39、彼女のいない未来に、意味なんて(sideノエル)
ノエル視点です。
冷たい石の牢獄。水滴がぽたりと落ちる音だけが響く。
両手は鎖につながれ、背中に重たい絶望がのしかかる。
(……セレナ。大丈夫だろうか)
彼女を悲しませることだけはしたくなかった。
それでも、いつかこうなることは覚悟していた。
――いつか彼女と引き裂かれる未来を。
その時。
規則正しい足音が近づいてきた。
コツ、コツ……。
現れたのは、漆黒の髪に金の双眸を持つ青年。
ノクス・ヴァルディア第一王子だった。
「……殿下」
「アストリッド公爵」
その声は冷徹で、刃のように鋭い。
「なぜ捕まったのか、わかっているだろう?」
「……俺の想像通りであれば」
ノクスはふんと短く吐き捨てる。
「ーー”時戻りの腕輪”」
心臓が跳ねた。
殿下は鋭く一歩踏み込む。
「お前か。王家の……いや、この国の切り札に触れた愚か者は」
「……後悔はしていません」
「後悔など聞いていない。なぜ使った?」
「そ、それは……」
ーーセレナのためだ。
回帰前、彼女は毒殺された。
彼女を救うために、俺は未来を変えると決意した。
彼女の死を受け入れたくなかった。
彼女のいない世界に意味なんてないのだから。
だが、それを口にすることはできない。
彼女を危険に晒すわけにはいかないからだ。
(罪は、俺だけでいい――)
「まあいい。すぐにわかることだ」
「腕を出せ」
差し出した腕に、冷たい金属がはめられる。
ーー”時戻りの腕輪”だった。
次の瞬間、腕輪が淡く光り、背筋をぞくりと走る冷気が流れた。
「……っ!」
「やはり反応したな。これで、誰が、何のために使ったのかすべてわかる」
「痕跡が残るからな」
(まずい……!セレナが――!)
「殿下! それで何を見ても、悪いのは俺です!」
「ふん。判断するのは私だ。……せいぜい震えて待つがいい」
足音が遠ざかり、再び闇が牢を支配する。
(くそ......ッ)
拳を握りしめ、地を叩く。
じんと痛みが走り、血が滲む。……そんなことはどうでもよかった。
セレナを救ったつもりで逆に危険に晒しているじゃないか。
俺は......何をやっているんだ。
守るはずの人を守れなかった無力感が胸を押しつぶす。
ああ、どうかーー無事でいてくれ、セレナ。
次回より過去編入ります。




