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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第二部

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4、底知れぬ不安

 今晩もいつも通り、ノエルの腕に包まれながら眠りに落ちた。

 その腕のぬくもりは、いつだって私を安心させてくれる。

 ――なのに、胸の奥に小さな棘のような不安が残っていた。



 朝。

 食卓に並ぶ香ばしいパンと温かなスープ。いつものように、ノエルが時折私の口に食事を運ぶ。

 朝食を終えると、公務の時間がやってくる。



 「セレナも、無理はしないでね。じゃあ、また夕方ごろ」


 「うん……ノエルこそ、無理しないで」



 いつもと変わらないやり取りのはずなのに、今日は妙に名残惜しくて。

 無意識のうちにノエルの袖口をそっと摘んでいた。



 「......セレナ。今日は、サボっちゃおうか」


 「......だめよ」


 「ふふ。やっぱりセレナは真面目だね」


 ノエルは一歩近づき、そっと抱きしめてくる。

 背中にまわされた腕の力が、少しだけ強い。



 (このまま、時間が止まればいいのに......)




 胸の奥で名残惜しさが膨らんでいく。

 彼の背中が扉の向こうに消えた瞬間、心の中に冷たい滴が落ちたような気がした。






 ***



 ノエルと別れたあと、身支度を整え始めた。

 いつもの侍女。いつもの手つき。

 それなのに、今日はなぜか……何かが違う気がする。



 (毒矢事件のせいで、私が神経質になっているだけ……?)




 チラリと鏡越しに侍女を見つめる。

 穏やかな表情も、丁寧な仕草も、いつもと変わらない。



 (気のせい、よね……きっと)



 そう思った、そのときだった。

 髪を梳かしていた侍女の指先が、するりと首筋を掠める。



 ピリッ――。



 針の先で突かれたような鋭い刺激が、首筋を走る。


 


 「......っ!?」




 思わず手でその場所を押さえると、侍女が心配そうに顔を覗き込んだ。




 「奥様......? どうかなさいましたか?」


 「いえ......大丈夫よ」




 嫌な感覚は、もう消えていた。



 (これは、気のせい......?)

 


 けれど、あまりにあっけなく消えたそれが、逆に恐ろしかった。



 

 髪を整える鏡の中、映る侍女の表情はいつも通りだった。

 なのに、その瞳の奥だけが、氷のように冷たく見えたのは気のせいだったのだろうか。





 ***


 



 執務室に移り、帳簿を確認する。

 ペン先が紙をなぞる音が、やけに響いて聞こえた。

 仕事に集中しようとするたび、先ほどの侍女の瞳が脳裏にちらつく。



 (……だめ、全然集中できない)




 そのとき、不意に空気が揺れた。




 ――”セレナ! 大変よ!”



 透き通るような声が響き、思わず顔を上げる。

 


 (あ、この声は......)



 水しぶきが宙に弾け、ウンディーネが姿を現した。

 透き通る水のような髪が、重力に逆らうようにふわりと揺れる。




 「ウンディーネ......! 今日は、他のみんなはいないの?」


 「ええ、精霊界でトラブルが起きているの。みんな、それに対応しているわ」


 「......トラブル?」



 ウンディーネは真剣な表情で頷いた。



 「ここ数週間、一部の精霊たちの様子がおかしくなっているの。草木を害したり、仲間を攻撃しようとしたり……黒魔法の影響じゃないかと私たちは見ているわ」


 「黒魔法……!?」



 驚きに息が詰まる。

 もしかして、ずっと感じていた底知れぬ不安や違和感も……そのせいなのだろうか。

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