26、二人で生きる道を
「……ごめん。心配で、外から聞いてた」
ゆっくりとノエルが歩み寄ってくる。
一歩ごとに床板がわずかに軋み、その音が胸の奥をざわつかせた。
(……ノエルに、聞かれてた)
全てを話す覚悟なんて、まだできていなかったのに。
「俺……前に言ったよね。セレナが話したくなったらでいいって。いつまでも待つって」
足を止めたノエルは、俯き、握りしめた拳を震わせていた。
影が床に滲むように揺れている。
「でも……こんな内容だなんて思ってなかった。呪いだなんて……どうして、ひとりで抱えてたの」
胸が締め付けられるほどの苦しさが彼から伝わってくる。
でも――言えなかった。
言えば、壊れてしまう未来が怖かった。
「……ごめんなさい」
小さな声しか出なかった。
その瞬間、ノエルは顔を上げ――息を呑むように目を見開き、私を抱き寄せる。
「違うんだ……責めたかったわけじゃない。ただ……あまりにも衝撃すぎて、息ができなかったんだ」
震える腕が、壊れものを扱うみたいに私を抱く。
その震えが、私の中で押し込めていたものを次々に緩ませてくる。
「私も……言えなかったの。ノエルの命と、私の命を天秤にかけるなんて……そんな残酷な話……」
「セレナの命が大事に決まってる」
優しすぎる声。愛しすぎる声。
胸の奥がじりじりと焼ける。
「ねぇ、セレナ……」
ノエルの指が私の頬に触れた。
「……俺を殺して」
「っ……そんなの、できるわけないじゃない!」
ノエルの瞳が、痛いほど熱を帯びた。
「でも、このままだと君は死ぬんだ。やっと守れると思ったのに、やっと隣で未来を見られると思ったのに……君がいなくなるなんて、耐えられるわけない」
「でも、ノエルが死んじゃうのよ!?そんな未来、私だっていや……!」
「セレナを守って死ねるなら、本望だよ」
――パシンッ。
気づいたときには、ノエルの頬を叩いていた。
「馬鹿言わないで! じゃあ私をひとりにして消えるつもりなの!?」
吐き出した声は震えていた。
ノエルの瞳も、大きく揺れていた。
「……ごめん。セレナの気持ちを、ちゃんと考えてなかった。……そうだよね、二人で生き残る方法を考えないといけなかった」
「私こそ……ごめんなさい。取り乱してしまって」
「違うよ。俺が悪い。でもね……これだけは知っててほしい。セレナが死んだら、俺も後を追う」
息が止まった。
「……え?」
「ごめん。回帰前も、そうするつもりだった。セレナがいない世界に意味なんてないって。……それくらい、君が全部なんだ」
(……聞きたくなかった。だけど――)
胸の奥が焼けるように熱く、苦しいのに愛おしさが満ちていく。
「……二人で生きる道を、探しましょう。絶対に」
「うん。──でも、そのためにも……セレナ、俺を殺して」
「な、何を言って……」
「そして、セレナの精霊の力で俺を引き戻して。……君ならできると信じてる」
「でも......失敗するかもしれない……!」
ノエルは私をそっと抱き寄せ、背中を優しく撫でる。
あやすように、優しく、優しく――。
そして囁くように優しい声が落ちる。
「覚悟はできてる。もしだめなら……それが運命だったってだけのこと。回帰して勝ち取った未来なのに、結局届かなかったって、そういう……」
「そんな悲しいこと、言わないで……!」
「俺は信じてるよ。俺たちの未来を。……ねぇ、セレナ。そうでしょう?」
ノエルの抱きしめる腕が、強くなる。
彼の声は揺れているのに、どこまでも真っすぐだった。
だけど、どこか甘くて、触れれば溶けてしまいそうなほどに優しい。
「私も......信じているわ。私たち二人の未来を」
私の心を、逃げられないほど強く掴んでいた――。
次回、流血描写あります。閲覧注意。




