愛してしまった罪(sideノクス)
第二部の伏線をチラッと。
ずっと胸の奥に違和感があった。
――もしかしたら、精霊使いはコゼットではないのではないか。
別にいるのではないか、と。
だが、俺はその疑念を意図的に封じ込めてきた。
王族は常に正しくあらねばならない。それなのに、俺は……。
受け入れたくないと、心が拒絶していたのだ。
しかし現実は、容赦なく突きつけられる。
コゼットは精霊使いではなかった。
本当の精霊使いは、セレナ嬢だったのだ。
では、あの腕輪で見た“過去”は何だったのか。
セレナ嬢は、確かにコゼットをいじめていた。
精霊使いとされていたのもコゼットだった。
だが、真実は異なっていた。
ならば、彼女は一体――。
精霊たちが真実を暴くと、民衆の冷たい視線がコゼットに突き刺さった。
「......コゼット......?」
思わず、その名を呼ぶ。声が震える。
視線は定まらず、彼女の顔をまともに見られない。
無意識に、強く唇を噛んでいた。
そこにあったのは、信じたくない現実だった。
「殿下、違うのです、私は──」
コゼットが縋るように叫ぶ。
もう聞きたくない──見たくない。
これ以上、絶望を突きつけないでくれ。
「......やめろ、コゼット」
言葉を断ち切るように短く告げる。
「……今は、真実を見極めねばならない。君が罪人かどうか、調べる必要がある」
彼女の目を見ることは、もうできなかった。
「......彼女を、控えの間へ」
騎士たちがコゼットを囲み、腕を取る。
「殿下! 違います、私を信じて──!」
その叫びが耳に届いても、顔を上げることはできなかった。拳を握りしめ、ただ小さく呟いた。
「……すまない……」
***
王宮に戻った俺は、真っ先に地下牢へ向かった。
彼女と話すためだ。
「ノクス様......」
まずは調べなくてはならない。
彼女には黒魔法使用の疑いがある。
黒魔法の使用者を見破れる王宮魔法師に確認させた。
「殿下......コゼット様は、黒魔法の使い手です」
「そうか、わかった。もう下がっていい」
魔法師が地下牢を後にし、静寂が落ちる。
コゼットと俺だけになった。重たい沈黙がのしかかる。
「......なぜ」
ようやく声を絞り出すと、彼女の肩がかすかに揺れた。
「......ごめんなさい」
再び沈黙。空気がひどく冷たい。
「あの時の君の光は......間違いなく精霊によるものだった。あれは何だ......?」
彼女は俯いたまま、ゆっくりと口を開く。
「黒魔法で......お姉様から奪いました」
その言葉を聞いた瞬間、息苦しさを覚えた。
彼女は続ける。
「でも、結局......偽物は偽物でした」
その瞬間、理解した。
なぜこんなにも現実を受け入れられず、心が苦しいのか。
――俺は彼女を、愛していたのだ。
その自覚は、同時にこの思いを“間違い”と決定づける。
彼女は、罪人だ。それも死罪に値するほどの。
王族として、王子として、突き放さねばならない。
だが脳裏に浮かぶのは、彼女の微笑み。
彼女は、会う時には必ず紅茶を入れてくれた。
俺の好みをどこからか知って、必ずその味を用意してくれていた。
それにふとした仕草や表情。
どれも俺には、愛おしく映っていた。
今頃になって自覚するとは、なんと皮肉なことか。
再び、彼女に視線を向ける。
彼女は真っ直ぐに俺を見つめていた。
その目は、とても悪女のものには見えなかった。
彼女の瞳の奥に、まだ何かがある気がしてならない。
愛してしまったが故に、俺が現実を見ようとしていないだけなのか。
だが、彼女が罪人であることは変わらない。
俺は短く彼女に告げる。
「君の処遇については、追って伝える。では、失礼する......」
そうして、地下牢を後にした。
歩きながら、決意を固める。
この思いは間違っている。
だが俺は、どうしたら彼女を救うことができるのかを考えていた。
ふと、脳裏に一つの考えがよぎる。
――表向きは処刑したことにし、幽閉して一生囲えばいいのかもしれない。
その考えが浮かんだ瞬間、乾いた笑いがこぼれた。
(ああ、俺は......)
王族として、常に正しくあるべきだと信じてきた。
だが、今の俺の姿はどうだ?
(……正しく、ないな)
堕ちていく自分を自覚した瞬間だった。
彼女の瞳の奥に何かを感じていた。
根拠はないくせに、彼女は悪女じゃないという確信めいた何かが。
何より――
もう止まれそうになかった。
この想いが間違っているとしても、貫き通すと決意してしまったのだから。
第二部構想中です。
54話の「光と闇」も加筆修正しています。
来月半ば〜再来月辺りで連載再開できればいいなと考えています。




