2、再び加速する過保護
私の頬を毒矢がかすめた、あの恐ろしい日から──驚くほど何も起こらなかった。
事件の余韻を残したまま、日々は静かに過ぎていく。
……それが、かえって怖い。
屋敷の廊下を歩いているときも、庭園で本を読んでいるときも、ふとした瞬間に背筋を撫でるような視線を感じるのだ。振り返っても、そこには誰もいない。
風もないのに、木の葉がカサリと鳴る──そんな些細な音すら、今の私には不気味だった。
そして、ノエルの様子も変わった。
――もともと過保護な人だったのに、今はそれがさらに加速している。
(もう十分、過保護なのに......!)
それを痛感したのは、事件の夜のことだった。
夜の帳もすっかり深まった頃。
(そろそろ、寝る支度をしないと......)
そうして、湯浴みをしようと侍女に声をかけようと思った瞬間、別の声に遮られる。
「君......下がっていいよ」
ノエルだった。いつの間にか部屋に入ってきていた彼は、短くそう命じる。
「はい。旦那様」
侍女は一礼して部屋を出ていき、扉が静かに閉まる。
残されたのは、私とノエルの二人きりだった。
「ええっと......これから湯浴みをしようと思っていたのだけれど」
「うん。わかってるよ」
「……ノエル? 何か話でもあるの?」
「ううん。ただ、セレナが心配なだけ」
事件のあとだ。彼の気持ちは理解できる。
けれど、なにか噛み合わないような違和感が胸の奥に引っかかる。私は一度息を整え、彼に向き直った。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。支度が整ったら、また声をかけるわね」
「うん。じゃあ――行こうか」
「......え?」
ノエルはにっこりと、いつもの涼しい顔で微笑んでいた。
「俺が、手伝うよ」
その意味を理解した瞬間、顔に一気に熱がのぼる。
「ちょ、ちょっと! 何を言っているの!!」
「え? 今さら? もうセレナの身体は――」
「も、もう! 言わなくていいわ!!」
彼は相変わらず平然としているのに、私だけが慌てふためいている。
そんな私を、ノエルはじっと見つめながら一歩ずつ距離を詰めてきた。
「……じゃあ、いいんだね?」
低く囁くような声が耳元をかすめた次の瞬間、身体がふわりと宙に浮かぶ。
ノエルに横抱きにされた瞬間、心臓が跳ねた。
驚きと恥ずかしさで身をよじる私を、ノエルは片腕だけで難なく抱え直す。
そのまま、彼はためらいなく浴室の方へ歩き出す。
「ノ、ノエル......!」
「動くと落ちちゃうよ。……ほら、ちゃんと捕まって?」
囁き声が、ひどく甘く胸の奥をくすぐる。
(もう、いっか......)
私は観念したように、彼の首に腕を回した。ノエルの口元に、満足そうな笑みが浮かぶ。
「うん、いい子だね」
なんだかんだで、私は彼に甘いのだ――。
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