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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第二部

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3、どうしてそんなに余裕なのかしら......!

 「セレナ〜? ねえ、セレナさーん?」


 わざとらしく、私の目の前でしゃがみ込み、ノエルが覗き込んでくる。

 その距離が近すぎて、思わず身体が硬直した。……でも、視線は合わせない。合わせられない。

 

 (だって……! あんなの……!)



 先ほど――ノエルは当然のような顔で「手伝う」と言い、私を横抱きにしたまま湯浴み場へと連れて行った。

 最初は優しく背中を流してくれて、穏やかな時間だった。

 けれど、途中から彼はまるで“私を逃がさない”みたいに、手を離さなかった。

 指先が髪を梳き、首筋をなぞり……そのたびに、心臓が跳ねた。

 そして、その後は――。



 (うわぁぁぁぁぁ……!)



 思い出した瞬間、顔が一気に熱に包まれる。

 胸の奥から湧き上がる感情を抑えきれず、呼吸が浅くなる。



 「もう、照れちゃって……セレナ、あんなに可愛い声出してたのに」


 「も、もうっ……! 言わないで!!」


 「ふふ……やっと、俺の方を見た」


 「~~~~っ!!」



 どうして、そんな余裕の笑みができるのよ……!

 私ばかりが振り回されて、ドキドキして……本当にずるい。



 思わず彼を見上げた瞬間、その瞳に吸い込まれた。

 いつもの穏やかさの奥に、濃く熱を帯びた光が宿っている。

 ――逃げ場なんて、最初からなかったのだ。



 ノエルは私の顎をそっと持ち上げ、視線を絡めた。



 「セレナは、俺の顔を見てなきゃだめだよ」



 低く甘い声が耳の奥に落ちる。

 囁きなのに、命令のようで……胸がぎゅっと締めつけられる。

 


 身体が自然と動いて、私は彼の肩に腕を回した。

 彼の体温に触れた瞬間、世界が小さくなって、そこにはノエルだけが残る。



 「……いい子」



 囁きながら、ノエルは満足そうに目を細めた。

 その顔を見ていると、抗う気持ちなんてどこかへ消えていく。



 「俺の……セレナ」



 その言葉は甘く、けれど底にあるのは深い独占欲だった。

 私は息を詰めながら、それでも彼の胸元に顔を埋める。



 (……ああ、もう。幸せすぎて、怖い)




 ノエルの胸に顔を埋めたまま、私はふとまぶたを閉じた。

 頬越しに、彼の体温がじんわりと伝わってくる。優しく髪を撫でる指先が心地よくて、まるで夢の中にいるみたいだった。


 (……幸せ)



 今だけは、何もかも忘れてしまいたい。

 あたたかな空気に包まれて、心がゆるやかに解けていく――けれど。



 (……あの日も、こんなふうに穏やかだったのに)



 頬をかすめた毒矢の冷たさが、突如として脳裏をよぎる。

 背筋に、ひやりとした感覚が走った。



 「……セレナ?」



 小さな震えを、ノエルはすぐに察したのだろう。

 腕を強く回され、ぎゅっと抱き寄せられる。



 「大丈夫。俺がいる」



 低く、甘やかな声が耳元に落ちる。

 その響きに胸が温かく満たされる一方で、心の奥底には言葉にならない不安がじわじわと広がっていく。



 (本当に……何も、起こらないのよね?)



 ノエルの体温を感じながらも、私は知らず知らずのうちに彼の服を握りしめていた。

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