11、熱に溶かされて
事件はあったものの、ルシアン殿下の誕生パーティーはその後、何事もなく幕を閉じた。
会場を後にし、ノエルと私は並んで馬車へと向かう。
扉を閉めた瞬間、外の喧騒が遠ざかり、二人きりの静寂が落ちた。
わずかな沈黙――その刹那、腕をぐいっと引かれる。
次の瞬間、背中が壁にぶつかり、息が詰まった。
両手はノエルの手に掴まれ、逃げ場を失う。
「ノ、ノエル……?」
返事の代わりに、唇が塞がれた。
角度を変え、何度も、何度も――。
求めるように、熱を帯びた口づけが重ねられる。
息が苦しいのに、拒めなかった。
頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
けれど、ノエルの指先が頬から首筋、そして太ももへと触れて――
その動きに、我に返る。
(ちょっと……待って! ここは……!)
ここは馬車の中。すぐ外には、使用人たちの気配があるのに……!
「ノ、ノエル......! 待って......!」
「だめ、待たない」
低く掠れた声。
彼の瞳には、燃えるような熱が宿っていた。
「ノエル、本当に待って! ここは屋敷じゃないのよ......!」
必死に訴えると、ようやくノエルは腕の力を緩めた。
だけどそのまま、私の腰をがっちりと抱き寄せる。
「別にいいでしょ、夫婦なんだし」
「見られたらどうするのよ......!」
「仲良いんだなって思われるだけだよ」
「私が恥ずかしいから、ダメ......!」
「......もう、わかったよ」
拗ねたように呟きながらも、腕の中の力は弱まらない。
その胸に顔を押し付けられたまま、私は息を整える。
少しの沈黙ののち、ノエルがぼそりと呟いた。
「でもさ……あの男、あんなにセレナとくっついてさ……」
ルシアン殿下のことよね? 仮にもこの国の王子をあの男って......。
「ダンスだもの......しょうがないじゃない」
「いや、それにしたって必要以上だったよ。それにあの目――」
「......考えすぎよ」
そう呟いた瞬間、再び唇を奪われる。
「んっ……!」
さっきよりも激しく、わからせるような口づけ。
息が詰まって、ノエルの胸を軽く叩くと、彼はようやく唇を離した。
離れ際、光に濡れた唇の間に透明な糸がつながる。
それを見た瞬間、頬が一気に熱く染まった。
ノエルはそんな私を見て、わずかに笑う。
「……でも、セレナ。気をつけてよ?」
「え……?」
「君は、自分が思っているより、ずっと魅力的なんだから」
その言葉に胸が震えた。
ノエルの瞳には、怒りでも嫉妬でもなく――ただ、私を愛おしむ光だけが宿っていた。
(……本当に、もう……ずるい人)
私は小さく息を吐き、そっと彼の胸に顔を埋めた。
「あ、でも今日は覚悟しててね。これで終わりじゃないから」
射抜くような目に心臓が強く脈打つ。
「......っ!」
ノエルの瞳に宿る熱が、私を決して離さないと訴えるようで――胸が、熱くなった。
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