53、犯した罪は消えない
ここは、王宮の地下牢。
光は届かず、外部の音も聞こえない。
鎖が擦れる音だけが、暗い空間に響いていく。
私は鉄格子越しに、コゼットと向き合っていた。
薄暗い光の中で、彼女の瞳だけが鋭く光っている。
「......何よ、お姉様。笑いに来たの?」
口調は冷たい。けれどその手は、鎖の先で小さく震えていた。
「......コゼット。最後にあなたと話がしたかったのよ」
「はっ!本当に”いい子ちゃん”ですわね......!私は話すことなんてないわ!」
コゼットの瞳が鋭く私を捉える。
沈黙が暗い牢を包む。
「......ごめんなさい」
「は?なんで、お姉様が謝るの?」
「きっと、私は......無自覚にあなたから色々奪っていたのだと思う......あなたに、黒魔法にまで手を出させてしまった......」
「はっ、え?やめてよお姉様。これ以上私を惨めにさせないでくれる......?!」
鎖が鳴り、コゼットが立ち上がる。
頬を伝うのは涙か汗か、闇に紛れて見えない。
「本当にお姉様は、偽善者ですわ......!そういうところが、本当に……大ッ嫌い......!!」
「もう、どうせ私は処刑されるのよ。それでいいじゃない。どっか行きなさいよ!」
吐き捨てる声の奥に、震える響きが混じっている。
私は鉄格子に手をかけ、彼女の目をまっすぐ見つめた。
「あなた......本当はやめたかったのでしょう?」
「......え?」
その一言に、コゼットの肩がびくりと跳ねた。
しばし沈黙ののち、かすれた声が落ちる。
「……そんなこと……ない……」
「黒魔法を選んだのは私よ。誰のせいでもない……そう思ってたのに……!」
最後の言葉は、怒鳴り声ではなく、泣き声に近かった。
コゼットの両手は鎖を握りしめ、白くなるほど力を込めている。
「結局、私はお姉様の影だった! 誰も私を見なかった! だから、だから……!」
私も甘いのだろうか。
回帰前に殺され、今回も殺されかけたのに、優しかった頃の彼女の姿が頭をよぎる。
あの頃、公爵家に来たばかりの私に冷たく当たる使用人たちを、彼女はきっぱり叱った。
「あなたたち、誰に仕えるべきかわかっていないの?」
その一言は鋭く、翌日から使用人たちの態度も変わったのも覚えている。
あれも、きっと彼女。嘘なんかじゃない。
私は鉄格子越しに、そっと彼女へ手を伸ばした。
指先から淡い光が溢れ、鎖を伝ってコゼットを包み込む。
「......これは、前に助けてもらった時のお礼よ」
彼女を許した訳じゃない。
でも黒魔法に呑まれた彼女を、せめてこの手で戻したかった。
見捨てることなんて——できなかった。
光がコゼットの体を覆い、暗い気配を削ぎ落としていく。
彼女の瞳から黒い靄が少しずつ溶けると、驚きと戸惑いが混ざった表情が浮かぶ。
ほんの一瞬、幼い頃と同じ柔らかな表情さえ映ったように見えた。
「あ……れ……? 私……なにを……」
その顔を見つめながら、私は静かに告げる。
そう、これは私なりのけじめ。
「でも、あなたは償わなければならないわ。それが、私の最後の願い」
犯した罪が消えることは決してないのだから。
「……お姉……さま……」
「......さようなら」
背を向け、鉄格子をそっと押す。
嗚咽が小さく響くが、もう誰にも届かない。
きっと、もう彼女と会うことはないのだろう。
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