17、飲み込んだ言葉
再び後半はノエル視点。
朝日が差し込む前。
眠りは浅かった。ほとんど眠れなかったと言ってもいい。
扉の向こうにノエルがいる気配は……昨夜からずっとなかった。
(ノエル……)
胸がきゅうっと痛む。
ちゃんと話そう。
そう決めたはずなのに、気持ちが胸の中で絡まったまま、ほどけてくれない。
そんな時だった。
トン、と控えめなノックの音がした。
「……セレナ」
名前を呼ばれただけで、喉が震えそうになった。
「あ、の……昨日は……」
「大丈夫だよ。俺が少し、焦ってしまっただけだ。……ごめんね」
ノエルは静かに歩み寄る。
その一歩ごとに、胸が締めつけられる。
「……ノエル」
顔を上げた瞬間、唇が触れた。
強くも深くもない。
ただ、そこにいると確かめるような、そっとした口づけ。
けれど、心臓が乱れるほどの温度があった。
息を吸うだけで、涙が滲みそうになる。
額同士が触れ合う距離で、ノエルが囁いた。
「精霊祭、頑張ってね」
その声は優しい。
けれど、その奥にある痛みに気づかないふりをしてしまう。
謝らなければ。
伝えなければ。
「ノエル、私……」
言おうとした言葉は喉の奥でほどけて消えた。
言わなければいけないことほど、声にならない。
結局、私は彼の手をただ、強く握り返すことしかできなかった。
***
彼女は泣きそうな顔をしていた。
怒っているわけでも、疑っているわけでもないのに。
互いに愛しているのに。
人はどうして、愛せば愛すほど不安になるのだろう。
「俺が少し、焦ってしまっただけだ。……ごめんね」
不器用な言葉しか出てこない。
けれど、それでも伝えたかった。
「……ノエル」
顔を上げたセレナの瞳が揺れていて。
だから、触れた。
そっと、唇を重ねる。
柔らかな温度に、胸の奥がゆっくりほどけていった。
触れなければ、もっと遠くなっていたかもしれない。
――この人は、俺の妻だ。
ただその事実だけが、今の世界をつなぎとめている。
「……行ってくる」
公務に向かうため、セレナから離れる。
本当は離れたくなかった。
けれど、ここで離れなければ、彼女を縛ってしまうだろう。
信じなくてはならない。
彼女の心を。
扉を閉じる前、ほんの一瞬だけ振り返る。
「......セレナ、俺......」
言いかけて、言葉を飲み込む。
言ってしまえば、どこかが崩れてしまいそうで。
「行かないで」も
「そばにいて」も
「君を失うのが怖い」とも。
言ってしまえば、自分の弱さを見せることになるから。
全部、胸の中に沈めたままだった。
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