27、血に濡れた口づけを※
※流血表現あります。閲覧注意です。
二人で未来を信じると誓い合った。その瞬間の抱擁は、ただの抱きしめ合いではなかった。
お互いに、離したら崩れてしまう未来を必死で抱きとめているみたいに、腕に力がこもる。
沈黙が落ちる。
けれど、その静けさすら愛おしかった。息遣いが触れ合うだけで、生きていることを確かめ合えるのだから。
ノエルが、ゆっくりと息を吸い――口を開く。
「その呪いは……時間が経つほど、セレナの命を蝕んでいく?」
「詳しくはわからないけれど……ルシアン殿下は“急がないと広がる”って……」
「……そっか。時間がないんだね」
ノエルは静かに腕を解いた。
ほんの少し距離ができただけで、胸がきゅっと縮む。
彼は無言で戸棚へ向かい、何かを探し、そして戻ってきた。
差し出されたものを見た瞬間、心臓が跳ね上がる。
――柄に碧い宝石を宿した短剣。
刃の存在が、ひどく冷静に“命を奪うための道具”であることを告げている。
私は震える手で短剣を受け取る。
冷たい。
その冷たさが、これから起きることを容赦なく現実に引き戻してくる。
(……これで、ノエルを刺す)
呼吸が浅くなる。
胸が痛い。苦しい。
呪いか、恐怖か、拒絶か――自分でもわからない。
震える手から落とさないように、柄を強く握りしめた。
震えに気づいたノエルが、そっと私の手に自分の手を重ねる。
「……大丈夫」
その声は優しいのに、奥底に揺るぎない覚悟と死の匂いがあった。
「で、でも……ノエルを刺すなんて……やっぱり……」
「セレナの命も削られるんだよ? 上手くいっても……セレナが早く死んじゃうなんて、俺は絶対いやだ」
ノエルの目が真っ直ぐ私だけを射抜く。
「俺は大丈夫。……セレナを失う方が、ずっと痛い」
喉が詰まり、涙が滲んだ。
(何を怖気づいてるの……私)
ノエルはここまで言ってくれている。
さっき、ふたりで“生きる”と誓ったじゃないの。
「……ごめんなさい、ノエル。私も……ノエルを失うなんて耐えられない。だから……絶対に引き戻す」
「うん……ありがとう」
ノエルは微笑み、胸元を緩やかに広げた。
そこに、彼の命の音が脈打っている。
私は短剣を、その鼓動に向けて構える。
自分の心臓の音が、うるさいくらいに耳に響く。
意を決して手を突き出す――その瞬間。
手首を掴まれた。
「……ノエル?」
「ねぇ、セレナ――」
瞳が、熱に濡れたように深く艶めく。
その目で見つめられると、呑まれそうになる。
「……ちゅーして?」
甘く、ほどける声。
次の瞬間、頬に触れた彼の手が私を引き寄せ――唇が触れた。
柔らかくて、温かくて、震えていて、でもどこか切羽詰まったように必死で。
なのに......甘い。全身が甘く痺れるようだった。
やがて唇が離れ、彼の囁きが落ちる。
「……いいよ、セレナ。続けて」
背筋が震えた。
残酷なほど優しい声。
そして、再び唇が重なり合う。
(こんなの……残酷すぎる)
(でも、ノエルのいない未来の方が――もっと残酷)
息を吸い、私は覚悟を決めた。
ノエルの胸元に短剣を押し当てる。
その時、彼は微笑んでいた。
まるで、私の腕の中で死ぬことさえ幸福だと言うように。
――ぷつり。
刃が肉を裂く感覚が、手に伝わってきた。
同時に、唇の温度が消え、ノエルの腕から力が抜ける。
傾いた身体が、私の肩に静かに落ちてきた。
「ノエル……!」
体温が、すうっと冷えていく。
でも――泣いている暇なんてない。
胸に手を当てる。
ノエルの命が、か細い光となって揺れている。
その瞬間、胸を締めつけていた苦しさがふっと消える。
呼吸が楽になる。
(呪いが……解けた?)
そして、同時に理解してしまった。
――ノエルの命の灯が消えたからだ、と。
もう立ち止まれない。
絶対に、絶対に引き戻す。
未来を、二人で掴むと誓ったんだから。
愛だよ




