54、光と闇
後半はコゼット視点です。
コゼットとの話を終え、私は王宮の地下牢から外へと出る。
その瞬間、目の前が塞がれる。
「......ノエル」
彼が抱きついてきたのだ。
彼は不安そうな眼差しで口を開く。
「......大丈夫だった?何もされなかった?」
「大丈夫よ。コゼットももうこれ以上何かする気にはなっていなかったでしょうし」
「......それでも心配だったんだよ。セレナが一人で話すって聞かなくて......」
彼は視線を逸らし、むくれたように小さく肩を落とす。
「......ごめんね」
私は踵を上げてノエルの額に唇を触れさせる。
彼は一瞬目を見開き、顔を赤らめる。
「ねぇ、セレナ。こうすればいいと思ってない?」
「そんなことないわよ、ね?」
「......本当に君は......」
こんなやりとりが愛おしい。
──”ふふっ!幸せそうで何より!”
透き通るような声が響く。
「ウンディーネ!それにみんな......!」
精霊たちが一斉に姿を表す。
「俺たちも心配だったからな」
「でもセレナなら大丈夫だと思っていたよ」
「うふふ、一件落着ね〜?」
改めて実感する。
私は毒殺される未来を防ぎ、ノエルと共に歩む未来を手に入れたのだ、と。
「本当に……ありがとう」
心からの笑顔が、自然とこぼれ落ちていた。
***
その頃、王宮地下牢。
「お姉様......」
最初は小さな嫉妬がきっかけだった。
黒魔法を使って、”良い子”のお姉様が”悪い子”になったら?
私の方が優秀とみんなから認められたら?
そうしたら私のこの胸を覆い尽くす寂しさはなくなる?
私は──”必要”とされる?
でも、黒魔法はこの国では禁忌。
見つかれば処刑。そんなリスクを負ってまで手を出す覚悟は、まだ持てなかった
ある時、お姉様から淡い光が差し込むのを見た。
転んだお姉様が立ち上がると、踏み潰されていた花が元通りに伸びる——目の前の光景に、息を呑む。
(え......?あれは......?)
調べるうちに分かった。あれは──精霊使いの力。
(なんで、なんで、なんで......!?)
お姉様ばかりがなんで恵まれているの?
もう、十分じゃない......。
心の奥で何かがきしむ。そんな時、背後から声がした。
『……奪えばいいじゃないか』
驚いて振り返ると、闇の奥に誰かが立っていた。
『君だってできる。黒の力なら、契約を切り裂くことくらい容易い』
低く甘い囁きが耳を撫でる。
(奪う……私が?)
その瞬間、胸の奥で小さな炎が灯った。嫉妬と憧れと、そして……誰かに必要とされる予感。
囁かれた声が、私の心の隙間にぴったりと入り込む。
(……私、できるかもしれない……!)
自分の意思か、それとも誘導された結果か――その境界は曖昧だった。
ただ確かなのは、胸の奥の炎が、私を前へ押し出しているということ。
そして決意する。黒魔法を使うことを。
──お姉様と精霊を繋ぐ契約を解除し、自分のものにすると。
成功してからは、もう止まれなかった。
どんどん増幅していく、どす黒い感情。
嫉妬、憎悪、殺意......。
きっとこれは、黒魔法に手を染めた、愚かな私の末路。
──死を受け入れるしかないのだわ。
そして再び、地下牢に足音が響く。
漆黒の髪、金色の瞳——ノクス・ヴァルディア第一王子。
「ノクス様......?」
胸がぎゅっと痛む。
私は彼のことも利用していたのだ。
お姉様を害するために。
でもノクス様と過ごしている中で、私は気づいてしまった。
──彼の視線に。
私はそれを、見て見ぬふりをした。
彼を利用しているという罪悪感が心の奥にあったから。
彼は一歩近づき、視線を逸らさずに言った。声は静かだが、その奥に消せない熱が灯っている。
「......コゼット、俺と来てくれるか」
言葉の軽さはなかった。向けられたのは命令でも救済でもなく、個人的な懇願のように思えた。
「......え?」
「一生外に出してやることはできない。表向きは君を処刑したことにはするからな」
「ノクス様、それは......」
ノクス様は何を言っているの?
私は罪人なのに......。
「君の笑顔を、何度も見た。差し入れてくれた食事、ふとした仕草――そういうものが、俺には.....すべて愛おしかった」
その言葉に、喜びを感じてしまった。
けれど同時に、苦しさで胸が締め付けられる。
「でも、私は......そんなふうに思ってもらえる資格なんて......」
声を震わせると、ノクス様が鉄格子越しに私の手を包み込む。
その瞳は真っ直ぐに、私を射抜く。
「俺が必要なんだ。他でもないコゼット......君を、だ」
私が“必要”──その言葉が胸に響き、心がじんわりと温かくなる。
ずっと、ずっと欲しかった言葉。
(私……もう少し希望を持ってもいいの?)
自然と涙が頬を伝う。
彼の瞳が、一瞬揺れた。
「ノクス様......ありがとうございます」
握られた手に、かすかに力が込められる。
牢の暗闇の中で、彼の瞳だけが光を放つようだった。
もう一生、出られなくていいのかもしれない。
目の前に、真っ直ぐに思いを告げてくれる彼がいるのだから。
でも──これは歪んだ救いかもしれない。
それでも、彼の真っ直ぐな瞳は、私に残された最後の光だった。
クライマックスが近いです




