30、すき、だいすき
朝になった。
ノエルの腕に包まれたまま、まぶたの奥から光が差し込む。
この暖かな温もりに、思わず安心の吐息を漏らす。
(……すき)
その瞬間、胸の奥から自然に溢れた想いに、私は驚いた。
今まで、自覚していなかったけれど――
私、ノエルのこと......。
(――すき)
同時に、ノエルも同じ気持ちでいてくれる――そう思いたくなる。
私は我慢できず、彼の胸に顔を埋めてぎゅっと抱きつく。
温もりと鼓動が伝わって、心がぐっと満たされる。
――そんなとき、上から声が降ってきた。
「……セレナ、これはちょっと…色々とまずい、かな?」
「……へ?」
「いや、嬉しいんだけどね?」
ノ、ノエル……!
お、起きてたのーー!?
思わず離れようとした私を、ノエルはやさしく、でも確実に抱きしめる腕で止めた。
「ごめん、やっぱりダメ」
「離れないって、言ってくれたよね?」
胸が高鳴って、顔が赤く熱を帯びる。
好きだと自覚してからの彼の存在感――破壊力がすごすぎて、もう抗えない。
でも、私も――離れたくない。
そっと腕を回し、抱きしめ返す。
「……セレナ、すき」
思わず顔を上げ、見上げる。
紅い瞳に真っ直ぐ見つめられ、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ふふ、だいすきだよ。セレナ」
再び胸に顔を埋め、服をぎゅっと握る。
この想いを、全身で伝えたい。
「わ、わたしも……」
声が震えるけれど、胸に溢れる感情を押さえきれない。
「わたしも、すき。......だいすき」
そう伝えると、彼に抱きしめられている腕が強くなる。
「ほ、本当に......?」
私は小さく頷き、強く抱きしめ返す。
しばしの沈黙。
鼓動だけがやけに大きく響いて、世界に二人きりになったように感じる。
「……セレナ、そんなこと言われたら……」
小さく震える声。けれど、その声は熱を帯びているのが伝わってくる。
「俺、もう......我慢できないよ?」
心臓が大きく跳ねた。
(もう、どうなってもいい......)
彼の腕の中でそう思える自分がいる。
そして、ノエルは――
一瞬だけ、ためらうように息を吸い込んでから、静かに言った。
「......ねぇセレナ、顔を上げてくれる?」
顔を伏せたままの私の頬に、彼の指先がそっと触れる。
すべるように顎を掬い、やさしく導かれる。
仕草は丁寧で穏やかなのに、逆らえない強さがあった。
すぐ近くで感じる息遣い。触れそうな距離で響く鼓動が、掌にまで伝わってくる。
――酷く、真剣な眼差し。
「……セレナ」
囁くような声が、心の奥に直接触れた気がして、胸がぎゅっと締め付けられる。
次の瞬間、ノエルの唇が静かに、私の唇へと触れた。
「......んっ」
驚きに目を見開いたけれど、すぐに力が抜けていく。
自然とまぶたが落ち、重なった唇から温もりと想いが胸の奥深くへと流れ込んでくる。
二人の体温と鼓動が、完全に溶け合う。
抱きしめる腕の力は、強く、けれど優しい。
まるで、「もう離さない」と言われているようで、心までぎゅっと掴まれる感覚だった。
唇を重ねながら、小さく息をつく。
(......すき、だいすき)
目に映る世界も、音も、時間さえも――全てがふたりの世界に、溶けていくようだった。




