13、はじまりの祭典
ノエルの膝に座らされたまま、私は公務に臨んでいた。
時折ノエルは、私の耳に唇を寄せたり、首筋を甘く噛んだり――とにかく、気が散るようなことばかりしてくる。
そのたびに私は、ノエルの頭を軽くコツンと叩いた。
けれど彼はまるで気にも留めず、涼しい顔で書類に目を通し続けている。
……全く集中できなかったけれど、それでもなんとか仕事を終わらせた。
(私も、やればできるわ......!)
ひとりで勝手に達成感を覚えていると、抱き寄せていたノエルの腕に、そっと力がこもる。
「偉かったね、セレナ。最後までちゃんと頑張れたね」
耳元に落とされた声は、甘く、少し意地悪で。
(……仕返し、してやろうかしら)
いつも私ばかりが翻弄されて、胸を高鳴らせてばかり。
たまには、ノエルの余裕を崩してみたい――そんな気持ちが芽生えた。
「ねぇ、ご褒美は?」
「え?」
「さっき言ってたじゃない。くれるんでしょ、ご褒美」
ノエルを見上げて身体を寄せると、彼の肩が小さく跳ねた。
「......セレナからは、反則」
「......ふふ」
ノエルはほんのりと頬を染め、口元を手で覆う。
――そう、その顔が見たかった。
満足した私は、ノエルの首に腕を回し、そっと抱きついた。
「よろしくね、私の旦那様」
「もう……止まらないからね」
***
夕食の時間になった。
ノエルはまた私を膝に乗せて食べさせると言い張っていたけれど、さすがに今日はもう限界だった。
「もう! 食事くらいはゆっくり食べましょう」
「俺は、全然いいのに」
唇を尖らせるノエルの顔が可愛くて、思わず笑いそうになったその時――
ふと彼が、「あ」と小さく声を漏らした。
「そういえば――もうすぐ“精霊祭”の季節だね」
「そうね。この前、王家からも手紙が届いたわ」
「セレナは主役だもんね」
ノエルの声がわずかに沈んだ。
その変化に気づきながらも、私は何も言えなかった。
精霊使いは百年に一度、国に新たな加護をもたらす存在として誕生する。
その加護は、精霊使いが生きている限り――いいえ、命を落としても百年は続く。
けれど、もし精霊たちの怒りを買えば……その加護はたちまち消えてしまう。
(そんなこと、二度と起こさせてはだめ……)
だからこそ、祈りを捧げる儀式は特別なのだ。
精霊祭は、精霊使いが不在の場合は”王族の血を継ぐ者”が主催で行われる。
精霊使いが誕生した際には、「精霊と契約できる者」と「王族の血を継ぐ者」がペアになり、祈りを捧げる。
つまり――
「ノエルとは、パートナーになれないのよね」
そう口にした瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
ノエルは静かに微笑んだが、その瞳の奥は寂しげだった。
「仕方ないよ。王族との儀式だから」
「……でも、あなたと並んで祈りたかった」
「俺もだよ。セレナの隣は、俺の場所だから」
そう言って、ノエルは私の頬に指を這わせた。
穏やかな仕草なのに、その指先には切なさが滲んでいた。
「でも、大事な祭典だから。ちゃんと応援してるよ」
「......ノエル」
精霊使いとしての務め。私情は挟めない。
それは、ノエルのためにも。
そう胸の奥で言い聞かせながら、私は静かに息を吐いた。
けれど同時に――小さな不安が心に灯る。
(この祭りが、すべての始まりになる気がする……)
一抹の不安を抱えたまま、私はノエルの手をそっと握りしめた。
――翌朝、王家の使者が訪れた。
やーっと物語が動きます。




