14、……どういう、意味ですか
翌朝、王家からの使者が訪れた。
「アストリッド公爵夫人、精霊祭についての協議にお越しくださいとのことです」
「そうか、早速準備する。待っていてくれ」
ノエルが一歩前に出て応じる。だが、使者はわずかに目を伏せて言葉を濁した。
「……神聖な儀式に関する事ゆえ、関係者のみとのことです」
一瞬、室内の空気が張り詰めた。
ノエルの眉が僅かに動く。唇が、静かに結ばれる。
「……護衛はつけさせてもらうからな」
短くそう告げる声に、わずかな棘が混じっていた。
私はその気配を感じ取りながらも、微笑んで彼の袖を掴む。
「ノエル、行ってくるわね」
その言葉に、ノエルはしばし私を見つめてから――
「気をつけて」と、静かに呟いた。
***
支度を整え、王家の手配した馬車に乗り込む。
窓の外を流れる景色が、やけに遠く感じた。
(精霊祭……私が、主役……)
胸の奥に、小さな不安が滲む。
そして王宮の門が見えた瞬間、私は深く息を吸い込んだ。
馬車を降りると、すでにノクス殿下とルシアン殿下の姿があった。
「セレナ夫人、こちらへ」
ノクス殿下が柔らかく微笑み、手を差し伸べる。
その仕草はいつもながら品があり、優雅だ。
一方で、少し後ろを歩くルシアン殿下。表情はよく見えなかった。
謁見室へと進み、玉座の前で膝を折る。
王が威厳をもって座している。
「今日は、来たる精霊祭での主催者を決めようと思う。何か意見はあるか」
低く響く声に、まずノクス殿下が一歩前へ出た。
「父上、王太子として責務を果たすべく、私が務めさせていただきたいと思います」
「ふむ……ルシアンはどう思う」
ルシアン殿下は静かに微笑み、しかし瞳だけがどこか光を宿していた。
「兄上の志には敬意を表します。ですが兄上は他国との交渉も多く、今はお疲れでしょう。私は以前から精霊について興味がございます。この役目、ぜひ私にお任せいただけませんか」
その言葉は穏やかだが、どこか挑発的だった。
――まるで、誰かの反応を確かめるように。
「して、アストリッド公爵夫人はどう思う」
不意に王がこちらを見据える。
胸の鼓動が跳ねた。
(まさか、私にまで……)
「……王のご判断に従います」
「ふむ、懸命じゃな。ならば今回は、熱意を感じた――ルシアン、お前に任せよう。頼むぞ」
「はっ。光栄にございます、父上」
微笑を浮かべるルシアン殿下の視線が、ほんの一瞬、私を射抜いた。
その瞳に、底の見えない色が宿っていた。
――こうして、精霊祭でのパートナーは、ルシアン殿下に決まった。
***
謁見のあと、ルシアン殿下が声をかけてくる。
「せっかくだし、少しお茶でもどうかな?」
これは……儀式に関わる話、と判断する。
「はい、光栄です」
案内された庭園のガゼボは、花が風に揺れ、柔らかい光に包まれていた。
「素敵な場所ですね」
「ああ。母が好きだった場所なんだ」
ルシアン殿下の母君はすでに亡くなられている。
私は視線を伏せる。
不用意に触れてはならない記憶なのではないかと、言葉が慎重になる。
「気を遣わなくていいよ。ここでの思い出は、ちゃんと綺麗だ」
「それなら……よかったです」
「君は優しいね、セレナ夫人」
「そうでしょうか」
「うん。相手の心を見てから話す人だ。少ないよ、そういう人は」
「改まって言われると、少しくすぐったいですね」
少し照れを含ませるように返すと、ルシアンは笑みを浅くした。
その笑顔はどこか、人の心を覗き込むような鋭さを潜ませている。
「......公爵が羨ましい」
「……え?」
「いや、なんでもない。君たち夫婦はいいね、特に公爵は――きっと夫人に一途なのだろう」
「殿下はまだ婚約者がいらっしゃらなかったですよね」
「ああ、そうなんだ。兄上が後継者だから僕は好きに決めていいと言われている。お互いに思いやれる人が見付かればなって」
「殿下なら素敵な方が見つかりますよ」
ほんの少しの間があった。ルシアン殿下は真っ直ぐにこちらを見つめる。そしてゆっくりと口を開く。
「……ルシアンって呼んで」
「え?」
「精霊祭では僕たちは“対”になる。呼びやすい方がいい、精霊祭の間だけでもいいから」
それもそうなのかしら、と考える。
「……ルシアン様」
「うん、いいね」
ルシアン殿下は柔らかく微笑んだ――その笑みは優しいのに、どこか底が見えない。
「公爵は、きっと待っているだろうね。君を離したがらない人だ」
「……ええ。そう、ですね」
「大切にされているのは、幸せなことだよ」
彼の目が、まるで何かを計っているように私を見つめる。
「でもね」
風に揺れる花がひとつ、静かに落ちた。
「大切にされている人ほど、隙ができるものだ」
ルシアン殿下の言葉に、思わずまばたきをする。
「……どういう、意味ですか」
問い返した声が、自分でもわかるほどわずかに揺れていた。
胸の奥を、見えない指先で撫でられたような感覚がする。
ルシアン殿下は花弁の落ちた場所に視線を落とし、ふっと微笑んだ。
「さぁ?」
まるで、最初から答える気などなかったかのように。
ルシアン様は微笑んで席を立つ。
「そろそろ行こうか。旦那様が――君を迎えに来てしまう前に」
そう言って歩き出す背中を見つめながら、私は静かに息を吐いた。
胸の奥が、わずかにざわついていた。
ルシアンって何考えているのでしょうね。




