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黒衣の未亡人

 食堂へと集まった各艦の艦長と副長は全員思い思いの顔でテーブルを囲んでいた。元も緊張していたのは輪形陣の右翼を守るコンコードの艦長と先導するトレントンの二人。対照的なのはドーチェスターのドミニクとマードック、そして『モホーク』の艦長であるボラードだ。長谷川来訪の目的を耳にしても表情一つ変えない ―― むしろ頬笑みさえ浮かんでいる。

「しかし空母に肉薄した時には一瞬法廷の柵が思い浮かびましたがあれで着艦するとは恐れいる ―― 命拾いをしたという事ですかな? 」

「まったくだ、もう戦争は終わりだと心のどこかで思っちゃいたがまだまだあんなのがいるって事はこの先どれだけ苦戦する事やら」

 ハンターと同じく大戦初期から参加しているドミ二クとボラードはそれぞれの思いを口にした。彼らは決して日本軍のパイロットを侮ってはいない、むしろ彼らが持つ操縦技術の高さに畏敬の念すら覚えている。だが長引く戦いと敗戦につぐ敗戦、そして本土爆撃による生産力の低下は多くの熟練パイロットを海の藻屑へと変えてきたはずだった。それでも偶然とはいえこの艦隊のど真ん中へと降り立ったその実力は認めざるを得ない。

「しかしなんと大胆不敵な。わざわざ二週間後に攻撃する予告をする為に命懸けでやってくるとは。やはり日本人はクレージーですな」軽口を叩くモンマスの艦長はにやにやと笑いながらハンターを見た。「期日が分かっているのならそれまで哨戒体勢を強化すればいいだけの事、一度本隊へと帰投して再出撃しても二・三日の期間で済む」

「彼らは二週間『以降』と言ったのだ、それほどお人よしではないだろう。むしろそうする事でこちらの油断を誘っているのかも知れん」ハンターはモンマスの艦長を牽制するとすぐに後ろに立つマクスクランへと振り返った。視線を受けた彼は黒板に記入された複数の項目を一つづつ読み上げる。「ではこれより会議を始めます、検討を要する事項は主に二点。敵の本拠地と戦力です ―― 今回飛来した敵の攻撃機は96式陸攻、コードネームは『NELL』。機の諸元はお手元の資料の通りになります」

「随分と詳しく書かれているな、これじゃ丸裸も同然だ」資料を取り上げたボラードが思わず呟く。「幸いな事に該当の機体は中国戦線で何機も撃墜されているためその調査はほぼ完ぺきに終わっております、ですから敵の能力からその戦法を推測するのは容易かと ―― カリート、続きを頼む」

 艦隊の頭脳とも呼ぶべき少壮の少尉は小さく頷くとすぐに黒板の傍に立って置かれたチョークを手にとって書きこみを始める。「彼らは襲撃の期日を二週間後以降の『夜』と限定 ―― つまり夜襲を仕掛ける事が判明しています」

「それがブラフだという事は? 」

「彼と一晩付き合ってみてそう言った気配のある人物かどうかを探ってみたが、まずあり得ん」マードックの質問にハンターが即座に答える。「彼が『夜』と言ったのならまず間違いなく夜戦だろう、それに」

「その発言からある程度敵の戦力が分析できます」そういうとカリートは黒板を指差した。「こちらの戦力と索敵能力、そして現在の日本が持つ戦力とを比較した場合カミカゼを除外した時 ―― つまり通常の戦法での攻撃に使用できる機種は96式か一式、それとこの前確認された新型『銀河(フランセス)』になります」

「 …… 報告にあった『キングⅡ作戦』の時にヒューストンを雷撃した奴か、そういうのだとちと厄介だな」ゴツイ形のボラードがため息をついて呟く。見かけによらず送られてくる戦闘詳報にすぐ目を通している所が侮れない。「だがどうしてその『三機種』なんだ? 」

