33、もう、ただ祈るだけの時間は終わりよ
ノクス殿下にルシアン殿下のことを告発してからも、私の日々は変わらなかった。
公務、看病、身の回りの世話。
そして――毎日欠かさずノエルへ精霊の力を送り続ける。
それでも、彼の瞼が開くことは一度もなかった。
休む暇なんて、どこにもない。
もう一度だけ、笑ってくれたら――それでいいのに。
ノエルが意識を失ってから、すでに一週間が経つ。
それでもノクス殿下からの連絡はまだない。
私は待つ間、別の調査も同時に進めていた。
ルシアン殿下が精霊を恨む理由。
必ず、何かあるはず。
本来、王族であれば精霊を深く敬う。
恨む理由があるとすれば……むしろ父である王の方では?
けれど――何かが決定的に抜け落ちている気がした。
殿下の母君は身分の低い宮廷メイド。
幼い殿下から引き離され、王都を離れた先で、流行り病にかかり亡くなった――
せいぜい掴めた情報はそれだけだった。
それに――
「……大丈夫? ちゃんと息できてる?」
「大事な人と向き合う時は、急がなくていいんだ。ちゃんと、心が追いつくまで待てばいい」
ルシアン殿下から、かけてもらった言葉を思い出す。
殿下は、信用させるためと、言っていたけれど......全てが嘘なのだろうか。
どうしても、そうは思えなかった。
そして、王宮では優秀で人望も厚い。
調べれば調べるほど、分からなくなる。
今の私にできるのはただひとつ。
ノエルが目を覚ますように力を送り続け、精霊の力を磨くこと。
これ以上、ルシアン殿下の好きにさせない。
そうして数日が過ぎた頃――
再び、ノクス殿下が屋敷を訪れた。
黒いローブに身を包み、前回と同じように誰にも知られぬように。
「夫人、連絡もせずにすまない」
「いえ。こちらがお願いしたことですから」
「感謝する。単刀直入に言うが――ルシアンは、黒だった」
「……やっぱり」
やっぱりルシアン殿下は、黒魔法使いで間違いなかったのだ。
殿下は乾いた笑いを漏らした。
「情報に感謝する。こっそり“黒魔法を見破れる者”にルシアンをつけさせた。……疑いようがないと、そう言われた」
強く握られた拳が、わずかに震えていた。
兄としての痛み。
王族としての責務。
その両方が胸を締めつけているのが、痛いほど伝わった。
「コゼットからも、何か聞けましたか?」
「......ああ。黒魔法に手を伸ばそうか迷った時、声が聞こえたらしい。唆すような、囁きのような声が。だが結局、手を出したことに変わりはないから、罪は消えないと……そう言っていた」
「それは、重要な証言になるかもしれませんね」
「......ああ」
「もしルシアン殿下に、コゼットが生きていることが知られたら――命を狙われかねません」
「……守らなければな」
殿下の表情は深く沈み、決意だけがそこに宿っていた。
王族を告発するということは、国全体を揺るがす。
民も動揺し、秩序も乱れるかもしれない。
彼は禁忌に手を出し、精霊を害そうとしている。
決して見過ごせない行為だ。
私だって、ひどいこと、恐ろしいことをされた。
だけど――彼の全てが悪意だったとは、どうしても思えない。
本当は、とても優しい人なのではないか。
そんな考えが、消えてくれなかった。
だから、私は手をぎゅっと握りしめ、まっすぐ殿下を見据えた。
「ルシアン殿下と――話す機会をいただけませんか」
金色の瞳が細くなる。
「――それは危険だ。許可できない。現に命を狙われているのだろう?」
「......あの時は、油断していました。もう違います。それに、二人きりになるつもりもありません」
「......ほう?」
「裏で人を待機させてください。もちろんノクス殿下も」
殿下は短く息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ただでは転ばぬ女だな。……分かった。万が一の時は、必ず私が夫人を守ろう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げると、殿下の視線が寝台へと向けられた。
「公爵は、まだ目を覚さないのだな」
「......はい。もう一週間になります」
「だがあの男だ。必ず戻ってくる」
静かな沈黙が降りる。
「解決すべき問題は山積みだ。場を整えたら連絡する。精霊たちの助力も借りたい」
「もちろんです。私からお話ししますね」
「くれぐれも無理はするな。……では、失礼する」
黒いローブが揺れ、殿下は音もなく部屋を去っていった。
私は眠るノエルを見つめる。
私たちの未来は、きっと――これからにかかってる。
もう、ただ祈るだけの時間は終わった。
絶対に、守ってみせるから。
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