41、この命に代えても(sideノエル)
セレナが死んだ。
胸の奥が、音もなく崩れ落ちる。
守るはずの人を、守れなかった。
あのとき、コゼットに違和感を覚えた瞬間に動いていれば――。
いや、違う。
すべては「俺の欲」だ。
セレナに頼ってほしいという、醜く浅ましい願望。
何が「俺だけが味方」だ。
何が「守る」だ。
結局は自分の欲望を優先しただけの、愚かな偽善者じゃないか……!
心臓を握り潰されるように苦しい。
あとを追いたい。死にたい。
(セレナがいない世界なんて……意味がない)
両手で頭を抱える。
息が詰まり、涙が頬を伝う。
そのときーー脳裏にかすかな光が刺した。
時を遡ることのできる聖遺物。
その存在を思い出した。
ーー時戻りの腕輪。
王族と一部の高位貴族にしか知られていない秘宝。
俺もまた、その存在を知る者のひとり。
(あれを……使えば、過去をやり直せる……?)
胸の奥に、淡い光が差し込む。
でも同時に恐怖も浮かぶ。
王族以外が使えば、死罪だ。
けれど今の俺はもう、死んだも同然。
恐れるものなど、何もない。
(死罪?――はっ、怖くないね……!)
セレナのいない世界の方が、何倍も怖い……!
成功しても罰は待つだろう。
それでも構わない。
俺は――彼女を守るために生きる。
欲に敗けぬ誇りある男として――!
(やってやる……この命を賭けてでも……!)
――その選択が、この後の運命を大きく揺らすとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。
***
作戦は単純。腕輪の保管場所を突き止め、奪って起動する。
未来を変える。ただそれだけ。
世間ではなぜか精霊の加護が失われて、災害や病気の流行など荒れているらしい。
でもそんなことはどうでもいい。
セレナのいない世界なんて、知ったことか。
まずは彼女を救う。それだけだ。
腕輪はどこに保管されているのだろうか。
王宮の金庫?いや、あれは王国の危機の際に王族が使うものだ。
有事の際にすぐに使えなきゃ意味がないはずだ......。
となると王の寝室か執務室?
これは単純すぎるか?
もしかして、王子の近く......?
(賭けてみるか)
どっちみち失敗すれば、死罪は避けられない。
なら賭けてみようじゃないか、俺の直感に......!
今夜、仕掛ける。
迷いなんてどこにもなかった。
***
夜、俺は王宮の外れの木陰に潜み、ノクス第一王子の寝室を見下ろしていた。
我ながら正気の沙汰じゃない。だけど――ここに“それ”があると直感が告げている。
不意に淡い光が耳元を掠めた気がした。
(......気のせい、か?)
とりあえず今は目の前のことに集中しよう。
拳を握り、深呼吸ひとつ。躊躇はもう、ない。
バリーンッ!!
硝子の砕ける轟音。冷気と共に俺の体が闇を切り裂き、寝室へ突入した。
「......何者だ!?」
ノクスが飛び起き、枕元の短剣を掴む。護衛が一斉に押し寄せる。
(まあ......当然こうなるよな)
でも覚悟はとうに決めている。
剣を抜き放つ。
ーーザシュッ
鋼が鋼を斬る衝撃、肉を裂く鈍い手応え。返り血が頬を熱く濡らす。呻き声と、鉄の匂いが空気を満たす。次々と護衛が倒れる。
(......っは! お前たちとは、背負ってるものが違うんだよ......!)
俺は無心で斬り伏せる。敵が倒れるたび、足元を赤が染め上げていく。
ついに残ったのは、ノクス殿下と俺、二人だけ。
寝室に残響するのは、荒い息と血の滴る音。
「......アストリッド公爵か。何が目的だ?」
鋭い視線を向けられ、重苦しい沈黙が落ちる。
「――時戻りの腕輪を探しています」
「......何を言っている?」
ノクスの表情がわずかに硬くなる。
「そのために王宮へ? 狂ったか」
「はは!結構......!」
「俺はもう、とっくに壊れているんでね......!」
吐き捨てるように言ったその瞬間――。
脳裏に、不意に差し込む導き。
本棚へと視線が吸い寄せられる。
その瞬間。
――そこにあるわ。
透き通る声が耳を撫でた。
(……! あそこだ!)
ノクスを振り切り、本棚に剣を振り下ろす。
わずかな歪みがあった。押してみると――隠し扉。
口角がわずかに上がる。
迷いなく扉を開けた。
中に収められていたのは、碧い宝石の嵌め込まれた銀の腕輪――王家の紋章が施された腕輪だった。
(これだ......!)
指先が震えながらも、俺はそれを掴む。
(ああ、セレナ。君を救うためならなんだってできる)
心の中でセレナの笑顔が瞬く。
「やめろ!それに手を出してはいけない!」
ノクスの叫びを無視し、腕に通す。
冷たい金属が肌を覆い、光が爆ぜる。
「……殿下。また会いましょう」
嘲るように笑い、光に身を委ねる。
「覚えておけ! 過去に逃げようと、必ず追う!」
「ええ。お待ちしていますよ」
「――ノエル・アストリッド!!!」
ノクスの声が響く。
腕輪の光が全てを飲み込み、世界は白銀に塗り替わっていった。
これでセレナに会える。
待ってて、今度は必ず君を守ってみせるから。
ーーこの命に代えても。
次回よりセレナ視点に戻ります。




