5、守りたい未来があるから
コゼットも手を出していたという黒魔法——。
それが、私たちの知らないところで静かに広がっているというの?
胸の奥がひやりとした。まるで冷たい風が心臓を撫でたような、不穏な感覚が広がる。
「精霊はね。人間と違って醜い欲はないの。だから、黒魔法に手を染めるなんてありえないのよ」
ウンディーネは腕を組み、少し眉をひそめながら言った。その横顔は、水面のように澄んでいるのに、どこか険しい。
「じゃあ、なんで黒魔法の影響を感じているの?」
「黒魔法特有の……あの、ざらりとした嫌な感覚があるの。まるで澄んだ泉に泥を投げ込まれたみたいな。精霊が自らそんなものに手を出すなんて、考えられない。だから外部の影響だと見ているわ」
「......それは、つまり」
「外部から意図的に精霊を狙って、黒魔法で攻撃したんじゃないかと踏んでるの」
「......人間が?」
「おそらくね。人間は、欲望に塗れているから」
空気が一気に重くなる。風の音さえ、遠くに引いていった気がした。
「セレナ、黒魔法の依存性は知ってるわよね?」
「うん。一度手を出すと麻薬みたいに依存して、理性や思考が歪んでいくって……」
「そう。それは“欲”に反応するからよ」
黒魔法は、心の奥底にある渇望を肥大させ、染み込むように人を蝕む。
精霊にはその「欲」がない。だからこそ、外部からの影響がなければありえない。
「じゃあ、やっぱり人間が……」
「そういうこと」
「私はどうすればいい? 黒魔法に染まった精霊たちを浄化すればいいの?」
「精霊は欲がないぶん、人間ほど影響は深くない。だから、私たちだけで浄化は充分だわ」
ウンディーネは淡く微笑み、しかしすぐに表情を引き締めた。
「でも、悪意ある人間が関わっているのなら、その人間を見つけなければ根本的な解決にはならない。……セレナ、あなたにも警戒していてほしいの。精霊を狙う者なら、あなたを狙ってもおかしくないから」
その言葉に、胸の奥でひとつ、カチリと音が鳴ったような気がした。
ずっと心の片隅にあった違和感が、ゆっくりと一本の線に繋がっていく。
「ねえ、実は——」
私はここ最近感じていた不穏な気配や、毒矢事件についてをウンディーネに打ち明けた。
「……やっぱり。犯人の狙いは、精霊や精霊使いで間違いなさそうね」
「なんでそんなことを……」
「わからない。でも——それに屈しちゃダメ」
「もちろん......!」
やっと掴んだと思った、普通の幸せ。
ノエルと歩む未来を、誰にも壊させはしない。
だから、私は立ち上がる。
この手で、必ず守ってみせる——そう強く心に誓った。
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