「敵に空母がないからです」


「最新の報告では現在敵の艦船は呉・佐世保の海軍基地にほぼ集結中、恐らくかなり大規模な作戦の前段階にあるとの報告ですがそれでもその中に空母の姿は認められませんでした」

「燃料がないのか、乗せる飛行機がないのか。それともその両方か …… 敗北に直面する軍が取れる選択も限られる。こちらとしてはわかりやすくて非常に助かるが」

「日本国内の基地から飛び立ってここまで辿り着けるのがその三機種、直援で随伴できるのはゼロ戦だけでしょう。それもカミカゼに使う機体をどうやってこちら側に回すのか …… 多分機数は相当少ないかと」

「しかし」ドミニクが書類に目を通しながら目を細めてつくづくといった口調で言った。「この長谷川という士官 …… 相当なものだな」

「どういう意味です? 」最古参とも言うべき彼の言葉にその場の全員が注目する。「多分この予想はお前さんの分析であっているのだろうし、そう考えるのが順当だ。だが逆に言えば分析から弾き出された『推測』に過ぎない。なぜか? ―― それは彼がたった一機でここに来たという事実から来る恐怖だ」

「そんなっ、私はデータと情報に基づいて ―― 」

「まあ聞け」ドミニクは手元の資料をそっとテーブルの上へと置いて両手を組んだ。「今の日本にこの艦隊を通常攻撃だけで全滅させる力はない、というか今まで日本海軍の攻撃の履歴を広げてもそれだけ壊滅的な被害を受けたのは不意打ちを喰らった真珠湾ぐらいのもんだ。あの時被害にあった二十隻の戦果を上げるために投入された航空兵力は350機 ―― キルレートは15:1、その計算でいくとこの艦隊を沈めるためには最低でも120機は必要になる」

「確かに …… そう考えると空母のない今の日本にはその攻撃自体が不可能だという事になりますね」マクスクランが顎を摘んで小さく頷き、ハンターはじっと視線を書類に落としたまま何かを考え込んでいる。「現実に目を向けるとそれが今の日本軍にとって絵空事である事が分かる ―― 常識的な範囲ではな。だが彼がここに無傷でたどり着いた事でその常識こそが絵空事のように思えだした …… 何か手段があるのではないのかと」

「つまりは長谷川がここに来た事自体に大きな意味がある、と? 」マクスクランの問いかけにドミニクは一つ頷いた。「様々な文言と人となりに隠されてはいるがこれはかなり高度な心理戦だ、命懸けでこられた分その効果は甚大なものになった」

「だからと言って我々が彼や彼が引き連れてくる攻撃隊に斟酌する事はない」


 淡々とそう告げるハンターを全員が注視した。

「ここに集まった全員に再考を求める、貴官らこそ一体何に脅えている? 」その言葉に全員が固まった。攻撃予測の精度を上げる事で安心感を得ようとしているそれぞれの思惑を看破された彼らは図星を指された形で押し黙るしかなかった。「彼は必ずここに来る、しかも我々の防御が最も手薄になるであろう夜中を選択してだ。敵の規模や攻撃手段など問題ではない、それよりももっと切実な問題があるはずだ」

「切実な …… 問題? 」それまでじっと会議の行方を見守っていたコンコードの艦長が深刻な声でポツリと声を出す。以前の戦いで敵の手だれに右翼を抜かれてあわやという事態に直面した彼はすでに楽観主義を捨てていた。もしかしたらこの艦隊が決して無敵などではない事を一番最初に理解したのは彼かもしれない。

「 …… 夜襲を、かけるという事は ―― 索敵範囲が各段に、せまくなる」

「そうだ」ハンターはその言を肯定するとすぐに全体を見回した。「第一次索敵ラインを構築する夜間用の偵察機が ―― 我々にはない」


             *              *              *


「彼らとの戦いのために硫黄島沖の第5艦隊と合流した我々はすぐにターナー指令の下を訪れて夜間哨戒機の補充を要請しました。機種としては今まで運用していたTBMよりも長く飛べるグラマンJ2F、飛行艇に分類されるその機体はたとえ燃料が尽きたとしても洋上での潜水艦からの補給が可能で一晩中でも運用が可能です。その機体と空母にあるTBMとの連携で今まで通りの第一次防御ラインを維持できる ―― 見つけてしまえばあとは航空隊を出せばどうにでもなる」

