幕間「守らねば、我が婚約者殿を」
ヴァルディア王国の一室。
漆黒の髪に金の双眸を宿す青年──第一王子ノクス・ヴァルディアは、差し出された報告書に目を通していた。
「......ふむ」
視線を走らせると、そこには異変としか言いようのない吉報が並んでいる。
――実りの雨により穀物の収穫量は例年を大きく上回り、村々を潤す水は澄み渡って流行り病は減少。
――川では魚が豊漁となり、野に咲く花々は一斉に開き、蜂や鳥たちが賑やかに飛び交っている。
人々は口々に「精霊使いが現れた」と噂し、その加護を喜んでいる――と。
それは、幸福を告げる報告に他ならなかった。
「……やはり、精霊使いが誕生したのだな」
ノクスは確信する。
そしてそれは婚約者、コゼット・グランディール公爵令嬢に他ならない、と。
儚く優しい心を持つ彼女。
先日の夜会で倒れたにもかかわらず、気丈に振る舞い、場の混乱を鎮めようとしていた。
その姿は脆さと強さを併せ持ち、見る者の心を強く揺さぶった。
そして、俺自身も――倒れた彼女を見て、思わず身体を抱えていた。
(あの時の気持ちは――)
なんだかむず痒い。でも嫌な気はしない。
それに、伝承に曰く――精霊使いに危機が及べば、精霊たちは激昂し、王国すら滅ぼすことがある。
だからこそ、守らねばならない。
ノクスの脳裏をよぎるのは、もうひとりの令嬢の姿。
セレナ・グランディール。コゼットの義姉。
かつてコゼット自身が「義姉から不穏な気配を感じた」と打ち明けていた。
あの夜会のことも、忘れられない。涙を浮かべ倒れたコゼット。周囲は気が付いていないようであったが、確かに、説明できない不安を誘う気配があの場に漂っていた。
──偶然だろうか?
否。違う。
あの女には、何かある。
だからこそ、当時は証拠もなく、責め立ててしまったのだ。だが必ず、真実を突き止めてみせる。
「ともかく……」
ノクスは書類を閉じ、静かに息を吐いた。
――守らねば。
我が婚約者殿を。
堅物王子が拗れてきたぞ!真面目さゆえに変な方向に行かないでね!




