6、ふたりの令嬢が倒れた夜
パーティーは穏やかな調和の中で静かに進んでいた。
周囲の笑顔や祝福の声が、優しく響く華やかな会場。
それでも、セレナの胸の奥には、どうしようもない引っかかりがあった。
(なぜか心がざわつく……)
理由はない。けれど、確かに何かが始まろうとしている――そんな直感が、背筋をひやりと撫でた。
「今回は何もしない。穏やかに、静かに過ごすのだ」と強く自分に言い聞かせていた。
けれど、その誓いは――まるでガラス細工のように脆く、今にもひび割れそうだった。
そしてその時、空気がふっと変わった。
ざわめきが静まり、会場の視線が一斉にある一点に集まる。
コゼットだった。
(あ......いよいよ、だわ)
彼女の周囲に、青白く淡い光が漂い始めていた。
まるで霧のように優雅に、柔らかく。その中からふわり、ふわりと白い光の粒が現れ、宙を舞う。
(あれは……精霊使いの力)
まるで舞台の上に立つように、コゼットが光に包まれていた。
祝福される天使のように、静かに、静かに――けれど確かに“力”を見せていた。
セレナは無意識に拳を握った。
(だめ、私は……)
深く、呼吸を整える。
(私は、絶対に……何もしない)
心の奥でそう繰り返した、その時だった。
――”ダメよ!あなたが本物だわ!”
突然、耳元で声が響いた。
透き通るような高音、しかし人間の声とは思えない異質な響き。
言葉が脳に突き刺さり、次の瞬間、激しい痛みが襲った。
「……っ」
頭の奥で何かが軋むような痛み。視界が歪み、世界が波打つ。
(なに……これ……っ)
足元がふらつき、重力が急に失われたような感覚。意識が遠ざかる。
その瞬間、視界の端にノエルの焦った顔が映った。
彼は即座にセレナの身体を抱き留める。冷静なはずの彼の手が、わずかに震えていた。
「セレナ! しっかりして!」
声が響く。けれど遠い。まるで水の底で聞いているようだった。
それとほぼ同時――
「……っ!」
背後から、悲鳴のようなざわめきが起きた。
振り返る声が重なる。
「コゼット様!?」
「まさか……倒れた!?」
「誰か医師を!!」
薄れゆく意識の中、ざわめく声の集まる方へと顔を向けた。
見れば、コゼットもまた胸元を押さえ、苦しげにうずくまっている。
次の瞬間――その身体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
白いドレスの裾が、ふわりと床に広がる。
その直後、彼女を包んでいた青い光が、
意志を持つように一度だけ強く弾け、そして音もなく、ふっと消えた。
(......もう、だめ......)
全身の力が抜けていく。
セレナの意識は、そのまま静かに、深い闇へと沈んでいった。
「きゃーーーっ!!」
「な、何が起きているの!?」
二人の公爵令嬢が同時に倒れた――その光景に、会場全体が騒然となる。
それは偶然なのか、それとも――運命なのか。
何かが始まろうとしている――誰もが、心のどこかでそう直感していた。
ざわめきはやがて、不安と恐怖の色を帯びながら広がっていく。
それはまるで、何か大きな異変の始まりを告げる鐘の音のようだった。
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