「という事は艦隊司令は長谷川大尉の来訪についてご存じだったと? 」

 フレイが尋ねるとハンターはなぜかその先の言葉をためらった。すんなり出てくるはずのその言葉を押しとどめてしまった拘泥の理由は少しの沈黙の後に始まる。「 ―― いいえ、その時点、では」

 過去の記憶に苛まれる老人の顔はどこか痛々しげだとクレストは思う、次に彼の口から出てきた言葉はまさに当時の闇を彷彿とさせるものだった。

「要請から一週間後、私たちの艦隊は全乗組員を含めて全ての活動を凍結されました」


             *              *              *


「まさか閣下自らのお呼び出しとは思いませんでした」ハンターは粗末なデスクの向こう側でじっとこちらを見つめる精悍な顔立ちの男に心から畏敬の敬礼をかざした。階級は大将、そして軍歴は彼らが学んだアナポリスの教科書にも記されるほど長きにわたる。

「補給中にすまないな大佐、どうだ調子は? 」そういうと彼は敬礼もせずに右手を差し出して握手を求めた。


 レイモンド・スプルーアンス海軍大将。

 アメリカ海軍の歴史上において最も優れた軍略家であり、太平洋戦線の全域において的確な判断を下した事が日本の敗戦に直結したとも言われている。特筆すべきはこの戦いの転換期となったミッドウェー、彼が指揮する第16任務部隊の旗艦「エンタープライズ」の攻撃命令が全ての命運を決めた。軍にはあるまじき無秩序な補給完了時点での連続発艦は秩序と美学を求めた日本海軍の出鼻をくじき、結果的には主力空母の四隻を轟沈するという大戦果を上げる事に成功している。

「現在の所は順調であります、さすがに無傷とはいきませんが損害の方は現在目標の1パーセント以下に抑えております」

「詳報と提出されている報告書は全部目を通した、長官とも話をしたが想定以上の戦果にこちらとしても驚いている所だ ―― ターナー、外してくれ」にこやかな笑顔でそういうと隣に控えていた艦隊総指令は大きく肩を震わせながら敬礼をして足早に司令官室を後にする。

「さすがに今日はお酒を嗜まれてはいないようでしたね」

「まあそう言うな、ああ見えて小心者だから長い緊張には気持ちが耐えられないんだ。それでも素面の時は極めて有能なのは否めない、ここからの日本との戦いにはああいう並外れた能力の指揮官がどうしても必要になる ―― ところで」

 いやな話題の切り替え方だ、とハンターはかすかに表情を曇らせる。それが杞憂ではない事は笑顔の消えたスプルーアンスの気配からも分かる。

「J2Fの補充申請に関してだが」


「夜間における索敵ラインを維持するために部隊司令としてどうしても必要不可欠だと判断いたしました」

「ふむ ―― だが君たちの作戦時間は早朝から午前中までの間とこの部隊の発足立案段階で決まっている、戦果を正確に確認するためにな。こちら側が意図的に発信をしない限りその判断は無用のものに思えるのだが? 」

「ですが備える事が無意味だとは思えません、これからこの近辺の海域はあわただしくなります。不慮の事態に遭遇する前にその対策として夜間哨戒を強化するのは理にかなっていると思うのですが」

 執拗に食い下がるハンターにスプルーアンスは落ち着けと言わんばかりに手を差し出して着席を進めると自分もデスクの椅子へと腰掛けた。「大佐の言い分はおおむね正しい、私の立場としても君の部隊が持つ特殊性を鑑みればぜひともそうしなければと思う ―― だがその要求には応じられないというのが国防総省の回答だ」

「は? 」彼の口から出た組織の名称にハンターは唖然とした。軍令部ではなくこの部隊の大元にある政府機関からの通達 ―― 逆らう事ができないのは当然だが、なぜだ?

