15、君は……誰の隣にいるのかな?
ルシアン様と別れて、馬車に乗り、公爵家へ戻る道のり。
さっきの言葉が、ずっと頭の中で渦を巻いていた。
「大切にされている人ほど、隙ができるものだ」
……どういう意味なのだろう。
まるで、私に隙があると言っているみたいで、胸がざわつく。
そんなはずはない。
私はノエルがいちばん大切だし、精霊の力だってもう慣れてきた。
守られてばかりの私ではないはずなのに。
気づけば、馬車は屋敷へ着いていた。
思考に気を取られたまま外へ降りると、前を見ていなかったせいで人とぶつかった。
「ごめんなさい、前を見ていなかったわ......ってノエル?」
ノエルだった。
表情は柔らかい。けれど、いつもの穏やかさとは少し違う気配がした。
「……随分と遅かったね。それに、何か考え込んでいたみたいだ。どうしたの」
声は静かなのに、低い響きが胸に刺さる。
どきりと心臓が跳ねた。
「いえ、少し……ぼんやりしていただけなの。それに精霊祭について話した後、少しお茶をしていて……」
何も後ろめたいことはないはずなのに、まるで尋問されているみたいに息が詰まる。
「そう、何か話し合ったのかな」
「ええ、国王と王子お二人と私で精霊祭の打ち合わせを。それで、パートナーはルシアン様に……」
言った瞬間、言葉が止まる。
ノエルのまなざしが、すうっと細くなったから。
「……ルシアン、様?」
語尾は柔らかいのに、逃げ道を塞ぐような響きだった。
「ええっと、精霊祭の間だけ、そう呼ぶようにと言われて……」
説明しようとするほど、声がか細くなる。
ノエルは短く息を吸い、ゆっくりと笑った。
だけど、その笑みはどこも温度を帯びていない。
「そう。ずいぶんと仲良くなったんだね」
「そんなつもりじゃ......」
「つもりかどうかは、関係ないよ」
ノエルの指が、私の手をとらえる。
優しいはずの手なのに、焦りの熱がこもっていた。
「ねぇ、セレナ」
呼ばれただけで、胸の奥が痛くなる。
「君は、誰の隣にいるんだっけ」
声は低く、静かで、どこまでもやさしいのに。
そこには、逃げ場がなかった。
「……だから、他の誰かを、そんな風に呼ばないで」
怒鳴っていない。責めてもいない。
ただ、壊れそうな静けさだった。
「でも、殿下から精霊祭の間は対として呼びやすい方がいいと提案されて……断れなくて」
「そう。セレナは、それを受け入れたんだね」
「......ええ」
「王族に言われたら、仕方ないよね」
ノエルは、少しだけ視線を落とした。
「でも……ごめん。今日は一人にさせて」
穏やかな声なのに、ひどく苦しかった。
「きっと、このままだと……俺は君に酷いことをしてしまうから」
「……わかったわ。本当に……ごめんなさい」
「ううん。戻ろうか。俺たちの家に」
ノエルがそっと手を差し出す。
私もその手に触れる。
歩き出したのに、二人の間に言葉はなかった。
沈黙だけが、胸の奥を締めつけていた。
ブクマ&評価ありがとうございます!
とても励みになります!




