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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第二部

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90/109

25、愛する夫を殺して生きるか、このまま死ぬか。

 公爵家の応接室。

 いつもと同じはずなのに、空気だけが違っていた。胸の奥がざわつき、初めて来た場所かのように落ち着かない。



 目の前に得体の知れない男――ルシアン殿下がいるからだ。



 「いいね、その表情。僕を警戒してるって顔に書いてある。"君は、もう少し疑うことを覚えた方がいい"って僕、言ったよね」


 「殿下は……何をしたいのですか」


 「もう“ルシアン様”とは呼ばないの?」


 「精霊祭の間だけ、というお話でしたので」


 「ふふ、そうだね。約束だもんね」



 口調は穏やかなのに、言葉のひとつひとつが冷たい針みたいに肌に刺さる。

 この男は、私の内側の震えを楽しんでいる。


 ルシアン殿下はふと、応接室のドアへ視線を滑らせた。

 ほんの一瞬。けれど、その一瞬に妙な温度があった。


 (……今、外で足音がした気がする。気のせい?)


 殿下は再び穏やかな声で口を開く。



 「ごめん、ごめん。夫人が気になってるのは――“呪い”のことだよね?」


 殿下の声は、さっきより少しだけ大きかった。


 「……解いてください」


 「うーん、それは難しいなぁ。でもいいのかな? あんまり悠長にしていると、呪いは君の中で静かに広がっていく。ねえ、もう始まっている気がしない?」



 胸の奥がひゅ、と縮んだ。

 殿下は楽しげに微笑む。



 「できるわけ、ないじゃないですか……」


 「じゃあ死を受け入れたってこと?」


 「それも嫌です」


 「わがままだなぁ。選ぶだけだよ? 愛する夫を殺して生きるか、このまま死ぬか。どっちかしかないんだ」


 にっこりと微笑むルシアン殿下に寒気が止まらない。

 なぜ、こんな笑顔で恐ろしいことが言えるのだろうか。


 その声は優しいのに、言っている内容は地獄そのものだった。


 「理由は分かりませんが、精霊を憎んでいることは伝わりました。ですが、それならなぜです? わざわざ私を信用させるようなことを……」


 「信用してさせてから突き落とす方が面白いでしょ。夫人も、ちょっと油断してたし。簡単だったよ」



 ふっと楽しそうに目を細める。背筋がぞわりと震えた。

 この男はおかしい……



 「呪いを解く方法はひとつだけ。愛する者を殺す。それだけ。抜け道なんて存在しないよ」


 そう言ったあと、彼はふと思い出したように声を弾ませた。


 「あ、そうそう。君の義妹――コゼット嬢も残念だったね」


 「……急に、何の話ですか」


 「いや? 少し誘導しただけで、黒に手を出すなんてね。人って面白いよね」



 心臓が、ひゅっと縮んだ。



 「……あなたがコゼットを……?」


 「さあ、どうだろうね。考えるのは楽しいでしょ?」



 懐中時計を取り出し、何気なく言う。



 「さて。時間だ。また会おうね、夫人」



 殿下が出ていき、静寂が落ちた瞬間――

 今度は、別の足音が近づいてきた。


 音のする方へ顔を向けると、ノエルが部屋に入ってきた。

 その表情は固く真剣そのものだった。



 「ねぇ、セレナ……“呪い”って、どういうこと?」



 鼓動がひとつ、大きく跳ねた。


 ――この瞬間から、もう元には戻れない。

 そんな確信だけが、静かに胸に沈んでいった。


はい、ノエルは聞いていました。

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