「私はさっき君の部隊からの報告書には全て目を通したと言った …… だがここ最近起こった「ある事件」については一切記されてはいない。それは多分損耗率1パーセントを遥かに超える損害にも等しい事件なのだがその報告だけが抜け落ちているのはなぜかね? 」


 それに関しては全員に緘口令を敷いてあったはずだ。どうして?

「部下を疑いたくないのはよくわかる、が君の部下全員が君と同じ価値観を有していないという事も指揮官としてあらかじめ織り込んでおかなければならない現実だ …… 確かに白昼堂々と、それも空母へと着艦されたのでは彼らの存在を無視できないのも分かる」

「! 閣下、聞いてくださいっ。彼らは ―― 」

「二週間後に夜襲を仕掛けるといったのだろう? だから夜間哨戒ができる水偵がどうしても必要になって空母でも運用可能なJ2F(ダック)が必要になった。これで君の不可思議な申請は辻褄が合う」

 いい訳ができないほど完ぺきな答えにハンターは言葉を失って俯く、謀を看破された悔しさと隠し事をした後ろめたさに目の前の伝説の将官を直視できない。だがこの密室裁判の行方を決める当の彼はハンターに対して驚くべきほど軽く、信じられないほど辛辣な裁きを用意していた。

「当面の間第19任務部隊はその任務を凍結、第五艦隊に編入された59任務部隊としての任を継続。君たちの代わりは58に行ってもらう」

「58 …… ミッチャー提督の部隊、ですか」

「そうだ。彼の乗艦は君と同じくエセックス級、同じものだから近づかれても分からない。だが彼は君のような愚行は絶対に冒さない」

「愚行、ですか」小さくため息をつきながら呟いたその声にスプルーアンスは言い聞かせるように答えた。「愚行だ。君の部隊はこの戦いのために存在しているのではない、この戦争が終わった後に始まる北からの脅威に対抗するために極秘に組織されたものだという事を忘れてはいかん。敵の実力を私も認めているからこそそんな所へ虎の子の部隊を出す訳にはいかないというのが国防総省並びに私の共通した考えだ」

「では、ミッチャー提督はどうやってあの部隊に対抗すると? 」

「すでに彼はこの命令を快く受諾して作戦準備に入っている、申請した部隊を受領しだい当該海域へと進発するだろう」

「 …… 申請した、部隊? 」

 

 航空機の撃墜率においてハンターは自分の部隊こそが最も優秀な成績を上げている事を自負している、ミッチャーの部隊がそれに引けを取るとは思えないが少なくとも58任務部隊は『そういう』目的に特化している訳ではない。敵に肉薄されればたとえ撃退したとしてもそれなりの被害は免れないだろう ―― そんな所へ自分の腹心とも言える部下の艦隊を送り込むとは。

「ミッチャーはこの話を聞いてその場でこの部隊の招集を要求した ―― さすがは航空畑出身者だな、彼は絶対に敵を殲滅するだけの策をすでに頭の中に描いている」

 そう告げるとスプルーアンスは初めて煙草を手にとって火をつけた。大きく吸い込んでゆっくりと鼻から紫煙を押し出すとまるでこの話が一段落したかのように満足そうな笑みを浮かべた。

「第531戦闘団。すでにこちらの命令を受けてソロモンを進発した」


              *              *              *


「第531夜間戦闘飛行団は元々PV-1と呼ばれる爆撃機を使っての夜間爆撃や威力偵察を主任務とする部隊です。もっとも爆撃機とは言ってもその兵装やレーダーは当時としてはかなり優秀なものが搭載されていて北方戦線においてかなりの成果を収め、その当時はソロモン諸島でいまだに抵抗を続ける日本軍の基地を徹底的に叩くための任務に従事しておりました」

