26、この笑顔に騙されていた
パーティーのざわめきはまだ続いていたけれど、ノクス殿下とコゼットが会場を離れたことで、少しだけ空気が落ち着いたように感じた。
私はその場に残る決意をした。
逃げることは、犯してもいない罪を認めることになる——そんな気がしたから。
ノエルは静かに私の隣に立ち、安心させるように微笑む。
「セレナの判断を尊重するよ」
その一言に、張り詰めていた心が少し緩む。二人で人目を避けるように後方へ下がり、賑わう会場を見守っていた。
やがてノエルがそっと肩に触れ、柔らかく声をかける。
「少し、バルコニーに出ない?」
私はうなずき、手を取られるまま彼に導かれる。
外の風は冷たく、けれど心地よい。緊張で硬くなっていた肩が、少しずつほぐれていく。
「ごめんね、セレナのそばを離れちゃって」
「ううん、来てくれてありがとう……」
——ぽろり。
(あ、れ……?)
言葉にした途端、張りつめていたものが決壊するように、ぽろりと涙がこぼれた。
ノエルは驚いたように目を見開き、そして優しく私を抱きしめる。
「大丈夫。……俺は、セレナを信じているから」
「うん……」
「辛かったね……」
「......うん...っ」
胸に顔を押しつけ、彼の服をぎゅっと握る。
その温もりが、不安で冷え切った心を少しずつ溶かしていった。
言葉よりも確かなぬくもりが、互いの気持ちを確かめ合う。
ノエルがいてくれる。
……それだけで、私は立っていられる。
しばらくそうしていると、会場からざわめきが戻ってきた。
「……あれ、なにかしら?」
「ふたりが戻ってきたのかも。見に行こうか」
ノエルに手を取られ、私は再び会場へ足を踏み入れる。
――そこには、ノクス殿下とコゼットが再び姿を現していた。
「主役なのに、すまない」
殿下の低い声に、周囲から心配の声が飛ぶ。
「コゼット様……!もう大丈夫なのですか?」
コゼットは気丈に微笑み、背筋を伸ばして答えた。
「少し眩暈がしただけですので、大丈夫ですわ」
毅然とした微笑みに、人々は安堵の息を漏らす。
(……何が、眩暈よ……)
私には、その全てが計算された演技にしか見えなかった。
――その時。
コゼットと視線がぶつかる。
一瞬だけ、彼女の瞳に影が走った。
けれど次の瞬間には、天使のような光を宿した笑みを浮かべ、私の方へ歩み寄ってくる。
「お姉様!」
歓声が上がる中、彼女は迷いなく私に抱きついた。
人々は驚きと感嘆の声を上げる。
けれど耳元に届いたのは――甘く、冷たい囁き。
「今日のところは、これで終わらせてあげる」
凍りつくような声音。私の心臓を鋭く突き刺す。
次の瞬間、コゼットはそっと離れ、穏やかな微笑みを浮かべた。
「ご心配おかけしましたわ。お姉様」
その姿は、姉を許す慈悲深い妹にしか見えない。
だけど私は知っている——その微笑みの裏に潜む、本当の意図を。
(この子は、本当に……!)
怒りと悔しさ、そして孤独が胸を締めつける。
天使のように笑うその顔が、誰よりも恐ろしく、憎らしく見えた。
(どうして誰も、この笑顔の裏を見抜けないの……?)
——きっと、回帰前の私はこの笑顔に騙されていたんだ。
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