幕間「芽吹く違和感」
アストリッド公爵と対峙したあと、俺は自室に戻った。
その手には――時戻りの腕輪。
痕跡を辿るためだ。
「……王国の切り札に手を出すなど、理解ができない」
それに公爵は腕輪に手を出せば死罪であることを知っていたはずだ。
(......正気じゃないな)
冷たい輪を腕に通した瞬間、脳裏に奔流のように”過去”が流れ込む。
”それ”をみた瞬間、息を呑んだ。
「……はっ、女のためか」
公爵が命を賭して守ろうとした相手。
――セレナ・グランディール。
だがその記録に映る彼女は、コゼットを虐げる存在でもあった。
(そんな女を救うために? 我が婚約者を泣かせた張本人を……?)
胸の奥に苛烈な嫌悪が走る。
だが同時に、拭えぬ違和感も残った。
――セレナ嬢が亡くなった直後から、王国への精霊の加護が消えたのだ。
以後、災禍と病が国を蝕み続けている。
(なぜだ……? コゼットがいるというのに……)
心臓が強く脈打つ。
いや、精霊使いはコゼットで間違いない。
この目で、彼女の輝きを見た。
だが――。
(あの日以来、彼女が力を振るうところを……俺は見ていない)
ひとつの仮説が、脳裏をかすめる。
ーー精霊使いは、別にいる。
俺はそれを即座に否定した。
だが同時に、得体の知れぬ拒絶感が胸を締め付ける。
(……なぜだ。俺は、何を恐れている?)
脳裏によぎるのは、婚約者コゼットの優しい微笑み。
(......俺は)
歯を食いしばり、視線を腕輪に落とす。
(ともかく――)
どんな理由があろうと、王国の秘宝に手を出した時点でアストリッド公爵の死罪は変わらない。
王族として、必ず正義を貫かねばならない。
それが――俺に課された責務だ。
――ほんの少し芽生えた気持ちに目を背けながら。