 PV-1という名称を受けてクレストはすぐにラップトップからネットにアクセスして資料を探した。ロッキードPV-1という機体はもともとイギリスの旅客機を改造した機体でその成り立ちから決して厚遇された機体とは言えない、だが旅客機ならではの搭載量と拡張性の高さから7丁の12.7ミリ機銃とレーダーを装備して夜間戦闘へと生きる道を定めた機体だ。しかし。

「しかし改造機であるその機体の運動性能は非情に鈍重で果たして彼らのような手だれと出会った時にどれだけ対抗できるかというのは大きな疑問でした。もしかしたら提督は彼らの実力を過小評価しているのではないかとさえ思えるほど」

「確かにそうですね。お話を聞く限りでは長谷川大尉の機が持つスキルや戦歴は他のどのパイロットよりも突き抜けた感じがします、そんな彼が率いる部下達も彼とは同等とはいかないまでもそれなりの力があったものと考えられますね」

 フレイの同意にハンターは嬉しそうに顔をほころばせ、しかし次に小さくため息をついた。「ですが私のその考えは自己評価の傲慢さから来るものでした」

「え? 」

「提督は決して日本軍の ―― 特にパイロット連中の実力を甘く見てはいなかった、むしろ高く評価していたのです。その上で彼らを殲滅するための絵をすでに描き上げていた」


              *              *              *


 第58任務部隊司令官マーク・ミッチャーはその時艦橋ではなく飛行甲板へと降り立っていた。先任将校に引率されて招かれたハンターが彼の下へと辿り着いた時に彼はにこりと笑って来訪を歓迎する。「すまないな、わざわざこっちまで出向いてもらって」

「いえ。このような形で下士の自分が分不相応に訪れた事、陳謝いたします」帯同したマクスクランとともに敬礼すると彼はカカ、と笑って手を振った。「君たちを招いたのはこっちだ、そこまで自分を卑下する事はない。堂々と胸を張ってやってくればいいじゃないか、立場は同等 ―― 同じ任務部隊の長なんだから」

「いえ、ですが」

「あの事をまだ気にしているのか? …… 別に責めてはおらんよ、むしろ売られたケンカを買ったんだ。その気概たるやアメリカ軍人として誠にあっぱれと言ったところか」嬉しそうにそういうとミッチャーは両手を後ろに組んで艦の後方へと目を向けた。「とはいえ君の代りにケンカを買った立場としてはそうも言ってはおられん、あんな旧式の攻撃機で空母に着陸するほどの腕前を持つというのなら対日戦争前からの生き残りだ。夜戦を指定してきたというのはそれ相応の自信があるのだろう」

「私もそう思います」強く同意するマクスクランに視線を向けたミッチャーは小さく頷いて再び前を見た。晴れ渡った大空に立ち上る入道雲、その向こうから何機ものレシプロ機のエンジン音が鳴り響いてくる。

「できれば君の艦隊のような装備が欲しい所だが付け焼刃であれをうまく運用できるかどうかはわからん、多分無理だ。それに夜戦専門の部隊で今すぐに呼べるのはソロモンで活動中の彼らしかおらん。だが今までのPV-1で敵の腕利きに対抗できるかはどうか甚だ疑問 ―― そこでだ」

 プラットアンドホイットニーの軽快な回転音、先導機としてすでに着艦体勢に入っているその大きな機影を見てハンターとマクスクランは唖然とした。漆黒の機体から突き出された着艦フックがアレスティングワイヤーを捕まえてその機体は見事に彼らの目前でその全容を見せたのだが。

「P-61 …… 陸軍機ではないですか、どうして」


 P-61、コードネーム『ブラック・ウィドウ』

 大戦末期から配備の始まった重武装を誇る夜間戦闘機で初飛行は1942年、そのきっかけはナチスドイツによるロンドン大空襲だった。夜陰に紛れて忍び寄るドイツ空軍の爆撃機を邀撃するためにアメリカ陸軍は夜間専用の戦闘機の開発をノースロップ社に依頼、同社はただちに双胴式の大型機を提案した。採用された後には様々な試験を経て1943年10月より配備が開始され、対独夜戦においてはただ一機の損害も出さなかった優秀な機体である。

