29、彼の瞳は閉じたまま
ノエルの心臓が再び動き出した瞬間、思わず涙が込み上げた。
「本当に……よかった……」
張り詰めていた身体の力が、ほんの少しだけ緩む。
けれど、安堵は長くは続かなかった。
「意識が……戻ってない」
心臓は動き、呼吸もある。体温も確かに感じられる。
なのに――ノエルは、目を覚まさない。
胸の奥に、冷たい刃が突き刺さるようだった。
「セレナ、ノエルは大丈夫よ」
私の様子に気がついたウンディーネが、優しく告げる。
「でも……意識が……」
「身体は必死に戦っている。ただ、追いついていないだけ。大丈夫、命の音は確かに聞こえるわ。私たち精霊にはわかるの」
その言葉でようやく、呼吸がひとつ深く落ちた。
でも気を緩めるわけにはいかない――ノエルを守るのは、私しかいないのだから。
「ありがとう......ひとまず、ノエルを運びましょう」
慎重に抱き上げ、寝室のベッドへ運ぶ。
規則正しい呼吸、穏やかな体温。表面だけを見れ ば、ただ眠っているだけのようだった。
医師に診せると、驚くほど身体に異常はなかった。
「本当に……何も?」
「ええ、異常はないので、時期に目を覚ますでしょう......いつぐらいとは、具体的には申し上げられませんが」
今はただそれだけで、身体の緊張がふっと、緩むようだった。
あとは、ノエルの意識が戻るのを祈るだけ......。
いつになるのかはわからない。でも、彼は確かに生きている。それだけで、十分だった。
同時に、医師には固く口止めした。
医師が部屋から出ると、ウンディーネが真剣な眼差しで尋ねる。
「セレナ……何があったの?」
「――全部話すわ」
私は、呪いにかけられ、ノエルを短剣を刺して精霊の力で救った一連の経緯を正直に話した。
精霊たちは誰も口を挟まず、静かに聞き続けていた。
「じゃあ、黒幕の存在ははっきりしたのね……」
「うん。でも理由まではわからない。ルシアン殿下は精霊の存在を消そうとしている。だから、私の呪いが解けたとバレたら……新たな攻撃を仕掛けられるかもしれない」
「確かに、油断はできないわね」
「うん。だから、ノエルが意識を取り戻すまでは屋敷に籠るわ。彼の状態を誰にも知られちゃいけない」
私は息を整え、もうひとつの策を口にした。
「代わりに、ひとつ噂を流すつもり。公爵夫人の体調が悪化して寝込んでいる、ってね」
「なるほど……呪いがまだ続いていると思わせるためね?」
「そう。ただ籠っているだけじゃ、逃げているだけになってしまう。戦う準備もしておかないとね。そこで、みんなにお願いがあるの」
「何かしら?」
精霊たちが私のそばへ、ふわりと近づく。
それから、私は両手をそっと強く握り、口を開いた。
「ノクス殿下を内密に呼んでもらえるかしら。手紙だと足がつくけど、あなたたち精霊なら上手くやれると思うの」
「もちろんよ。任せて」
精霊たちは、顔を見合わせ、頷く。
今は、この子達の存在がとても心強い。
「ルシアン殿下を追い詰めるには、ノクス殿下の力が必要。それにコゼットが証人になれるかもしれない……だから、お願いね」
「ええ……私たちの未来を守るために、戦いましょう。セレナ」
「そうだな、悪い奴になんて、やられてたまるか!」
「うふふ〜私たちも頑張っちゃうからね〜」
精霊たちと固く決意する。
私はノエルの寝顔を見つめながら、そっと拳を握りしめた。
――絶対に守る。
未来は、私たちが掴み取る。
ノクス殿下〜!!
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