妃の主張が終わると、今度はユウトの方に視線を向けてきた。
「貴殿もアリゼ様のことを想ってこのような行いに出たのでしょう?」
「は、はい」
「ふふ、やっぱり。娘への情熱はあの演説の時点でひしひしと伝わってきましたからね」
妃は妖艶で優雅な笑みをユウトに見せて来た。その美しさに思わず見惚れてしまう。
「アリゼもこの方なら幸せにしてくれると感じてあのような返事をしたのですよね?」
「その通りです。ユウトさんと一緒なら、私は勇気をもらえます。今まで出来ないと諦めていたことも、出来そうな気がするんです」
アリゼの活き活きとした発言がこの場にいる人間達の意識を変えた。
「……そうだな。一人の娘の幸せを考えれば、これが正解なのかもしれんな」
王様は満足した様子で長い長いため息をついていた。
ユウトもようやく胸を撫で下ろすが、
「だが、まだ結婚を許したわけじゃないぞ」
鋭い視線がユウトを貫く。先ほどまでは王としての威厳がそのままプレッシャーとして降りかかっていたのだが、今のはどちらかというと親としての重圧感があった。どちらかというと、こちらの方が息が詰まる思いだ。
「貴殿はユウトといったな。ユウトに、そしてアリゼよ。双方は互いに好意を持ち合わせているのか」
ユウトは一瞬言葉に詰まる。何故ならこの想いは好きという感情かと聞かれたらちょっと違うと思ったからだ。
けど結婚を申し込んでいて好きじゃないなんて言ったら多分殺される。
嘘をつくのは簡単だ。でも……アリゼの方はどうなんだろう。
「私はユウトさんのことが好きですよ」
サラッと答えたアリゼに国王は大きなショックを受けていた。悲しんでいるようにも見える。
ちなみにユウトはユウトで別の意味でショックを受けていた。予想外のストレートパンチに驚いたのと、女の子に好きと言われた嬉しさの二つの意味がある。
「俺もアリゼ様のことを慕っています」
便乗するように言ったが、何故か王様が睨んでくる。
「……本当だな? 今の言い方はとても白々しく感じたが」
「そ、そんなわけ……」
娘を愛する父としての嗅覚が働いたんだろうか。射抜くような視線がユウトを襲う。
「いえ、ユウトさんの言うことは本当だと思います。だって、その……普通、夜這いは好きな女の子ぐらいにしかしないとレイナさんが言ってましたから!」
その瞬間、緩んだ空気が張り詰めた緊張感に包まれた。
手綱がキュッと引っ張られ、周りにいた兵士は腰に携えた剣に手をかけている。メイド達はドン引き。後ろからは尋常じゃないほど殺気が背中を突き刺してくる。
妃とメイドの中に紛れていたレイナだけがどうしてだか楽しげに笑っていて、当事者のアリゼは事態を把握していないのかきょとんとした顔を浮かべていた。
殺意の中心にいるユウトは収まっていた冷や汗が再び溢れ出す。
「ちょっと待って! 待ってください! 誤解です! 語弊です! アリゼ、言葉を訂正してくれ! じゃないと俺、マジで死んじゃうから!」
「え? あ、は、はい! ユウトさんは真夜中に私の部屋にやってきて、熱い抱擁を交わしてくれたんです!」
「具体的に言えという意味じゃないよ!?」
うなじに何か冷たい物が当たる。
「……殺す」
「リーチェさん!? 女性が出す声じゃないぞそれ!?」
ユウトの誤解が解けるのにはしばらくの時間を要するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もう少し落ち着ける場所で話し合うことになり、関係者は閣議室へ移動した。
アリゼとユウトの間に一体何があったのか……。王様にその経緯を話す。
「ユウトの考えは分からないでもないが、だからといってそこまでする者はいないと思うぞ」
「自分でもそう思います」
「……私はやはりこのうつけ者に、アリゼ様はもったいないかと思います」
事あるたびにリーチェはユウトに対して辛辣な言葉を浴びせてくる。
最初は反応していたけど、キリがないため無視を決め込んでいる。
「とにかくユウトがどのように思い、アリゼのために行動してくれたかは理解した。してユウトよ。価値観の違う国から来たとそなたは言っておったが、その国とはどの国のことだ?」
ユウトは異世界から来た事は意図的に伏せていた。いきなり暴露しても信じてもらえないと思ったからだ。現にリーチェなんかは嘘だと思っているようだし。
しかし王様にはいつまでも隠しとおせる気がしなかった。なので真実を言おうと決意する。
「国……というか別の世界からやってきたんです。恐らくゲートを通って、この世界に召喚されたんだと思います」
「貴様はまたそれを言うか……。そんな戯言、誰も信じないというのに」
しかし、一瞬だけど王様が目を剥いたのをユウトは見逃さなかった。
「……まあ、今更出身のことは些細なことだろう。それよりも、こうなっては後戻りは出来ん。二人の結婚を認め、それを民に示してやらねばな」
ユウトが追及するより早く王様は話題を流した。意図的に避けているようにも感じた。
「やはり民は混乱しているようです。早急にどうにかしないといけませんね」
「だろうな。こうなっては悠長にしておられん。今日から準備するとして、最短でどれぐらいかかる?」
王様はレイナのほうに顔を向ける。彼女は一礼するとあらかじめ回答を用意してたかのようにスラスラと話す。
「式場の準備、料理の準備、おふた方の衣装合わせ、式の段取り……他の細々としたことも加味しますと、最短で二週間ぐらいかかると思われます」
「了解した。アリゼにユウトよ。式は二週間後に執り行う。何か意義はあるか」
同席したアリゼと顔を見合す。
「私は問題ありません。あとはユウトさん次第ですが……」
「俺も大丈夫です。そもそも混乱を招いたのは自分の行動が発端ですし……まだ事態は受け止め切れていませんが、責任はきちんと取るつもりです」
二人の回答に王様は満足げに頷く。
「ならば決まりだ。ユウトとアリゼの挙式を二週間後に挙げる。民にもそのことを報せろ。二週間後のために行動を開始せよ!」
威風堂々とした命令は、瞬く間に王城にいる全ての者達や王都にも伝わることになる。一週間もすれば国全域に伝播したという。
それから二週間、ユウトはあわただしい生活を強いられることになる。あまりの多忙さに元の世界のことや、協力関係にあったランスロットのことが頭から抜けてしまうほどに。
アリゼに求婚を申し込んでから二週間。異世界の来訪からはおおよそ一ヶ月。
ユウトは異世界のお姫様と正式に結婚を果たすことになるのだった。