「君たちの戦法を参考にして私の考えを織り込んだ新しい形での艦隊防御システムを試してみようかと思ってな …… お、来た来た」操縦席に立てかけられたタラップを降りて自分の下へと走り寄る三人に向かって満面の笑みを浮かべて出迎えるミッチャーに彼らは立ち止まって右手を掲げた。

「531夜戦戦闘団、団長のマイク・デュラン大尉であります。今回は栄えある提督の部隊にお招きいただきまして光栄の限りであります」

 飛行帽を片手に口上を並べる男の見た目は中肉中背のごく一般的な成人男子と言う所だが、彫の深い顔に潜むぎらついた目がとても印象的だ。「ご苦労、急な参集にもかかわらず迅速に対応してくれてこちらとしても非常に助かる ―― どうだ、新しい機体は? 」

「最高であります」歯を剥いて嗤うとまるで狼だ。長谷川とは正反対の印象を見せるこの男もやはりその水域に棲まう人種なのかとハンターはしげしげと男のなりを見つめた。

「操縦性も運動性能もPV-1とは格段に違いますし、何よりも対空レーダーの索敵範囲が広いです。これならば敵の夜間侵入をいち早く察知できるものと確信しております」

「積んであるのはこの船にも搭載されているSCR-720だ、いわばエセックス級が艦隊の大外いっぱいに展開するようなものだからな。残念ながら空母での運用を前提とするので7機しか呼べなかったがここでの運用実績いかんでは今後の戦いに大きく役立つものとなるだろう。諸君の奮闘に期待する」

「はっ、必ず提督のご期待に副える戦果を上げて御覧に入れます! 」

 力強く応えたデュランは再び右手をかざすと一目散に愛機の下へと駆け寄る、巨大な機体を整備員と協力して前部エレベーターへと移動するためだ。ドゥーリットル爆撃隊が使用したB-25とほぼ同じ大きさの機体を収容するためにはどうしても一機一機を格納してからでないと次の機体の着艦すらおぼつかないのだ。降着員の大声と整備兵の掛け声が飛び交う中、ハンターはミッチャーに尋ねた。

「今後の戦い、と申されましたが」

「うむ」

 それは多分ミッチャー自身が胸に秘めた構想なのだろう、だが彼はほんの少し間を開けて話し始めた。「この硫黄島を取ってしまえば日本は四面楚歌、どこからでも本土を空襲されて焦土と化すのは目に見えている …… だが彼らは決して諦めたりはしないだろう」

「ではこの戦いが終われば次は」

「 ―― オキナワ、だろうな。敵を追い詰めれば追いつめた分だけ火力は密集してこちらの被害も増える、君の艦隊の装備が実戦配備されればとも願うがさっきも言ったようにもう時間がない。となれば既存の兵力でなんとかやりくりするしかあるまい? 」

「 ―― そのための海軍仕様機ですか? 」

「正確には海兵隊だ。あれは沖縄戦用にノースロップで改造した先行試作型で丁度テニアンに置いてあった、それを一時的に私が借り受けたというわけだ」

 淡々と語るその戦略にハンターは目からうろこが落ちた思いがする。一度は自分の艦隊を運用してみたいと言っておきながらいざ自分がその立場に立つと現実を直視して実現可能な手段に着手する ―― 船乗りだった自分には想像もつかなかったパイロット上がりの啓眼にただただ恐れ入る。

「これで私が考えられるだけの手は打った、装備も揃った」ミッチャーは強く言い放つとハンターとマクスクランの方へと振り向いた。

「あとは君の艦隊を訪れた彼の部隊が私の想像を超える腕ではない事を祈るのみだ」


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