最終話「今度は私が離さない」
いよいよ結婚式当日。
アストリッド公爵家の庭園は、色とりどりの花で溢れ、春の柔らかな光が花びらに反射して煌めいていた。そよ風に揺れる花々の香りが、ほのかに鼻をくすぐる。
(ついに……この日が来たのね)
私は白いドレスに身を包み、目を閉じて深呼吸する。
ここまで来るのに長い道のりだった。
本当の力を取り戻し、コゼットとは完全に決別した。
すべては、あの人の隣に立ち続けるため。
私のためにすべてを投げ打ち、未来を取り戻してくれた――愛しい人。
「セレナ、緊張してるの?」
隣から降りかかる声は、春の陽だまりのように温かい。淡い金髪に深紅の瞳。白いタキシードに身を包んだノエルが、微笑んで私を見つめている。
「ううん、でも……いよいよだなって」
「そうだね」
彼は目を細め、そっと私の手を握る。
「じゃあ、行こうか」
手を取り合い、庭園へ一歩ずつ踏み出す。
会場は光に満ち、精霊たちの気配もすぐそばに感じられる。
「王国の救世主と精霊使い様だー!」
「本当にお二人とも美しいわ……」
招待客たちの歓声と拍手が庭園に響く。ウンディーネたちも、花びらの間をすり抜けるように駆け寄り、笑顔で祝福してくれた。
「二人ともおめでとう!」
「似合っているぞ」
「本当に幸せそう~」
祝福の声に胸がじんわりと温かくなる。
私たちは祭壇の前に進む。
柔らかな光が降り注ぎ、花々の香りがふんわりと漂う。
「セレナ、君と共に歩けることを誇りに思うよ」
ノエルの声が、私の胸に直接響く。
その瞳は真っ直ぐで、言葉よりも深く、私の心に届く。
「ノエル……私も、ずっとあなたの隣にいたい」
その瞬間、精霊たちが一斉に光を放ち、花びらの間で小さな光が踊る。庭全体が淡い虹色に染まり、まるで祝福そのものが息をしているかのようだ。
「二人なら、どんな困難も乗り越えられるわ」
「私たちも、ずっと見守っているから!」
牧師の言葉が静かに響く。
「互いに愛し、互いに支え、喜びも悲しみも分かち合うことを誓いますか」
ノエルは私の手を握り、微笑む。
「はい、誓います」
私も迷わず答える。
「はい、誓います」
太陽の光と精霊たちの祝福が庭全体を包む。
「これにより、セレナ・グランディール様とノエル・アストリッド様を夫婦として認めます」
歓声と拍手が庭園に満ち、私たちは互いに見つめ合い、自然と微笑む。精霊たちの祝福、友人たちの笑顔、そしてノエルの温もり――すべてが私たちの幸せを包み込む。
(ああ、これが……私たちの未来……)
胸がいっぱいになり、自然と涙が頬を伝う。
でも、それは喜びの涙。
そして、ずっと願っていた「普通の幸せ」の光だった。
「ねえ、ノエル」
「ん?どうしたの?」
「今度は私が――離さないから......!」
私は彼に思いきり抱きついた。
ノエルの瞳が一瞬だけ見開かれる。けれど、すぐにいつもの優しい笑みに変わる。
「俺もだよ――愛してる」
「私もよ、愛してる」
そのまま、自然に唇を重ねる。歓声が庭園に広がり、世界が祝福に満ちる瞬間だった。
私は、毒殺されるはずだった。
もし彼があのとき諦めていたら、私を手放していたら――こんな未来は、決して訪れなかった。
(本当に……私のノエルは……)
胸の奥から温かい光が溢れ、全身を包んでいく。
回帰してから選び取ったすべての選択が、今この幸せに繋がっている。
だからこそ、自分の選んできた道を誇りに思える。
ねえ、ノエル。
今度は――私が離さない。
この未来を、絶対に手放さない。
覚悟しててよね。
これが、私たちの誓いだから。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
セレナとノエルが無事に幸せを掴むことができて、作者としても胸がいっぱいです。
この物語はこれで一旦の完結となりますが、番外編や二部など、また別の形で二人の姿を描けたら……と思っています。
そして――
もしこの物語が少しでも心に残ったら、感想や評価で教えていただけると本当に励みになります。
読者の皆さんの声が、何よりの原動力です。
改めて、ここまで物語にお付き合いくださったこと、心から感謝します。
ありがとうございました!




