今度こそ君を守るから(sideノエル)
セレナが毒に倒れたあの日、俺の世界は音も色も失った。
彼女のいない世界に意味なんてない。
いっそ死んでしまおうとさえ思った。
そのとき、頭をかすめた一筋の光――それは“時戻りの腕輪”だった。
もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。
俺は迷わず決意した。過去を変え、セレナを救う、と。
決めてしまえば行動は早い。
王宮に忍び込み、禁忌の腕輪を手に入れた。
彼女のためなら、どんな罪でも背負えると思った。
(セレナ。君を守るためなら......俺は何だってする)
腕輪が淡く光を放ち、視界が白く染まる。
――そして、時間が巻き戻った。
***
「……っ!」
息を呑み、目を見開く。見慣れた天井、いつものベッド。
(本当に……戻ったのか?)
つい先ほどまで、俺は王宮にいたはずだ。
胸の奥に確信が芽生える。これは、やり直しのチャンスだ、と。
(まずは、日付を確認しよう)
近くのカレンダーに目をやる。
今日は、セレナが毒に倒れる一年前だった。
確か、もうすぐコゼットの誕生パーティーのはずだ。
あのパーティーを境に、セレナは“悪女”の烙印を押され、孤立していった。
(――今度こそ、彼女を守りぬく)
まずはセレナに会いに行こう。
愛しい君に、今すぐ会いたい。
逸る気持ちを抑え、従者を呼びつける。
そして、グランディール公爵家に向かうことを伝えた。
「心配ですよね。セレナ様が高熱で倒れられてから、もう三日目ですし……まだ目覚められたとの連絡もなく……」
……高熱? 三日も昏睡?
そんな出来事、俺の知る“過去”にはなかったはずだ。
回帰したことで、何かが変わっているというのだろうか。
「......今すぐ向かう。準備してくれ」
短く命じながら、胸の奥がざわめく。
腕輪は一度きり。もう失敗は許されない。
またセレナを失うことになったら......俺は今度こそ、生きていけない。
彼女を必ず守らなくてはならない。
(どうか無事でいてくれ、セレナ……!)
***
グランディール公爵家に到着すると、玄関先にコゼットが立っていた。
(......コゼット)
彼女の顔を見るだけで、胸の奥に黒い感情が渦巻く。
セレナを孤立に追い込んだ張本人。そして、毒殺の犯人である可能性すらある。
「ノエル様、来てくださったのですね。ちょうどお姉様が目を覚まされたのですよ」
「……本当か!」
思わず胸が熱くなる。セレナが生きている――それだけで世界が光を取り戻す気がした。
しかし、コゼットの柔らかな笑顔は、俺にはどうしても仮面に見えてしまう。
「……感謝するよ」
短く礼を述べ、彼女の横を通り過ぎた。今はただ、セレナに会いたい。
(セレナ……セレナ……!)
一度は失ったはずの彼女が、いまこの世界で息をしている。
その事実だけで胸がいっぱいになる。
呼吸するのも忘れ、俺はまっすぐに彼女の部屋へ向かう。
そして、扉を開けた。
――光り輝く銀髪。愛しい彼女が、そこにいた。
「……セレナ。目覚めたんだね」
視界が滲む。こみ上げるものを抑えきれない。
彼女が名を呼ぶ。
「……ノエル」
(セレナが、本当に生きている……!)
気づけば、腕が動いていた。
俺は真っ直ぐに彼女の元へ歩み寄り、力いっぱい抱きしめていた。
同時に後悔が押し寄せる。
思い出すのは、あの時彼女を守れなかった無力な自分。
「――ごめん」
声が震える。セレナが驚いたように見上げた。
「……ノエル?」
もう二度と彼女を失いたくない。
その思いが、抱きしめる腕に力を込めさせる。
「いや……なんでもない。ただ、怖かったんだ。……もう、二度と会えないんじゃないかって」
無意識に口をついた本音に、セレナが驚いた顔を向ける。
ようやく我に返り、取り繕った。
「ごめん、ちょっと大袈裟だったね」
「いえ……心配をかけて、ごめんなさい」
その言葉に、また胸が熱くなる。
「......本当に」
「離れていて、こんなふうになっていたら……気が気じゃない」
“あの時”の光景が脳裏をよぎる。
彼女の冷たい指先、閉じられたままの瞳。
あの悪夢が脳裏をかすめた瞬間、腕にさらに力がこもった。
息が苦しい、指先が震える、それでも離せない。
今度こそ絶対に離さない――そうでなければ、俺はもう生きていけない。
「ねぇ、セレナ。――一緒に暮らそう?」
気づけば懇願していた。
これが俺の全てだ。君を失うくらいなら、俺は壊れてしまえばいい。
今度こそ君を守ってみせるから。
君だけは――たとえ世界を敵に回しても、絶対に離さない。
君がいない世界なら、俺は何度でも壊してやる。
実はセレナとノエルが回帰前の記憶を取り戻したのは、同じタイミングなのです。
もう一度読み返すと違って見えるかもしれません。




