31、信じてもらえなければ、道はない
ノクス殿下に、ルシアン殿下が黒魔法を使った疑いがあることを告げた。
証拠は……ない。
信じてもらえなければ、私は王家侮辱罪に問われるかもしれない。
殿下はしばらく私を無言で見つめていたが、やがてゆっくりと近くにあった椅子に腰を下ろした。
「……そうか」
――トントン。
腕を組み、指先で規則的に叩く音だけが響く。
沈黙が長く感じられ、息が詰まりそうだった。
やがて殿下の金の瞳がゆっくりと寝台へ向けられる。
「公爵は……意識がないのか?」
話題が変わったようでいて、核心を探ってくる声音だった。
「はい。医師によれば、身体に異常はないそうですが……」
「噂では、夫人が寝込み、公爵が看病についていると聞いたが……」
殿下の金の双眸が、横たわるノエルへ向けられる。
そしてゆっくり、私へ戻った。
「どうやら逆のようだ。……何故だ?」
殿下の金の眼が鋭く細められる。
心の底を見透かされそうなほどの光だった。
逃げてはいけない。
「身を守るために必要な嘘でした」
「……というと?」
殿下は姿勢を少し正し、足を組み直した。
冷静な王族の表情。その奥には何かを探る光があった。
「私は……ルシアン殿下に命を狙われています」
ぴたり。
殿下の動きが完全に止まる。
空気が張り詰め、音が消えた。
「……夫人が嘘をつくような人間ではないことは理解している。だが相手は王族だ。軽々しく扱える問題ではない。その発言に、責任は持てるな?」
「はい。覚悟はできております」
殿下に信じてもらわなくてはならない。
ノエルのために。精霊たちのために。
そして、私たちの未来のために。
「――そして、殿下。もうひとつお伝えしたいことがございます」
「……聞こう」
「コゼットの黒魔法の件……あれにも、ルシアン殿下が関わっているかもしれません。まだ確証はありませんが」
「……なんだと?」
その瞬間、温度がすっと下がったように感じた。
殿下の眉が険しく寄り、瞳が大きく揺れる。
(……やっぱり)
沈黙が続く中、殿下の感情が一瞬だけ露わになった。
その反応が、私の確信をさらに強くする。
殿下はコゼットのことになると冷静ではいられない。
わかっていて、この話を持ち出した。
ズルいと分かっていても、殿下には私たちの味方になってもらわなければならない。
強く握った手に汗が滲んだ。
殿下は、低く息を吐いた。
「……ひとまずこちらでも調査を進める。また後日連絡しよう」
「はい。お時間いただき、ありがとうございました」
深く一礼する。
どうか、この一歩が未来を守る力になりますように。
殿下は、再び黒いローブを深く被り、部屋をそっと出ていく。
その瞬間、張り詰めていた空気が和らぐ。
(......緊張した)
心を落ち着かせようと、真っ先にノエルの眠るベッドへ向かう。
眠っているノエルの手を、そっと握り直した。
もう二度と、誰にも奪わせない。
私が必ず、この未来を守る。
ルシアン殿下――。
これ以上、好き勝手にはさせないわ。
ノエルのことだって――絶対に離さない。
次回、ノクス殿下視点です。




