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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第二部

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8、狙われる影

 私たちの前に現れたのは、漆黒の髪に金眼の青年――ノクス・ヴァルディア第一王子だった。



 いつの間にか、突然感じていた嫌な感覚は消えていた。



 「お久し振りですね、ノクス殿下」



 私とノエルは頭を下げ、挨拶をする。

 ノクス殿下は片手を軽く上げながら、短く告げた。



 「楽にしていい」


 「ありがとうございます。 殿下は......お元気でしたか」



 やっぱり気になるのは、コゼットとのこと。

 殿下にも伝わったのだろう、殿下は真剣な表情のまま、静かに口を開いた。




 「君たちの聞きたいことは伝わっている......そうだな、穏やかに過ごさせてもらっている。......後悔はしていないよ」


 「それを聞けただけでも、安心です」


 「......君たちには、感謝している」



 殿下はふっと笑いながら、その場を後にする。

 本来裁かれるはずだった人間を庇った――それは、確かに“罪”だ。

 それでも、殿下の心情を思うと、簡単に「悪」だと切り捨てることはできない。気にかけずにはいられなかった。




 「......殿下、お元気そうでよかったね」



 ノエルが覗き込むように声をかける。


 「ええ、そうね」


 「少し顔が赤い。緊張してたでしょ、セレナ。……ちょっと飲み物取ってくる。人が多いから、君はここで休んでて」



 そう言って、ノエルは笑いながら人混みの方へと歩いていった。

 私は一人になり、壁側に下がろうと歩みを進めた――その時。



 足元が、ぐにゃりと歪んだ。

 黒い光が床一面に走り、複雑な魔法陣が浮かび上がる。

 冷たい風が吹き上がり、足元から全身が引きずられる感覚に襲われた。視界がぐにゃりと歪み、息が詰まる。足が、床から離れていく――!




 (なに……!? いや……いやだ、落ちる……!)




 「きゃーー!! 何が起きているの!?」

 「セレナ様が、大変だ!!」



 周囲がざわめき、悲鳴と怒号が飛び交う。私は身体に力を込め、必死で魔法陣の引力に抗った。

 その瞬間、誰かに腕を強く引かれる。




 「――危ない!」



 

 引っ張られた腕に倒れ込むように、私は誰かの胸元へと飛び込んだ。そして、そのまま床を転がる。



 「ノエル......?」


 思わず顔を上げる。けれど、目に飛び込んできたのは――プラチナブロンドの髪。



 「ルシアン殿下......!? 申し訳ありません!!」


 

 私は抱き止められたままの姿勢を慌てて離れ、頭を下げる。



 「いや、危ないところだったんだ。それよりも無事でよかったよ」


 「......ありがとうございます」



 すると、周囲から歓声が上がる。



 「ルシアン殿下さすがだわ......!」

 「セレナ様も無事でよかった......!」




 称賛の声が次々と飛び交う中――


 後ろから、突然強く抱きしめられた。大好きな彼の匂いが鼻をくすぐる。




 「ノエル......」


 「セレナ、無事でよかった......ごめん、間に合わなくて」



 さらに腕に力がこもり、胸がぎゅっと締め付けられる。

 ノエルはゆっくりと身体を離し、真剣な眼差しで殿下に向き合った。



 「殿下、セレナを助けてくださってありがとうございます」



 ノエルは一歩前に出て、殿下に視線を合わせた。その瞳には、礼と同時に、わずかな警戒が滲んでいる。



 「何事もなくてよかったよ。でも、それより……さっきのは何だったんだろうね。狙いはわからないけれど、また婦人が狙われるかもしれない……」


 「そうですね、それは俺も気になっていました。気をつけます」


 「うん。……何かあれば、頼っていいよ」



 短いやり取りのあと、ふと空気が静まった。

 殿下は一瞬視線を彷徨わせ――そして、ちらりと私の方を見やる。


 

 「……セレナ夫人も、気をつけて」



 柔らかな声音に、心臓が一瞬だけ跳ねる。

 何気ない一言なのに、まるで深い意味を含んでいるように思えて――私は思わず視線を逸らした。



 その様子を、ノエルがじっと見ていたことに、私は気づいていなかった。


 ルシアン殿下は柔らかく微笑むと、何事もなかったかのように会場の中心へと戻っていく。

 騒然としていた空気も、主役の帰還とともに徐々に落ち着きを取り戻していった。



 ――だけど、私の心はざわめいて仕方がなかった。

 やっぱり、私は何かに狙われている。

 確かな確信と共に。


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