37、とーっても楽しいことがはじまるの♡
「コゼット……私はあなたのことが好きだったのに」
「私は嫌いだわ」
「……っ」
鋭く断ち切られた言葉に、胸の奥が冷たく凍りつく。
彼女の瞳に宿る憎悪はあまりにも強く、触れるだけで焼き尽くされそうだった。
けれど。
——どうして?
なぜそこまで、私を憎むの?
私は一体、彼女に何をしてしまったの……?
「わからないって顔をしてるわね、お姉様……」
「本当にお姉様は、無自覚なのよ。私の居場所を奪っておいて、平然としている」
「奪うなんて、そんなこと……!」
否定の言葉を口にした瞬間、コゼットの声が私を叩き伏せた。
「いいえ、そうなのよ!」
「最初はね、私だって歩み寄ろうとしたの。お姉様と仲良くなりたかった……でも——」
コゼットの笑みが歪む。
その声音には、長年積もらせてきた怨嗟が滲んでいた。
「お姉様とお義母さまが来てから、私の居場所は確実に狭まっていったわ」
吐き捨てられる言葉が、冷たい刃のように空気を裂いた。
私は思わず息を呑む。彼女の目には、幼いころに見せてくれた柔らかな光など、もう微塵も残っていなかった。
「そして、極めつけは精霊の力……。どうしていつも、お姉様ばかりが与えられるの?」
「私はずっと努力してきたのよ……それなのに! どれだけ惨めにすれば気が済むのよ!」
胸が締め付けられる。
彼女の言葉は鋭い棘となり、心臓を抉ってくる。
そうだ……。私と母は、コゼットからしてみれば突然現れた異物。
彼女は孤独や疎外感を覚えていたのかもしれない。
……私は、その痛みに気づくことができなかった。
けれど——
「……そんなふうに感じていたなんて、知らなかった」
握りしめた拳が震える。胸の奥が熱く、言葉は自然とこぼれた。
「でも、私があなたから何かを奪おうとしたことなんて、一度もない!」
「私は……!」
唇を噛み、必死に息を吐く。
「公爵家に来た時、あなたの優しさに触れて嬉しかったの!」
「あなたを信じてたの、好きだったのよ!」
どうしても伝えたかった。
偽りではない、私の気持ちを。
それなのに——
「コゼット……。どうして、憎しみだけを選んでしまうの?」
その問いに、コゼットの瞳が大きく見開かれた。
次の瞬間、感情の堰が切れたように、怒声が闇を裂く。
「うるさい、うるさい、うるさい……!」
「持っている人間にはわからないのよ......!!」
叫びの奥には、羨望、嫉妬、劣等感が渦巻いていた。
彼女にとって、私は「奪った者」でしかない。
やがて彼女は、震える肩を落ち着けるように深く息を吸った。
その唇が、不気味な笑みを浮かべる。
「でもね……今日ここに来たのは、お姉様を責めるためだけじゃないの」
「……え?」
「ふふ……お姉様の大切な人」
「……大切な人……?」
(まさか——!)
「っ……! ノエルに何をしたの!?」
「私は何もしていないわ、私はね?」
「でも……忘れたの? ノエル様は本来、どちらかと婚約する話だったのよ」
「……え?」
「結局は、お姉様があっさり選ばれただけ。別に私がノエル様を好きだったわけじゃないけれど……惨めで仕方なかったのよ」
「コゼット……」
「でも——これから楽しいことがはじまるの」
「とっても、とーっても楽しいことが」
「やめて、コゼット……っ!」
「……ああ、お姉様がどんな顔をするのか、楽しみだわ」
その言葉を最後に、黒い霧と共に彼女はふっと姿を消す。
残された部屋には、氷のような冷気だけが漂う。
張り裂けそうな胸を押さえ、唇を震わせる。
——ノエルに何かが起きている。
その直感が、全身を駆け抜けていった。
(どうしよう、どうしよう……!)
私は意味もなく部屋を歩き回る。
ーーコンコン。
突然、ノックが鳴り響く。
従者が息を切らせて駆け込んできた。
「セレナ様!王家から至急確認をと手紙が届いております!」
(王家から……?)
震える手で封を切る。
紙を広げた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
「……え?」
そこに並ぶ文字を、何度読み返しても変わらない。
“ノエル・アストリッド公爵、三日後に処刑を執行する”
——ひゅっ
喉が締めつけられ、息が詰まる。
血の気が一気に引き、呼吸が乱れて胸が痛い。
あまりの衝撃に、ただその場に立ち尽くすしかなかった。




